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PL学園硬式野球部1年        「地獄の夜明け編」


「はっ」何か異様な恐怖感に襲われて目を覚ます。枕元に置いてあるデジタル時計に目をやると、時間は朝の6:58を示している。「よかった。。なんとか今日も生きている。。」安堵したのもつかの間、すぐに強烈な緊張感と恐怖感が体全身にはしる。「あぁ。。また、”今日”がきてしまった。。」

親元の静岡を離れて今僕が住んでいるのはPL学園高等学校の寮である「金剛寮」と呼ばれる男子生徒用の学生寮だ。部屋は12人部屋。同期入学の一年生が6名と二年生が6名。全員が硬式野球部の部員である。部屋には古びた二段ベッドが六つ不規則
に並べられており、あとはこの部屋の支配者である二年生6名のハンガーラック、野球道具、そして各々の趣向品が置かれている。当然、奴隷である僕たち一年生の荷物は何一つない。部屋は各二年生の洗濯された洋服に使われている強すぎる柔軟剤の臭いと、男子12名のなんとも言えない思春期臭が入り混じった異様な臭いが漂っていた。部屋のルールとして、二年生が二段ベットの”下”を使い、一年生が”上”を使うという絶対的なルールが存在した。


6時58分。アラームなしで二段ベットの”上”で起きた僕は、昨晩床についた時と全く同じフォームで目覚ていた。なぜなら”下に”この部屋の天下人である二年生が寝られているので、自分たちの寝相によって彼らの睡眠を妨げることは大罪に値するからだ。四時間の睡眠の中で、僕は一度も寝返りを打たずに眠る方法をかなり最初の段階で習得していた。

6時59分。あと1分でまた地獄の”今日”が始まってしまう。僕は、「今日こそは平和に暮らせますように」と神に祈りながら、二段ベットから一切音を出さずに下へと降りる。7時に寮内に起床のチャイムが流れるのだが、その時点でベット上にいた一年生は「寝坊」のレッテルを貼られる。PLではそれを「やらかし」と呼び、寝坊を発見した二年生に「おまえ、やらかしたな」と言われれば1発アウト。もうその日に平和は訪れない。だから一年生の全員が起床前にこの部屋から抜け出すことがこのとてつもなく長い1日の最初の試練なのである。

7:00。「ピーンポーンパーンポーン。皆様、おはようございます。起床、起床、起床の時間です。清掃開始五分前です。」けだるそうな朝の放送当番のこの起床の合図を受けた時、僕は寝室の向かい側にある「勉学室」と呼ばれる部屋にいた。「勉学室」とは本来その名の通り勉強をするための部屋なのだが、そこは実質、僕たち一年生の荷物置き場となっていた。その部屋には一年生6名の机と椅子が三つずつ壁向きに並べられており、同時に一年生用のハンガーラックも六つ置かれていた。部屋は常に6名全員の洗濯が干されており、常に部屋は生乾きの臭いがして、至るところにカビが生えていたが、そこは寮内で唯一、僕たち一年生のプライベート空間だったため、一年生は「勉学室」にいるしかなかったのだ。

7時に起床の合図があり、7:05から清掃が始まるのでその5分間で僕は気絶したように勉学室の自分の机で仮眠をとる。この五分の仮眠があるかないかで、1日の精神状態が決まる。その頃、寮内では、僕たちにとって悪魔の曲であるコブクロの「虹」がながれていた。この1日でもっとも憂鬱な朝に毎日、毎日、毎日、毎日、毎日流れるので僕を含め、PL学園60期の全員がもっとも嫌いな歌となってしまったのだ。

7:05。「清掃開始です。皆様、隅々まで掃除をしましょう。」例の放送が寮内に響き、僕は気絶仮眠状態から一気に覚醒する。7:06に勉学室にいるのが上級生に見つかればそれは「やらかし」となる。1日がそこで終わる。僕はダッシュで自分の掃除場所である寮内のトイレへと向かった。そのトイレは当然、上級生も使うトレイなので、一つの汚れを残すことも許されない。

僕はまず五つ並んでいる小便器すべての内側にトイレ用洗剤をかける。それから一心不乱にブラシで内側をこする。完璧に内側を磨きげたあとは外側だ。濡らした雑巾で小便器の外側が光沢が出るまで磨きあげる。次に個室の清掃作業に入る。ここも同じく便器の内側をシミ一つ残さぬように磨き上げる。外側も同様に雑巾で磨く。そのあとに掃き掃除。毛一本も残さぬように掃き掃除を行う。最後に個室のトイレットペーパーをすべて三角折にしたらトイレ掃除が終了する。ここまでの作業を7分で遂行する。

7:12。7分ですべての清掃を遂行した僕は3分間という時間を作り出した。清掃終了時間は7:15なので、合法的にこの3分間を使うことができる。僕は一番奥のトイレの個室にこもり便器に座る。そこで行うのはもちろん仮眠。そこで3分間、気絶仮眠をとることが朝の唯一の僕の幸せだった。

7:15「清掃終了です。朝参り開始五分前です」放送と同時に僕は覚醒する。PLは宗教学校なので、毎日朝晩二回、お参りをする。朝参りと呼ばれる朝のお参りは7:20から。僕はトイレの個室から朝参りの行われる寮の一階、大体ホールと呼ばれる部屋に駆け足で向かう。

7:20。朝参りでは、神にお祈りをしたあと、全員で経典を唱える。1日二回、毎日唱えるので、全員が経典を見なくても暗唱できるようになる。僕は経典の暗唱中、目をつむりながら脳は寝かした状態で口だけを動かすという技を生み出した。この朝参りは学年ごとに行うのでこの場には一年生しかいない。つまりこの瞬間は100%上級生とは会うことはない。この経典を唱えている数分の心情が朝の唯一の心のゆとりである。僕は経典を暗唱しながら、今生きていることを実感し、1日の平和を望むのだった。


                      「地獄の夜明け編」完




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