【アークナイツ】『ダーティマネー』考察―「正しさ」の値段について
『ダーティマネー』の舞台はクルビアの小規模な居住区域に発展した採鉱プラットフォームであり、動力炉の爆発事故によりクルビア東部の林に座礁しているデイヴィスタウン。政府の財政は破綻し、住民はみな生きるために銀行に借金をし、長い冬に堪え忍ぶ衰退した移動区画である。
先述したようにクルビアでは源石採掘が可能であり、また鉱石採掘から始まったという歴史が存在するものの、『ダーティマネー』の舞台となったデイヴィスタウンは座礁したことでもはや新たな鉱脈を探すことが不可能となり、採掘プラットフォームとしての意義を失う状態となっている。
本稿はクルビアの歴史を振り返りながら、急成長する国が切り捨てた場所がどのような顛末を迎えるのかの一例を見ていくものである。
1クルビアの歴史
まずはクルビアの開拓から独立の歴史と、独立の契機となり或いは独立の象徴となった二つの法律について見ていくこととする。
(1)開拓から独立へ
クルビア連邦は開拓国家として生まれ、現在もその領土の拡大、あるいは支配力の拡大を目論んでの開拓が続けられている。以下ではクルビアの開拓から独立への歴史を見ていく。
テラにおいて源石資源が採掘できる鉱脈は3つの主要なものがある。一つはヴィクトリア東部から始まりレムビリトン全域を横断する「タルガンギルス主鉱脈」、炎国の後背地から始まり東西部までのびる「環嶼主鉱脈」、そしてサルゴンの北西部からボリバルを通りクルビアの北部を抜け、サーミの南方、ウルサスにまでのびる「コロッサル主鉱脈」である。
クルビアの開拓はヴィクトリアの手によって始められた。『大地巡旅』によれば、テラ歴990年にヴィクトリアの探検隊が現在「クルビア」と呼ばれる地域への遠征を開始、そこで大平原の源石鉱脈、コロッサル主鉱脈を発見した。源石採掘で広く知られる国にはレムビリトンが存在し、コロッサル主鉱脈が有する源石の総量はレムビリトンを通るタルガンギルス主鉱脈に及ばないものの、タルガンギルス主鉱脈のそれよりも浅く、天災の発生も少ない地域での採掘が可能という利点が存在した。そのため、この「クルビア」と呼ばれることになる場所でヴィクトリアのゴドズィン公爵が移動式採掘プラットフォームを設け、源石採掘のための開拓を始めることとなる。
こうした源石鉱脈という思わぬ掘出し物を見つけたヴィクトリアは開拓を進めていくこととなる。その後ヴィクトリアの領土として大地は開拓されていくが、当時大国として君臨していたガリアとの領土獲得競争に対抗するため、1011年にヴィクトリア議会は「開拓地の税制、治安と感染者管理義務に関する法案」、通称「義務法案」(原語:《开拓地税金,治安与感染者管制义务法案》,简称《义务法案》)を制定された。同法は開拓地への課税措置を定めるととも、開拓民からの徴税を確実にするためにヴィクトリア本国から使節が派遣されることとなった。すなわち同法は開拓地からの徴税を新たなヴィクトリアの財源とするため本国が直接に開拓地の徴税を行うことを定めたこととなる。
この法律により開拓者たちは重税を課されたのみならず、治安維持と感染者の管理に係る「自治権」を与えられた。すなわちこれまでゴドズィン公爵の管理下にあったものが手放され、開拓者たちが自力で開拓地の治安維持と感染者の管理を行うことを余儀なくされたのである。
しかし開拓者たちにそのような「自治」を可能とする余裕はなく、ヴィクトリア本国に援助を求めるも助けを得ることができず、結果として重税と自治の強要への不満からヴィクトリアとの対立の緊張が高まり、独立戦争へと繋がることとなる。
こうして開拓者たちにはヴィクトリアからの独立の機運が高まり、1016年、遂に辺境領公爵と開拓者たちとの対立が表面化し開拓者がヴィクトリアの税務特使を襲撃する事件が発生。これを皮切りに後に「クルビア独立戦争」と呼ばれる争いへと突入することとなる。その後1018年の「バベッジ戦役」にて辺境領公爵を独立軍が打ち破り、そして1019年、ウッドロウやクリフも参戦したクルビア独立戦争は独立軍の勝利という形で終結することとなる。
クルビア独立戦争の様子については詳細が明かされていないものの、ケルシーのプロファイル資料より、ヴィクトリアとの間で領土獲得競争を行っていたガリアが、ヴィクトリアの力を削ぐために独立軍を後押しし、ヴィクトリアに圧力をかけたこと、またヴィクトリア自体も独立軍と戦っている辺境領公爵への援助を行わず切り捨てる決断による影響が強かったとされている。
