収束思考強めの私はnoteを書くことにした
クリエイターへの憧れ
私が休みの日にすることといえば、本を呼んだり、散歩をしたり、映画を見たり、、、無意識にしていることってほとんどが「消費」に紐づくものだと思います。
自分で作るものといえば料理を作ることか、ピアノを弾くこと(といっても譜面通りに弾くだけですが)くらい。
誰かが作ったものを楽しむばかりの日々につまらなさを感じるほどに、何かを生み出したいという気持ちと、「クリエイター」への尊敬&憧れが強くなっていきました。
自分とのギャップ
クリエイターというと何に長けているイメージでしょうか。
何かを想像したり、アイデアをたくさん持っていたり、何かがポーンと閃いたり、、、
どちらかといえば「発散」思考の人がクリエイターになれる、自分は圧倒的に収束思考が強いと思っていたため、何か創作活動するには向いていないのではと感じていました。
noteとの出会い、文章との再会
そんな折、noteというツールがあったことを思い出し、「文章を書くなら得意かも」と思い立って1つの記事を書いてみました。
抽象と具体を行き来しながらものを考えることは得意だったので、ネタさえ見つかればスラスラ書くことができました。
そして、書いていくうちにあることに気がついたのです。
これは「発散」というより「収束」の技術が必要だな
思いを巡らせることは簡単でも、それを一つの記事としてどんな形に形成するかということのほうがよほど大切だと感じたのです。
書くことを通してならクリエイターになって自由な創作活動(これらをそう呼べるのかの議論は後々するとして)が自分にもできるのではないか、そう思えました。
noteを書くのが楽しい理由
何かを作り出すこと、発信することに苦手意識のあった自分がnoteを楽しめる理由は、
文字で表現することが好き、得意である
そして書く時に必要な収束思考を強みとしているから
この2つです。
とはいえ、徒然なるままに書いているものもたくさんあるので、全て整理して構造化して書いているわけではありません(笑)
そのゆるさが許容される雰囲気もnoteならではだと感じます。
創作活動したい収束思考強めの全人類に私はnoteをお勧めすることでしょう、、、