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【アークナイツ】「鉱石病感染者差別」考察—安全保障とスティグマについて

要約すると、感染者の苦難の歴史は、人々が初めて近代的な法律を確立した時点で、既に始まっていたということになる。

「局部壊死」6-1 膠着状態 - 戦闘前

アークナイツにおける大きなテーマである「差別」。その主たる対象はテラの各地に蔓延している鉱石病感染者たちである。

ストーリーでは鉱石病感染者に対する差別が描かれることも多く、プレイヤーはそういった差別を是正する組織であるロドス・アイランドの立場で物語を俯瞰する。そのため、多くのプレイヤーは鉱石病差別が偏見に満ちた不合理なものだと認識しているはずだ。

しかし、その一方で鉱石病がもたらす災禍が実際にテラの世界で生きる人々にとって脅威であることも事実である。したがって、単に鉱石病差別を俯瞰するのではなく、なぜそのような差別が正当化され、継続しているのかを探ることもまた重要に思える。

本記事では鉱石病感染者の差別がなぜ生じ、継続するのか、その結果として被差別者である感染者に何が起きるのかを主題に、鉱石病感染者差別の概観を探るものである。

*『大地巡旅《明日方舟』》官方世界観設定資料集』の内容を含みます。


鉱石病概観

鉱石病

「OP:OD」 OD-6 領主邸攻防戦 - 戦闘後

鉱石病は「多発性源石感染症候群」とも呼ばれる現在では治療法のない不知の病である。活性源石と正常な細胞が結合することで徐々に感染者の身体組織が侵食され、不可逆の病変をもたらす病であり、その過程で感染者の身体機能に障害が生じ、最終的に急性合併症や臓器不全で死に至る。

また鉱石病は角や尻尾のような外見的特徴の作出・肥大化を起こし、また解離性障害やアーツの制御不能を引き起こすことがある。

現状完治例は報告されていない。過去には一時的な回復事例が見受けられたこともあるが、そのほとんどが代償作用による疑似的な回復であり、現実には内部で病状の悪化が進んでいたというものであった。また鉱石病が源石と細胞、血液との同化により発生することから、源石の表出部位を切断しても治療とはならない。現在も根本的な治療法はなく、あくまで進行を抑制する薬の開発が進められている程度である。

鉱石病は活性源石が体内に侵入することで発生する感染症であり、天災や源石採掘、工業汚染、源石との偶発的な接触、そして死亡した感染者の崩壊による大量の活性源石塵などが感染源として挙げられる。移動都市の誕生により天災を回避する術を得たことから、現在では源石採掘と工業汚染が主たる感染要因となっている。

源石をエネルギー源として利用できるようになって以降は大量の源石製品工場や源石精製工場が建設されたことで源石汚染が進む地域があるとのこと。またそのための材料である多量の源石採掘が必要となるため工業地帯や下水の周辺に住む人々、採掘労働者が鉱石病に感染する高いリスクを負うこととなる。

リスカム
源石汚染による突然変異という考えは?
フランカ
こんなところに移動都市なんて来ないし、工場や鉱山もないわ。そんな状態で源石汚染なんて起きる?

「OP:OD」OD-1 外勤記録 - 戦闘後

他方で感染者の死亡に伴う崩壊現象は源石に侵された死者の身体が塵となって崩壊し、この活性粉塵が風に乗り広範囲に広がることで広い範囲の非感染者に鉱石病感染のリスクを生じさせることとなる。そのため感染者が死亡した場合には即座に密閉空間に遺体を収容するなどして、活性粉塵の拡散を防ぐ必要がある。

しかし、必ずしもそのような設備ないし密閉できる空間が用意できるわけではない。そのため国ごとに感染者収容区を設けることで非感染者との生活区域を分ける、感染者を国外に追放するなど様々なリスク回避措置がなされている。これが感染者差別に繋がることは言うまでもないところであり、この点については後に詳しく見ていくこととする。