こうして辺境領公爵を破った「バベッジ戦役」の一年後、クルビアは正式に独立し「連邦規約」を批准。初の大統領選挙が行われ、マーク・マックスがクルビア初の大統領に就任することとなる。
以降、大統領マーク・マックスをトップにした体制は1019年から少なくとも『孤星』の1099年11月まで変わることなく、クルビアは大統領制民主主義国家として存在し続けている。
(2)「義務法案」と「連邦規約」(有賀貞「植民地人の権利と帝国の構造ーアメリカ革命前史の一考察ー)
義務法案について
クルビアの独立のきっかけとなったのは「開拓地の税制、治安と感染者管理義務に関する法案」、通称「義務法案」と呼ばれるヴィクトリアの法案であり、独立の象徴として掲げられたのは「連邦規約」である。ここではそれぞれのモデルとなったものについて確認しておきたい。
まず「義務法案」はアメリカが未だイギリスの植民地であった時期にイギリス帝国議会が発令した「印紙法(Stamp Act)」「タウンゼンド諸法(Townshend Acts)」、そして「茶法(Tea Act)」という一連の税法であり、特にタウンゼンド諸法の色が強いものと考えられる。
七年戦争(1756~1763)により本国の財政が悪化したイギリス帝国は財政の悪化を食い止めるため、少なくとも植民地統治のための経費の一部を植民地からの税収入によって賄おうと考えた。そこで本国は1764年に「アメリカ歳入法」(American Revenue Act、砂糖法とも呼ばれる。)による関税、そして1765年に「印紙法」が成立したことで植民地に印紙税制度が導入された。
その後印紙法は強い反発を受け撤廃されるものの、1765年にチャールズ・タウンゼンドが提案した「タウンゼンド諸法」により北アメリカでは生産されていない茶や紙、ガラスへの関税がかけられ、また同諸法の内容には植民地からの税徴収を確実にするためにイギリス本国から税務管理局が植民地に設置することが定められていた。これを契機に植民地住民とイギリス本国との対立はより深くなり、1770年に「ボストン虐殺事件」というイギリス駐屯兵による植民地ボストンの市民殺害事件が発生するに至ることとなる。
こうしたタウンゼンド諸法も植民地からの強い反発から一部撤廃されるものの、茶への課税や植民地への関税局の設置、そして総督や判示の棒給を植民地の税収から賄い、イギリス本国の財政再建と植民地の金の力を削ぐという理念は変わることがなかった。
その後1773年に東インド会社が関税なしに北アメリカ植民地へ茶を関税なしに輸出することを認める「茶法」が成立する。これにより植民地住民にはタウンゼンド諸法による課税が残りながら、東インド会社による植民地での事実上の販売独占権が与えられるという不公平な結果を生むこととなり、これをきっかけとして有名な「ボストン茶会事件」が起きることとなる。
こうした一連の税法の成立・撤廃の繰り返しはイギリス本国の財政再建のために、「代表なければ課税なし」(No taxation without representation)というマグナカルタに由来する大原則を無視するものであり、また本来イギリス本国と同様植民地住民も不当に財産を奪われない権利を有するとの自然権思想にも反するものであった。
このような課税は本国同様に財政に苦しむ植民地人を苦しめるのみならず、「代表なければ課税なし」(No taxation without representation)というマグナカルタに由来するイギリス本国の原則すら無視するものであり植民地人からの強い反発にあった。
こうしてイギリス本国と植民地住民との対立はもはや修復不可能なレベルにまで深くなり、ボストン茶会事件をきっかけとして、アメリカ独立戦争へと繋がることとなった。
連邦規約について
クルビアの「連邦規約」は独立に宣言後に批准されたものであり、クルビアにおける最も重要な法律文書であると言われている。
連邦規約にはクルビアの独立に感染者が重大な貢献をしたことを示すため、その冒頭で感染者にも平等な市民権が与えられるという原則が定められている。
この連邦規約はEN版で「The Articles of Confederation」とされている。これはアメリカ独立戦争において13の植民地が結束するための同盟を定めた規約であり、13の植民地の連合の名称を「アメリカ合衆国」と定めた「連合規約」(Articles of Confederation)と同一名称であり、連邦規約が連合規約をモデルにしていることはほぼ間違いないと考えられる。
