見出し画像

とある町の小さな小売店2

前回からの続きになります。

 取引先にお世話になりたいと先方に伝えた後に、営業と上司の方が来られて、簡単な面接のような顔合わせみたいな事があったような記憶が薄っすらある。こちらから出向いた記憶がないから、おそらく間違いないだろう。

 入社式は4月1日なのだが、3月中頃から働く事になった。4月が1年で1番忙しい業界という事で早めに仕事を覚えて欲しいという話だったとおもう。
 初日の感想は、朝の朝礼の時に挨拶をした時に思った事でもあるのだが、こんなに大きい会社だったんだと、80人ぐらいの全社員の前に立った時に初めて知った。予想していた規模の5倍ぐらいのイメージの会社だったので正直やっていけるか少し不安になるぐらいだった。その年の新入社員は自分と女子3人の合計4人だった。

 そこで2年間、倉庫で品出しの仕事と後半は来店受付の仕事を任されて仕事はとても忙しかったが充実した時間だった。
 その後に転勤の話が出て営業として支店で働く事になった。先輩に手取り足取り教えて貰いながら、なんとかついていくのがやっとの営業マンだったが業界の事がようやく身に付いたのが、この時期だったと思う。
 当時は営業というより何でも屋みたいな仕事をしていた。内装設備に使う道具とかも持ち歩き、いろんな事をやった記憶があるが、その時の様々な経験が自分の財産になっていると思う。

 営業マン時代の2年が過ぎて、会社を退職して実家の家業を継ぐ事にし、4年振りに実家に戻る事になった。

 帰ると、今まで働いていた環境と家業の小売店との違いがあまりにも大きい事に気づいた。一般的な会社と個人商店のギャップに戸惑いながらも、改善点を探しながら働き始めた。

 だが偉そうな事も言えない身分である事は働き始めた初日から痛感していた。お客様からの信頼がゼロだったので、来られるお客様に接客しても毎回、父か母を呼んでと頼まれた。
 確かにお客様が求める物の場所もいまいち分からないし、そもそも何が欲しいのかが分からない時があった。具体的に欲しい商品を聞かれる事よりも、前にも買った事があるアレだの、母が売ってくれた品物を追加で買いに来たと言われると手も足も出ない。
 心の中では4年の修行で商品知識は両親よりも遥かにあるし最新事情にも通じてるからと思っているものの、お客様にそれを伝える術など無いので、この頃は悶々とした日々だったと思う。

 斜向かいの幼馴染も自分と全く同じ様に外で働いてから、ほぼ同じ時期に実家で働いていた。
 帰ってきた事を近所の商店街の人が聞きつけて、商工会青年部と地元消防団に2人同時に勧誘されたが2人で話して、どちらにも入る事にした。

 商工会青年部は自分と同じ後継者の集まりなので、仕事の悩みや相談事を気さくに聞ける先輩達が所属されていたので、参考になる事が多かったし、いろいろと教えてもらったと思う。
 
 消防団の人達とは近所で見かけた事はあるが、ほとんど話した事がない人ばかりだったが、活動を通して仲が良くなり、1年も経つと冗談を言い合えるぐらいになった。つまり、顔見知りの知り合いが一気に15人ほど増えた事になった訳だ。

 そのうちに青年部の先輩と消防団の先輩がお店に買い物に来てくれるようになった。とても嬉しかったし、この人達が自分の初めてのお客様になってくれたと思った。

つづく


 


いいなと思ったら応援しよう!