上述のように鉱石病は活性源石が体内に侵入することで発生するが、より具体的には血液を介しての感染可能性があると考えられている。風邪やインフルエンザのような人から人への伝染性は低く、感染者と物理的に接触をしたところで鉱石病に罹ることはほとんどない。

しかし長い間鉱石病は感染者との接触によって感染するという誤った理解がなされていたため、これも感染者差別の要因となっている。

感染者

「暗黒時代・下」 1-1 孤島 - 戦闘後

一般にテラにおいて「感染者」と呼ばれるものは鉱石病感染者を指している。感染者の遺体は崩壊現象により新たな感染源となるが、それ以外で感染者から非感染者への感染は上述のようにほとんど生じない。にも関わらず伝染病との誤信から長い間差別の対象となってきた。

感染者についての誤解としては感染者がみな体内の源石を媒介として強力なアーツを用いることができるというものがある。確かに感染者は源石の侵食が進めば進むほどアーツの媒介となる活性源石を体内に多く保有することになるが、アーツの使用は実際には個々人の才能と修練により依存することとなるため、必ずしも感染者全員が強力なアーツを用いることができるわけではない。

また感染者がアーツユニットなしにアーツを行使することは鉱石病の症状を悪化させるのみでなく、感染者自身も制御できないアーツによる被害を受ける可能性がある。そのため多くの感染者はこれらのアーツ使用によるリスクを回避するためにアーツを使用することは少ないとされている。

後述するように現在感染者への各国家の対応は厳しいものがあり、感染者収容区あるいはスラム街で暮らすことを余儀なくされるか、国から追放されることが多い。また鉱石病の抑制剤についても大量生産が難しく高価にならざるを得ないものの、多くの感染者は十分な金銭を得る手段がないため抑制剤は手の届きにくい代物となっている。

これのみならず多くの場所では差別対象の感染者を雇う企業自体が少なく、また雇ったとしても低賃金で長時間働かされるという形になる。従って感染者は鉱石病に感染した時点で生活の基盤を無くすことになり、金銭を得るために過酷な労働に従事せざるを得ないか、スラム街で堪え忍ぶしかないという状況へと追いやられることとなる。

あった。これだ! 感染労働者は労働時間が一日十五時間を超えてはならない。また、工場は感染者に非感染者と同様の源石防護具を提供しなければならない……
・・・・・・
俺たち感染者を工場で使えば、給料は他の半分でいいんだ。貴族どもの財布が膨れることなら、賛成するのも当然さ!

「闇散らす火花」眼前の夢

このような苦境は感染者になることで立たされるものではなるが、テラの人類は感染者になるリスクをみな抱えている。しかし、テラにおける感染者差別は古くから延々と続いてきたものであり、差別意識は沈殿した習慣となっている。そのため感染者になったからといってすぐに感染者の立場に寄り添うことができるわけではなく、感染者になったという事実に向き合えないものも存在する。このような差別意識は意識無意識のうちに感染者差別の風習、習慣を強化するものである。そのためこの意識を改善することが感染者差別の根絶へと繋がるが、同時に非常に難しいものでもある。

世間でよく勘違いされがちなこととして、――ある人間が感染者になったとき、その者は当たり前に感染者の側について、感染者に親しんだ立場でものを言うだろう、という考えがある。
しかし事実は明らかに異なる。人は往々にして、突如訪れる変化をすぐに受け入れることができない生き物だ。
・・・・・・
感染者に対する差別意識は潜在的に刷り込まれている。人によってはたとえ本人に悪意の自覚がないとしても、他の感染者を仲間だと見なせない。このような認識の矯正は非常に難しい。

エイプリル第四資料

なお、テラの人類はみな感染症になる可能性があるものの特に感染者になりやすい種族としてサルカズが挙げられる。サルカズはテラにおける最古の感染者をだした種族である。上述のように鉱石病は血液を介して感染することから母子感染が生じるところ、そのような知識はおろか鉱石病という病の認識すらない時代に、感染者と非感染者との間での性行為や出産を通じて感染の拡大が生じ、これが世代を通じてなされたことから、サルカズは鉱石病に罹りやすい体質になったと考えられる。