連合規約は13の植民地による連合を「アメリカ合衆国」という名称に定めたことに加え、各邦それぞれの主権を認めながらも各邦が相互に有効と援助をすることを定め、それらを統括するための中央政府的役割の連合会議を設ける等して、独立達成とその直後の13諸邦の間に同盟関係を形成することを目的としたものである。連合規約は後に「アメリカ合衆国憲法」が制定され、13邦すべてが合衆国憲法を批准するまで憲法的役割を果たした重要なものである。
その一方で連合規約には公民権についての規定がなかったことを考慮すると、感染者に平等な公民権を与えるとの記載はアメリカ合衆国憲法修正第14条第1項に由来するものと考えられる。
としても連邦規約については詳細な情報が出されていないためこれ以上の内容が分からない以上、現時点ではここまでの推測に留めようと思う。
2クルビアの発展と再開発計画
『ダーティマネー』の舞台はクルビアの小規模な居住区域に発展した採鉱プラットフォームであり、動力炉の爆発事故によりクルビア東部の林に座礁しているデイヴィスタウン。政府の財政は破綻し、住民はみな活きるために借金をし、長い冬に堪え忍ぶ衰退した移動区画である。
先述したようにクルビアでは源石採掘が可能であり、また鉱石採掘から始まったという歴史が存在するものの、『ダーティマネー』の舞台となったデイヴィスタウンは座礁したことでもはや新たな鉱脈を探すことが不可能となり、採掘プラットフォームとしての意義を失う状態となっている。
本稿はクルビアの歴史を振り返りながら、急成長する国が切り捨てた場所がどのような顛末を迎えるのかの一例を見ていくものである。
クルビアの発展
今日のクルビアにおける急進的な経済的発展の主要な要因は発達した商品貿易と技術進歩への執着と追及とされている。
テラの大地においてクルビアの東西はボリバルとカジミエーシュという二か国と隣接している。クルビアはこの東西を繋ぐ貿易路を確保し貿易を開始、その後このルートを利用することで両国の市場への経済的影響力をもたらすこととなり、莫大な利益を上げたとされている。
またクルビアにはライン生命やレイジアン工業に代表される最先端の科学技術を展開する企業が集結し、このような先端的科学技術を商業化することでクルビアという国の経済的利益へと結びつくこととなっている。
しかし光あるところには必ず影が存在する。クルビアの急発展は貿易と技術開発を軸とするところ、このような発展についていくことのできない開拓過渡地域と呼ばれる地域が存在する。独自の基幹産業を持ちながら移動都市の水準に及ばない都市の処理がクルビアの重要課題となっている。
こうした開拓過渡地域の処理について考案されたものが区画の再開発計画であり、州政府が招致した企業にこのような区画を活用させ、クルビアの発展に繋がるハイテク産業を行わせるというものである。
デイヴィスタウンもこのような再開発計画の対象となる区域の一つであり、政府による再開発が進められることとなった。
以下では『ダーティマネー』で行われた再開発の流れを見ていこうと思う。
*なお再開発のスキームにはBSWのような傭兵組織も関与しているが、これは銀行が住民に対する強制執行により区画から追い出すことを確実にするためのものである。ここでは銀行と政府、銀行と市民の関係に着目したいため、傭兵組織の関与についての言及は省略する。
①銀行と政府の関係
政府は多額の建設費がかかっている移動プラットフォームは貴重な資源のため再利用したいところ、そこにはハイテク産業の発展が見込めるような企業を招致したいため、現段階でそこに居住している住民の存在が邪魔となる。そのため住民を追い出す必要があり、その役目を負う機関として銀行を用いているようである。
後述するように銀行は追い出しの段階で住民に融資を行ったところで利益を得ることは見込めない。住民を破綻させることが目的である以上融資額の回収が見込めないためであるが、これでは銀行に利がないようにも思える。しかし住民を追い出した後には政府が招致し、しかも発展の高度の見込みがある企業がプラットフォームへと来るため、それら企業に融資をすることで銀行は金利により巨額の利益を上げることができる。
こうして銀行は後に控える企業との取引による利益を目的として、政府に協力し住民を追い出す役目を引き受けるのである。
②銀行と市民の関係
それでは銀行はどのようにして住民を締め出すのだろうか。銀行の業務の在り方とそのメカニズムをまずは確認していこうと思う。
