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9060問題【死体遺棄・詐欺】こたつに座ったまま白骨化した遺体と、受け取り続けた父の年金

遺体のある部屋で暮らし続ける、心理的にも物理的にも、受けるダメージは相当なものだと想像します。
被告人質問では事件の経過とともに素朴な寂しさが語られました。
とはいえ、親の年金なしでは生きていけないという現実が犯罪につながったことは間違いありません。


事件の概要

罪 名 死体遺棄・詐欺
被告人 男性 65歳

被告人は、自宅で同居していた父親(91)が死亡し、埋葬の義務があったにも関わらず、7ヶ月以上放置したとして死体遺棄罪で逮捕された。
父親は2階建て住宅の1階居間で、こたつに座った状態で白骨化していた。
被告人は死体遺棄罪で起訴され、その後 父親が死亡した事実を隠し年金を不正に受給したとして、詐欺罪で再逮捕された。

被告人は小柄で、額から頭頂部が禿げた見た目から高齢に見えたが、話すと声に張りがあって滑舌も良く、少し印象が変わる。刑務官が大きめの声で被告人に指示しているところを見ると、少し耳が遠いようだ。質問に答えるときは父親を「お父さん」と呼んだ。
公判の間に、身内らしき人が傍聴席に座ることはなかった。

事件の詳細

包括支援センター職員の通報から発覚

被告人は父親との2人暮らしだった。
地域の包括支援センターでは、70歳以上かつ通院歴のない人を年に1回訪問しを安否確認をすることになっていて、被告人の父親は2017年からその対象となっていた。
2023年9月。職員が自宅を訪問したところ、息子(被告人)に「今寝ているからダメ」と言われ、父親に会うことが出来なかった。そのため職員は翌日以降も平日は毎日訪問し、接触を試みたが応答がなかった。
10月23日、訪問した職員が被告人宅の玄関前にいたところ、出かけていた息子が車で帰って来た。しかし、職員と目が合うと息子はそのまま立ち去ってしまう。
前年の訪問記録には〈父親は立つことができず床を這って移動していた〉〈病院が好きじゃない。5年以上行ってない〉とあり、診療を勧めた形跡がある。きっと重篤な状態になっていると案じた職員が警察に相談した。

翌日、警察が自宅を捜索した。
中に入ると居間にはこたつがあり、毛布などが積み重なっていた。毛布、布団、ダンボール・・・と順に取り除いていくと、座った形のままの死体があった。ほぼ白骨化した状態だった。

被告人は、検察官が証拠を読み上げるのを聞きながら、左手で両目を覆い、俯いて静かに泣いた。

ひとりぼっちになってしまった

被告人には古い実刑前科がある。最期に出所した後、父親・養母と同居するようになった。しばらく養生したらと言われ、そのまま職に就くこともなく居続けてしまったという。間もなく、養母が亡くなった。
人づきあいが苦手な父親は、すでに仕事を引退しており人と会うこともない。2019年頃には犬の散歩にも行かなくなり、1日のほとんどをこたつで過ごしていた。そのため、食事の用意や、着替え・排泄のためにトイレに付き添うなど、被告人が行っていた。父親が嫌がったのでヘルパーなど外部の支援は受けていなかった。

2023年2月下旬、父親がこたつが暖かくならないと言い、一晩中あれこれ試したが直らなかった。翌日、父親に頼まれてこたつコードを買いに行った。新しいコードに替えると、父親は「わ!あったかなった」と喜んだ。
2~3日後、被告人が犬の散歩に行って帰ったとき、父親に声をかけたが返事がなかった。ケージを掃除してから、もう一度声をかけたが反応がなく、死んでいることに気づいた。
「ひとりぼっちになってしまった」。
いくら呼んでも返事はなかった。

養母が亡くなったときには葬式や役所への届け出もしていて、手続きが必要なことは知っていた。
65年育ててくれたかけがえのない存在。火葬したら二度と父親に会えなくなる、寂しい。実際のところ葬式代もなかったため、そのまま一緒にいることを選んだ。親類にでも相談すれば良かったのかもしれないが、人に迷惑をかけたくないし、できるなら自分ひとりでやりたいという気持ちがあった。