このためサルカズは古くから鉱石病という呪いをもたらした種族として差別の対象となり、鉱石病がサルカズの呪いではないと理解された現在でも感染者とは別に迫害の対象となっている。サルカズ差別については別にまとめたものがあるため、興味のある方はそちらを参照してもらいたい。

国ごとの鉱石病感染者対応

以下ではいつくかの国の鉱石病感染者への対応をみていく。

ヴィクトリア

ヴィクトリアでは感染者の人権が保障されることもあるが、それは各都市を管轄する貴族次第である。ほとんどの地域では感染者の人権は保障されず、公的管理下にある感染者居住区に隔離または収容される。感染者を匿うことは犯罪行為とされている。社会ヒエラルキーとして感染者は最下層に位置し、感染者は居住区で生活をするかヴィクトリアを離れて暮らすかの二択を強いられている。

高度な工業化が進んだことからヴィクトリアでは源石汚染が進み、鉱石病感染者が増加したため、感染者問題がかなり深刻なものになっている。近年では貴族階級は感染者に特定の施設での就労を許可するともに、通常よりはるかに低いものの賃金も支払うなどの政策が採られることもある。その一例としてカレドンシティでは労働時間は15時間を超えることがあり、また賃金は非感染者の半分とされているが、ヴィクトリアの他都市の感染者をも受け入れて仕事を提供している。

こうした政策は感染者にとっては社会に参画するための一助となっているが、同時に感染者への仕事の提供が非感染者の仕事を奪うことにも繋がり、一部の感染者政策に反対する非感染者からの憎悪の対象となっている。

ウルサス

ウルサス帝国はテラのなかで最も感染者への冷遇が強い国の一つとされている。感染者は発見次第強制的に国外追放されるか労役に処されることになる。労役に処された感染者は凍原の鉱山に移送され、基本的には死ぬまで採掘労働をさせられることとなる。すなわち、ウルサスにおいては殺人や窃盗と同じように鉱石病に感染することが犯罪とみなされていると同義である。

ウルサス西部にある源石鉱脈では感染者が奴隷として源石採掘に従事させられている。鉱山採掘場には感染者のみならず他の犯罪を犯したと疑われた者も送り込まれるが、採掘の過程でほとんどの人間は感染者と。感染者の人権は当然の如く無視されるため監視官により殺害されることも多い。採掘場の遺棄が決まった場合には強制労働させられていた感染者、殺害された感染者の遺体ごと鉱山を爆破することで、採掘場での惨状を秘匿するというのが常態とされている。

そして十一歳の時、私自身も黒いくじを引いた。しかし、それはもう意味を成さなかった。奴らはくじ引きなどどうでも良くなっていた。既に採掘場全体を遺棄する計画が動いていたからな。
当時、採掘場の成人患者は既に全て死に絶えていた。皇帝の新しい施策は、採掘場を人手不足に陥らせたのだ。
命令に従い、ウルサスの監視官たちは最後に残った感染者たちを始末することに決めた……感染者の子供たちを。
そして最後には採掘場を爆破し、感染者の墓場に仕立てることで、自分たちの罪を闇に葬ろうとしていた。
後々知ったのだが、奴らはこれまでずっとそれを繰り返してきたそうだ。

「局部壊死」6-13 火も、光もなく - 幕間

ウルサス貴族は自己の領地における感染者差別を公然と支持しており、感染者を逮捕する目的で設立された感染者監視隊による感染者の捜索と処刑が公然と行われる。監視隊は訪れた村の食料や金品を搾取するなどしているが、感染者の隠匿がウルサスでは罪であり、監視隊はそれを口実として土地の没収や村民を奴隷として採掘労働に従事させることを行うこともある。