銀行の業務は資本金と預金者からの預金を原資として貸付業務等を行い、その貸付金にかかる金利によって利益を上げるというものである。そのため銀行が利益を目的とするならば本来貸付の相手方が利息分までも含めた返済が可能だと見込める場合に融資を行うこととなり、そのような返済見込みがないものに対しては融資を行わないこととなる。特に信用が最も重要な根幹となる銀行業務において、債権回収ができずに手元の資金を減らすことは避けなければならないところである。
そのためデイヴィスタウンのように既に住民が新たな職を得て返済に十分な資金を得る期待が薄いような地域において、そのような住民に対し融資を行うことは銀行の業務の在り方としてそぐわないものであり、利益追求の目的とは異なる目的、すなわちここでは住民の追い出しがあることが察せられる。
それでは銀行はどのようにして住民を締め出すのだろうか。
『ダーティマネー』で描かれた様子からはまず住民に高額の融資を行う場合には担保を出させたことが読み取れる。
担保は確かに貸し付けを行う場合に付随的になされるのが常態ではあるものの、重要なのは担保というのはあくまで担保として提供された物件の資産価値の範囲でのみ担保能力を有するということである。5000万の借金に対し担保として不動産抵当を付したとしても、当該不動産の資産価値が3000万程度であれば、残りの2000万は別に自力で弁済しなければならない。
しかし、ここで銀行はある種の強硬手段にでる。いわゆるチンピラを用いて水道管を故意に破裂させ、あるいはまた別の手段を用いることで担保物件の資産価値を減少させるのである。同時に保険金搾取のための自演ではないかといちゃもんをつけ、疾うに街からいなくなった弁護士や裁判官といった法曹の証明を要求することで保険による建物の回復を妨害する。こうして資産価値の低下した物件はもはや担保としての価値を無くし、残るのは莫大な借金のみということになる。
あるいは最初は少額の融資を行いながら、返済しようとする者に対し分割金利の優遇を餌に高額な金融商品を進める。当然のことながら再開発という名の一掃計画が決まり、政府が財政破綻に陥っている街の金融商品、例えば株式や公共債というものはやがて価値を失う道にある。
結局銀行は住民の法の不知、知識の不足につけ込み、合法的な手段に則って、目の前に人参をぶら下げて底なしの沼へ誘導するのである。
こうして返し切れない借金を抱えた住民に対し銀行は強制清算手続き、要するに強制執行により返済額を満たすまで財産を没収し住む家を奪う、或いは債務減免を餌として開拓計画に署名させる。こうしていずれの手段によっても治安維持の名目で、住民を区域で生活することのできない環境に追いやるのである。
こうして銀行は区画全域の住民を空にし、政府が招致する企業のための土地を用意し、再開発の準備を整えることとなる。このような政府の決断はクルビアという国全体の利益を増大させるために、開拓過渡地域の住民を切り捨てるというものであり、功利主義的な発想に基づいているように思える。
「最大多数の最大幸福」というあまりにも有名なベンサムの言葉である。ある行為の道徳的正しさを、当該行為の帰結ができるだけ多くの者(或いは動物を含む)の効用を最大化することに求める功利主義の立場からすれば、確かに上記政府の決定は「正しい」といえるだろう。特にクルビアのような新興国であれば、他の大国に負けないレベルにまで自国の経済あるいは影響力を高めることは急務ともいえる。
あるいはクルビア政府は「満足している愚か者よりも不満足なソクラテスの方が良い」と考えたのかもしれない。すなわち財を生み出さない開拓過渡地域の人々の生まれ育った場所で過ごすという効用よりも、財を成し科学技術を進歩させるクルビアの先端企業から得られる効用の方が質が高いと考えたのかもしれない。
こうした功利主義に対しては歴史上様々な批判がなされてきた。一つには功利主義が個々人の独立性に真剣な配慮を払っていないというものがある。功利主義は社会にとって効用を生むか否かのみを問題視し、道徳的な自律的主体としての個々人の人格への配慮がなおざりにされているということである。もう一つには多数者の効用の増大のために少数者を犠牲にすることを正当化するということである。社会的支配者ないし多数者の効用を増大するために少数の人々を犠牲にすることを許容することは、犠牲となる少数者の人格をその限りで無視するということになる。
