
多言語話者の「頭の中の教科書」6
YouTube(例えばTEDなど)で見る多言語話者が紹介している方法を見聞きされたことがあるだろうか。私も自称語学オタクだがあそこまで、ある意味でぶっ飛んだ方法を試したことはない。外国語が話せると言ってもどれも中途半端と言えば中途半端。でも、そう言う意味では日本語も何十年話していても、何かを読めばまだ知らない言葉に出会うし、いつか完璧になることもないだろうと思ってる。だから外国語ならなおさら中途半端でも、とにかくその時に目の前の人と分かり合えればいいと思う。成長はずっと続くと言う意味では母国語と外国語に違いはない。完璧になったら話せるというものではない。
私が日々接している多言語話者はTEDに出てくるような天才的な?「ど」がつくような語学オタクではなく、ごく普通の日本で働いているビジネスパーソンだ。つまり1週間のほとんどは仕事をせねばならず、出張もあり毎週レッスンを受けられるわけでもない。そう言う意味で取り組んでみる方法としては、より現実的だろうと思う。
今の私の生徒さんの一人は典型的な多言語話者の「学びの型」を持っている。彼女のレッスンを記録としてその段階を少しずつリポートとしてここにまとめている。完全な初心者、全く日本語が話せない状態からレッスンを始め、半年が経過。
週に一回1時間のレッスンだ。ご多忙なので毎週できるわけでもないと言う状況。
前の記事でも紹介しているがレッスンの冒頭から私に促されずとも自分から話し始める。先週、自分が何をしたか。夏休みの予定。過去形で現在形で。細かい補足説明のような部分は早口で英語でチャチャっと言う。書いてあるものを読んでいるわけではなく、その時に頭の中に思い浮かぶ自分の考えをそのまま直接、日本語化して発音している。それがきちんと言えるかを確かめるかのようにとても集中して話しているのが伝わってくる。もちろん小さな言い間違いやゆっくりな部分はある。でも、100人の日本人が聞いたら90人以上は理解できるだろうと思われる精度だ。その精度が毎回少しずつ上がっているのがわかる。とにかく集中力が高い。
どの国の生徒さんも単語ノートのようなものを作る。左に日本語、右に母国語。
A5サイズぐらいのノートが多いだろうか。でも彼女は少し違う。A4サイズぐらいの方眼用紙に、自分の言いたいことを整理して簡単な文章を作っている。
動詞のリスト、文。
形容詞のリスト、文。
そして?とともに質問のメモがある。
別に宿題として出しているわけではないが自分の日常的なことを表現した文章を習ったばかりの文法を使って書き出しているようだ。今度彼女のノートの写真を撮らせてもらってじっくり分析してみたい(笑)
前回のレッスンの文法は「います・あります」だった。
英語でささっと説明を済ませ、ある絵教材を見せる。それを見せながら、「一階にスミスさんがいます。2階に事務所があります。」と私が一回読むと彼女の表情はもうそれを理解できているようだった。そこからは世界中にいる彼女の友達の説明、彼女が住んでいる街に何があるかを話してもらった。多言語話者でもいろんなタイプがあるが彼女は教材ベッタリで練習するのを好まない。原理原則をつかむとすぐに自分で走り出すタイプだ。促されずとも自分で次から次に文を作って話そうとする。そして話しながら自分に必要な語彙を少しずつ増やしていく。many はなんでしたっけ?internationalはなんですか?と。
多言語話者の初期の特徴は、ピアノの初心者教本バイエルの頃に似ている。
バイエルで習う技術は基本中の基本だ。語学の初級文法のようなものだ。
基本中の基本の技術を流れるように弾けるようになるまで繰り返し練習して体に染み込ませていく。そんな風に日本語を話しているように見える。
楽器をやる人はわかると思うが基本の技術を体が覚えると、その動きはもう無意識でできるようになる。例えば、暗譜している状態、あるいは新しい譜面を見た時に同じレベルなら初見でも弾けるようになる状態。
日本でよく見る文章の暗記や繰り返し読むこととは全く違う。方向としては真逆と言える。正解を脳に染み込ませているのではない。自分の脳から発するものに日本語を直接繋げているのだ。強くて太い能動的な意識に日本語をのせているのだ。
そして内側から出てくる「自分の言いたいこと」を基本技術で言い切る。基本技術がいつか無意識になるのをわかっているからだろうと思う。