感染者監視隊
何をするだぁ? この村は感染者の脱走に協力したんだ、その罪はデカいぜ。
罰として、フェティソフ様はお前ら全員の土地を没収する。

Tachanka回想秘録「相も変わらず」

ウルサスでは感染者への迫害が強いがこれに加えて特に都市部以外では感染者が監視隊による横暴の口実となるため、非感染者にとって感染者は厄介ごとを持ち込むものに外ならず、ウルサスにおいて非感染者は感染者に対し憎悪すら抱く状況にある。

炎国

炎国は表面上感染者の存在が国民及び政府に容認されており、卓越した能力を持つ感染者であれば政府に雇われることも珍しくない。炎国災害救援組織である「春乾」は主に炎国の天災が発生しやすい寒い地域での救援活動を行うため、その職務上救援隊の人間は感染者となることが珍しくない。感染者であっても春乾から脱退させられることはなく、差別されることもないとされている。

救援隊は天災とは長い付き合いですし、鉱石病になるのも止むを得ないので、皆さんそのことで差別したりはしません。私の体の結晶は目立たないところにありますし、押しても痛みは感じません……だから時々、結晶があることを忘れそうになるんです。

マルベリー昇進後会話1

他方で炎国における各都市ごとの感染者の取扱いには差があるようであり、龍門では感染者に厳しい対応がなされていた。基本的に感染者はスラム街で暮らすことを余儀なくされ、エフイーターのように芸能活動で著名な人物であっても感染者であることを理由に芸能活動から追放されることとなる。こうした扱いは龍門がウルサスと接しておりウルサスから流れてくる感染者が多いこと、また経済特区として外国に開かれた都市であることなどから、感染者と非感染者の衝突が激しいことに由来する。

いずれにせよ、炎国における感染者の地位は必ずしも安定が保障されるものではなく、他国との関係などにより流動的なものとなっている。

感染者の生活はほぼ非感染者のそれと変わらないが、活動記録や病状を定期的に戸部に報告することが義務付けられている他、感染者であることの登録が義務付けられ、未登録の感染者は捕縛されることもある。こうした登録や報告義務は感染者の数や病状の管理のためのものであるが、これが感染者のプライバシーをはじめとする基本的権利・自由の制約であり、非感染者との差別的取り扱いであることには留意しなくてはならない。

カジミエーシュ

カジミエーシュでは騎士競技における感染者騎士制度があるものの、基本的な感染者の扱いは他の都市と変わらず、感染者は迫害と差別の対象であり、極めて低い報酬しか得られない底辺の仕事に就くものがほとんどであり、大騎士領では採掘業などの鉱石病感染のリスクが高い仕事に従事することもある。ただし、こうした仕事の斡旋は感染者が幾ばくかの利益を生み出すからであり、働けない程に病状が進行した場合には秘密裏に処分されることもある。そうした感染者の最終処理場の一つが零号地であった。

そうです。競技場で負傷し、身体に重度の障害が残った者や、手に負えないほど鉱石病が悪化した者に対して、連合会は「人道的な処理」を選択しました。
これを、正しくないことだとお思いになりますか? 無論、私もこのような行為を否定したいとは思っているのです。
ですがそれは、永遠にあの病人たちを――感染者たちを養えと言うのと同じことです。あの病には、解決法がないのですから……
鉱石病が「治せる」病気になるまでは、我々が平和的に共存することなど不可能なのです。

「ニアーライト」NL-7 夢の余韻 - 戦闘前

感染者騎士制度は感染者騎士法案によって設けられたものであり、感染者が競技騎士として騎士競技に参加することを認めるものである。これにより競技騎士としての身分を手に入れることができれば、一定の身分保障の下カジミエーシュで生活することができるようになるため、感染者の生きる道の一つとなっている。