クルビア政府による決定は単にデイヴィスタウンの住民の犠牲によってクルビアの発展を求めたのみでなく、あまつさえデイヴィスタウンの住民を使って開拓地労働までさせようとするものであり、人を人とも扱わないようなものであった。このような政府の決定には上記功利主義への批判が当てはまるように思える。
そしてこのような政府や銀行、BSWの態度にジェシカは憤りを感じ、銀行強盗を行うに至った。以下ではそのようなジェシカの選択について見ていこうと思う。
『ダーティマネー』
イベント『ダーティマネー』において、政府と銀行、そしてBSWの手によりデイヴィスタウンの住民が強制退去させられた後、ジェシカはリスカム小隊を抜けてシルヴィア、ヘレナ、レオーネ、ウッドロウらの銀行強盗計画に加担した。
このジェシカの選択の代償は社会的なBSW職員としての身分も、ブリンリー一族としての身分も捨てることも意味し、本来であれば犯罪者としてのラベルを今後の人生で背負い続けるものでもあった。なぜジェシカはこのような選択をしたのだろうか。
彼女が銀行強盗に加担した理由は「何かしなければいけない」という強迫観念であり、自分が必死で取り組んでも望んだ結果を出せないことに辟易したことにあった。
ジェシカはクルビアの大企業であるレイジアン工業の責任者バーニー・ブリンリーの末娘として生まれた。必ずしも能力は低くないものの優秀な兄姉と比べて劣る部分があり、それ故か自信の持てない性格であった。
彼女がBSWに入り傭兵という仕事を選んだ理由には「警備会社の傭兵として人々を守りながら、問題を解決する」という思いがあり、問題を解決することで自分が一族のなかで取るに足らない人間ではないと証明したいという野心も存在していた。
『ダーティマネー』においてジェシカが解決したい問題とは、デイヴィスタウンの住民が政府らにより不当に街を追い出され開拓地に送られてしまうものであった。ただでさえ栄養もまともに取れていないなか、極寒の冬に開拓地に送られることは高い確率での死の危険を意味するものであった。
この問題に対しジェシカはBSWの職員としてBSWの創始者たる「クリップ」クリフを批難し、ブリンリー一族の人間として持つ資産を用いて住民の債務を弁済しようとしたが到底及ぶ額ではなかった。傭兵としての身分もブリンリー一族の身分も役に立たないときに、彼女に唯一問題解決のための手段として残ったものが「銃」という力であった
こうして政府の手によって奪われた住民の財産を奪い返すために、彼女は武力を用いての銀行強盗に踏み入った。彼女の取った手段は他人に危害を加えるものであり、法を破るものとして正義に適うものとはいえない。そうであれば、彼女が銀行強盗で手にした金銭は「ダーティマネー」というべきものである。
他方で彼女の行動は自らが何者かであることを証明するためという目的も含まれていたが、根本には政府の決断により切り捨てられたデイヴィスタウンの住民たちを救うためのものであった。
「すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利について平等である」と世界人権宣言が定めるように、人間は経済的利益を生み出すと生み出さないとに関わらず人間としての尊厳を有する。
カントは「目的としての個人」という観念を打ち出し、道徳的主体たる人間は目的であって、自他問わず単なる目的のための手段としてのみ評価されてはならない。それ故にいかなる人間も、人間性そのものである尊厳を持つ者として尊敬を受ける正当な権利を有し、逆に他者も同様に尊厳を持つ者として尊敬を払う義務を有するのだと説いた。
個人としての尊厳、そして個人として尊重されることはあらゆる権利自由の前提であり、クルビア政府と銀行はこの前提を無視したかのような方法で公益の追及を図った。
銀行が用いた方法は合法な手段だというが法に適えば何もかもが「正しい」というわけではない、ということはおそらく多くの人が肯首するところであろうが、政府や銀行は自らの力でその「正しさ」を貫くことができる。
目的のみでは足りず、手段のみでも足りない。自己の「正しさ」を貫くために何かが欠けているのであれば、何らかの代償を払わなければならない。ジェシカは代償としてこれまでにBSWで築き上げてきたものと在ったはずの将来を支払ったが、これがジェシカの「正しさ」の値段と釣り合うのかは、今後の彼女の選択の結果次第ということになるのだろうが、そうであることを願うばかりである。
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