亡くなったことを隠した理由はそれだけではない。父親は普段からパンツやズボンをはかず、下半身裸で過ごしていたので恥ずかしく、通報することでそれを誰かに見られるのが嫌だったというのもある。
なにより父親の年金がないと生活していけなかった。収入は他には一切ない。年金は父親のためのものだというのは分かっていたが、生活のため振込まれるままに受け取り続けた。
父親の年金は2か月分で34万あまり。以前から父親か被告人が年金支給後にキャッシュカードで20万をおろし生活費にしていて、父親が亡くなった後も同様にした。

被告人は父親の遺体に毎日「おはよう」など、話しかけていたとも語る。しかし、一度も触れることはなかった。遺体からは虫が湧き、だんだんと黒ずんでいき、こたつ布団の下からは羽の生えた虫がたくさん出て掴んでは捨てた。包括支援センターの職員が訪ねてきたときは、遺体が骨になり始めた頃だったという。
徐々に変化する様子が被告人から語られたことから、遺体に布団などをかけたのは、最初の訪問の後だと思われる。職員の訪問によって、「バレたら逮捕される」という、以前からあった不安が強くなったとも話した。それまでは来客もなかったのだろう。

論告

・2023年3月頃までに父親が亡くなってから、同年10月まで7か月以上放置
・死者の尊厳を冒涜した
・規範意識が鈍麻、犯行態様が悪質
・訪問した職員に嘘をつくなど、隠蔽しようとした
・年金不正受給は約34万×3回で合計10万円を超え、被害結果は大きい
・動機や経緯は身勝手で短絡的
・求刑 懲役3年

弁論

・事実を認め反省、改悛の情を示している
・養母が亡くなったあと父子2人の生活。亡くなっても父を慕う感情からそのまま過ごした
・マスコミ報道により、社会的に一定の制裁を受けた
・前刑から15年以上経過
・被告人自身が年金を受給出来る年齢になり、働く意欲もあることから、更生の可能性は高い

最終陳述

被告人は「このような大罪を犯しまして、社会の方々には本当に心からお詫び申し上げます。誠に申し訳ありませんでした。二度とこういうことをしないと言うことを、ここでお誓いいたします」と、長く頭を下げ続けた。

判決

懲役3年 執行猶予5年
・死亡届を出さずに年金103万以上をだまし取った態様は悪質で、公益侵害の程度も大きい
・葬祭せず自宅に放置したことは、社会的風俗としての宗教的感情を相当程度害している
・前科が相当古いことは相応に、事実を認め反省していることは多少考慮
・社会内における更生を図るべく執行猶予とする


閉廷後、傍聴席からサッと柵のほうに2人の男性が近づき、弁護人に声をかけました。どうやら、ここを出たその足で市役所へ行き、電気や水道の滞納や支援の手続きをしましょうという話らしく、その場で話がまとまったようでした。
事前に打ち合わせ済みという様子もなく、引受人として証人に出廷した人でもなかったので、誰だろう?と思っていたら、帰りに玄関ロビーでお二人がいたので、尋ねてみると「おまわりさん」でした。事件に関わったあとも、被告人の今後を気にして動いている様子にありがたい気持ちになりました。
弁護士さんが熱心な方だと、事前に調整して福祉関係への引き継ぎまで被告人をサポートしたり、証人出廷した更生保護施設などの関係者が引き続き支援する場合もあるようですが、いずれも本人の希望が得られないことには、支援を受けることを強制することは出来ません。
法廷から支援先に直行するという方法は、とりあえず繋がりを作る一番確実な方法で、それを買って出たのが「おまわりさん」だったのは初めて見ました。なんだかほんわかします。
はじめは強制的でも、支援を受けるきっかけ作りには他者の手が必要なんじゃないかな。自分から助けを求められる人なら、こうなってなかっただろうし・・・
判決の際、被告人は裁判官の言葉に、はいっ!はいっ!と被せ気味に答えていました。すでに自分の年金を受け取れる年齢になっている(今までは受給していない)とのことなので、利用できるものを利用して基盤を整えていって欲しいです。


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