ただし感染者が競技騎士になるには常に命がけの試合を勝ち抜く必要があり、騎士の身分を手に入れるまでに死亡するものがほとんどである。他方で、こうした感染者騎士の存在は必ずしも感染者への寛容を意味するのではなく、あくまで感染者が命がけの試合に挑む様子や他の競技騎士からいたぶられる様子などが競技騎士に利益を生み出すからであり、その利益が鉱石病感染者を用いるリスクを上回っているからである。したがって、感染者騎士が何らかの問題を引き起こせば大多数の非感染者からのバッシングや反対運動が起こり、感染者騎士の身分も不安定なものとなっている。

カジミエーシュの感染者騎士という制度は、決して感染者に親切なものではない。彼らはすべて「特例」であり、鉱石病そのものは変わらず忌み嫌われている。だが、ある意味今のカジミエーシュでは、利益への渇望が鉱石病への恐怖を上回っているのだ。そのために、感染者がこのような形式で騎士競技という舞台に再度上がり、人々に娯楽をもたらしているのである。それは他の国で感染者に降り注ぐ悲劇と何ら変わらず、ただよりカジミエーシュらしい形式を取っているだけである──少なくとも、今はまだ。

フレイムテイル健康診断

レム・ビリトン

テラで最も源石保有量の多い鉱脈を有するレム・ビリトンでは伝統的に源石採掘が行われ、そのため鉱石病感染者は常に存在している。採掘の伝統を有することから、レム・ビリトンでは基本的に源石の健康被害に対する防護策が採られており感染率は比較的低いレベルに抑えられていた。しかし、外国人労働者がレム・ビリトンに出稼ぎに来るようになると、十分な保護措置を採らないまま採掘をし鉱石病に罹る人の数が急増し、社会問題となっている。

レム・ビリトンでは源石に触れる機会が多く感染しやすい環境にあるため、レム・ビリトンの企業は一般的に、鉱石病に感染してしまった従業員への保障を設けている。ただし、感染者への忌避感がないわけではなく、こうした保障はあくまで従業員が感染しても一定の保障を受けられるとして安心して仕事をできるようにとの狙いで設けているものであり、現実には鉱石病感染者への待遇はさほど良くないようである。

レム・ビリトンは鉱業が発達しており、国民は源石に触れる機会が他国に比べて多い。そのため、レム・ビリトンの企業は一般的に、不運にも従業員が感染者になってしまった場合に備えて、ある程度の保障を設けることで、従業員が安心して働けるように務めている。
とは言え、エイプリルの経験から見るに、どうやら全ての企業がこの原則にあてはまるわけでもないようだ。あるいはこうも言えるかもしれない。感染者は忌み嫌われているものの、従業員に安心して仕事をしてもらうため、多くの企業は確かにそれなりの金銭を払って彼らに安心感を与えるのもやぶさかではないと考えている。

エイプリル第二資料

他方でレム・ビリトンには「大家族」とよばれる家族形態があり、一つの鉱区で暮らす者が全体としてそれぞれの生活を支え合って生活する伝統がある。この伝統のために、たとえ鉱石病に感染したとしてもウルサスのような扱いはされず、仕事場や家からは隔離されるものの家族や近隣の人々が感染者のケアを行う形で生活が保障されていた。

ただし、外国人労働者の参入により感染者の数が急増したためこのような形でのケアは負担が重く難しいものとなり、鉱石病感染者は家族に迷惑をかけないよう自らレム・ビリトンを離れることが多くなっているという。

クルビア

クルビアは感染者に対する差別がないことで有名であり、感染者であっても非感染者と平等に扱われていると言われている。特にクルビア連邦規約の冒頭には感染者の権利保障が定められており、他国と比べて感染者に寛容な国と認識されている。ライン生命は感染者であっても優秀な研究者であれば従業員として迎え入れており、感染者に働く場が提供されていることは事実である。

しかし、そのような能力のある感染者以外について、現実は感染者が非感染者と同等の扱いを受けているわけではない。クルビアでは感染者の権利保障があるにも関わらず、法律により十分な医療保険費を納めなければ移動都市で生活する権利を有さず、保険料を支払えないものは開拓隊に加入するか、感染者収容区に収用されるかの二択を迫られることとなる。

バンカーヒルシティなどクルビアの一部地域では感染者を雇う企業は衛生保障税を納める義務を負う。この税額も決して安くはなく、そのため企業にとっては衛生保障税を納めてもお釣りがくる利益を生み出す感染者以外を雇う合理性がないため、必然的に特別な能力の無い感染者は十分な仕事を得ることができなくなる。

結局のところ表面上は非感染者と同等の権利が保障されているクルビアであっても、実質としてほとんどの感染者は移動都市で暮らすことはできず、開拓隊に加入し、クルビアの際限ない土地の開拓のための安価な労働力として用いられることとなる。

安全保障とスティグマ

崩壊現象の予防

感染者は古くから差別的取り扱いの対象となってきた。国家は感染者収容区を設け強制収容し、或いは国外追放するという形で感染者を非感染者コミュニティから隔離する政策が採られている。この隔離政策を正当化するものとして第一に挙げられるものは、非感染者の安全保障である。

鉱石病には未だ治療法がなく致死率が100%という事実は、鉱石病に感染することが死に直結することを意味する。鉱石病感染者の死亡時に発生する崩壊現象は適切な処理を施さなければ広範囲の人々に感染の危険を生じさせる。鉱石病感染者と接触しただけでは鉱石病に感染しないという事実があり、またこれに由来する伝染病との誤解は是正される必要があるにせよ、鉱石病感染者の遺体が新たな感染源に、それも広範囲に影響を及ぼす感染源になることもまた事実である。

こうした感染者の崩壊現象による災害としてパレルモ事件が挙げられる。

ピストン
パレルモ事件? あっ……当時シラクーザを震撼させたあの事件っすか?
源石工場が爆発したあの? 確か多くの一般人が急性感染し、医療体制が整ってなかったせいで急性感染者が大量に死亡して……街の大半が崩壊寸前だったとか。
フィレガス
あれこそまさにこの世の地獄だよ。想像してみろ、大量の感染者が急性発作を起こし、至る所崩れ始めた感染者の遺体だらけ、そして空一面に活性粉塵が舞う恐ろしい光景を。

ススーロ回想秘録「精鋭医師」

こうした大量の感染者が同時に死亡するものでなくても、一人の感染者の遺体が適切な処置をされなければ広く感染源となる活性粉塵が舞い散ることとなる。

感染者が死亡する際の崩壊現象は密閉空間に遺体を入れ活性源石塵の拡散を防ぐことで対処が可能であるが、現実に都市内で感染者が死亡した場合にそのような密閉空間が常にあるわけでもなければ、仮に密閉空間があったとしても非感染者に感染者の遺体をそのような空間に運び対処することを義務付けることもできない。

したがって、鉱石病感染のリスクを最小限にする安全保障の一環として、感染者が非感染者が周囲にいる状況で死亡することがないように、最初から感染者と非感染者の居住地を分断することに合理性が生まれることとなる。

感染者差別の一要因として感染者と接触しても鉱石病に感染することはほとんどないのにそのように誤信されていることが挙げられるが、この問題と感染者の死亡時に起きる崩壊現象とは次元を異にする点に注意しなければならない。前者は誤った理解による不当な差別として否定することが容易であるが、後者は事実に基づいた対応として正当化される余地が存在するのである。

もちろん、この合理性をもって感染者に感染者居住区での生活を強制することが人権の制限として許容されるとは断言できないし、一般の感性からいえば許容される限度を超えた違法な人権侵害だという判断もあり得るだろう。また感染者が急に街中で死亡する可能性がどれだけあるかという点に目を向ければ、殊更その危険性を重視することは評価過誤ともいえよう。しかし、鉱石病の治療の現状を鑑みれば感染のリスクを最小限に抑えることが重視される。

重要なのは私たちの観点でみれば合理性を欠くであろう隔離政策に合理性を見出し得る事実が存在すること、そしてその見出し得る合理性がマジョリティである非感染者にとって有利であるということである。

犯罪の予防

また隔離政策を正当化する別の根拠として犯罪予防が挙げられる。鉱石病感染者はアーツユニットなしにアーツを用いることができる。

……この病気は、いずれ命を奪う代わりに、普通の人にはない力を与えるものでもあるんです。
たとえば、源石を用いて引き出す力――アーツを行使する際に、通常なら媒介となるアーツユニットが必要になります。けれど私の場合、それがなくてもアーツを操ることができるんです。

「暗黒時代・下」1-1 孤島 - 戦闘後

上述のように訓練を積まなければ感染者であっても強力なアーツを行使することは難しい。しかし、人間に傷害を負わせるのに常に強力なアーツを用いる必要はないのであって、それほど強力なものでなくとも人間に傷害を負わせることは可能である。

そして現実的な傷害可能性以上に重要なのは感染者であればアーツユニットを要せずにアーツを用いることができること、すなわち非感染者の認識において、感染者は物理的な凶器を持たずとも重大な人身侵害が可能であり、換言すれば感染者は常に凶器を持ち歩いているのと同じ危険性を有しているということがいえる。

こうした危険性の認識は第三者として「アークナイツ」をみる私たちにとっては根拠のない偏見と映るかもしれないが、同様の偏見は私たちの社会にも存在している。その一例としていわゆるレイシャル・プロファイリングが挙げられる。レイシャル・プロファイリングとは警察官などの法の執行者が特定の人種や宗教といった属性に基づいて個人を捜査の対象とすることをいう。簡単な例を挙げれば、黒人であるというだけで飲酒運転を疑われたり、薬物所持を疑われたりするというものである。

BLM運動のきっかけとなったトレイボン・マーティン射殺事件は捜査機関ではなく自警団による事件であったが、黒人のトレイボン・マーティンが帰宅途中に、自警団員から黒人であることを理由に住居侵入ないし薬物使用を疑われ、口論の末に射殺された。また黒人のベビーシッターであるコーリー・ルイスは白人の子ども2人をベビーシッターとして面倒を見ていただけで警察官から職務質問を受けた。また自宅でおいと遊んでいたアタティアナ・ジェファーソンは、隣人からの連絡を受けて駆け付けた白人の警察官にガラス越しにその姿を確認されたすぐ後に射殺された。

個々の事件の詳細をここで語ることはしないが、いずれも黒人であるという属性だけで何か犯罪をしようとしているのではないか疑われた差別に由来する事件である。これと同じことがテラの世界でも見受けられる。

感染者
あのバカどもが俺を捕まえようとしてるのは、俺が街で死んだあの外国人とちょっとしゃべったからだ! それだけであいつらは俺を人殺しだと訴えてるんだ、バカげてる!
「現場に残るアーツの痕跡から感染者の犯行と推測される」だ? ふざけんな! 俺にそんな力があるなら、奴らはもう死んでる! 俺にどんな力があるってんだ? 火すら出せねぇんだぞ!

「彼方を望む」剣と天秤 - 幕間

ここで重要なのはある属性に属するというだけで何か危険性のある人物だと疑われることがあること、鉱石病感染者であればアーツユニットなしでアーツを使えるという事実が危険性の偏見を強化すること、そのために感染者が社会秩序に対する脅威であり犯罪予防の一環として居住区を分断することに正当性が認められるという流れを理解することである。

隔離政策とスティグマ

「怒号光明」 JT8-1 原野に注ぐ「怒火」 - 戦闘前

上記のような正当化根拠によって支えられる隔離政策は感染者の周辺化を引き起こす。

テラ各地の感染者政策には多少の差こそあれど、大抵は感染者を周辺化していく傾向を帯びるものだ。

ウォーミー第四資料

周辺化とは簡単にいえば社会的な中心を担う一般市民とは異なる存在として社会的に疎外され、社会的に劣位の地位にあるとみなされる現象をいい、更に進んで社会的に排除される現象まで含むこともある。周辺化された人々の例として障害者や女性、黒人といった人々を挙げることができ、周辺化によって本来は市民としての権利を持つが差別により十全な権利行使を拒否されることになる。

こうした周辺化はその対象となる人々に社会的劣位者として扱われることの認識を与え、これが社会的スティグマを生み出すこととなる。スティグマ化された人々は社会からの否定的取り扱いにより自尊心を低下させるのみならず、スティグマ化された自己のアイデンティティを隠そうとするなどしてかえって自分は差別される存在なのだという認識の内面化が生じることになる。

他方でスティグマ化は個々人ではなくある属性の集団についても生じるため、そのような集団のステレオタイプが形成・拡大され、差別的取り扱いを助長することにつながり、差別の習慣が形成されることになる。差別の習慣は潜在的な差別を固定化し、スティグマを強化し、また被差別者の尊厳の低下を加速させ、また差別を助長するという循環を形成することになる。

鉱石病感染者は自分が感染したことに気づくと、感染したことを秘匿して生活し、また人目に付くような場所に出るのが難しくなったり、常に他者からの迫害の目にさらされることから人間不信が形成されたりする。

テラ各地の感染者政策には多少の差こそあれど、大抵は感染者を周辺化していく傾向を帯びるものだ。その影響下で成年の感染者でさえ、偏見のため人目につく場所に出るのは難しい。行動力に乏しく、心身ともに未熟な児童となればなおさらである。

ウォーミー第四資料

スティグマが内面化することは、感染者は社会的に劣っており、差別される存在なのだという価値観が社会の共通認識になることに繋がる。こうした社会価値は非感染者による感染者差別を激化させると同時に、ある恐怖も植え付けることになる。それは、自分が感染者となればこれまで自己が目にし、行ってきた振る舞いが今度は自己に向けられることへの恐怖であり、それゆえに非感染者は必要以上に感染者との接触を恐れ、感染者を社会から排除しようとする。

……とはいえ、鉱石病によって蝕まれるものは、命だけではありません。これは、私たちの人生そのものを害する病気なんです。
一度感染してしまえば、普通に暮らしていくことさえ許されず……それどころか、社会にすべてを奪われることになりますから。
そして、今いるこのチェルノボーグは――感染者から様々なものを奪い去ってきた、「社会」の象徴とも呼べる都市なんです。
感染者を恐れ、差別して、追放や殺害にまで踏み込んでいく……ここでは、そんなことが繰り返されてきました。

「暗黒時代・下」1-1 孤島 - 戦闘後

鉱石病が不治の病であることと致死率が100%であること、そして感染者の遺体が新たな感染源となること、また感染者にアーツを与えること。こうした鉱石病の特性が非感染者の感染者に対する差別を正当化事由を与え、差別が激化することで感染者へのスティグマが生まれる。こうしたスティグマが内面化し社会共通の価値観となることで、更に感染者差別が習慣として固定され、両者の溝を深めていく。

これが鉱石病感染者差別の構造であり、差別を解消することがどれほど難しいかを示すものでもある。

結び

以上、簡単にではあるが鉱石病と感染者、各国の鉱石病対策を概観したうえで鉱石病感染者差別の正当化根拠と感染者のスティグマに由来する差別の構造を確認した。

感染者差別は偏見に由来する面が大きいようにも映るが、現実にはやはり鉱石病が治療しえない死病であることが隔離政策や追放といった処遇を支える正当化根拠になっていると思われる。鉱石病についての誤信を解消することも重要であるが、鉱石病が感染すれば致死率100%という事実は非感染者の安全保障を謳ううえで強力な正当化根拠となる。

したがって、感染者差別を解消するために最も重要なプロセスが鉱石病の治療法を発見することである。現在その最先端にあり尽力しているのがロドス・アイランドであり、感染者問題においてロドスがテラで果たす役割に期待が増すばかりである。





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