控えめで謙虚な人が、大好き
昔からタイトルどおりの性格の人に何故か引き寄せられ、また、癒されてきた。うちの子供たちもそうだと思う、振り返ってみても・・・。
謙虚な人って、もう生まれつきなのかな、柔らかい空気を漂わせていて、あの不思議な安心感で包んでくれるのね。ほんとうに・・・
高二で、同じクラスに中岡さんという女の子がいた。小柄で、優しさと謙虚さ、そのものだった。彼女は右足だったか、左足だったかが、
少し、不自由だった。
わたしは、アメリカ留学から帰ってきて、2年4組で中岡さんと一番の友達になった。彼女はとっても頭がよくて、裁縫が得意だった。ここでいう頭の良さとは、一般的な頭脳の話ではない。 中岡さんは、すべてをよく理解していた。そして、いつも、無を感じさせる静かな笑みを浮かべていた。
ある日進学の話をしている時、
「うちは足が悪いから、高校を出たら、お父ちゃんが探してくれた芦屋のお金持ちのお家のお手つだいさんになるの」と微笑んだ。
4組は私立の進学クラスで、どんな子も大学に行くことが決まっていたから、私は内心ちょっと驚いた。でも、「そう・・」とだけ言って、中岡さんと一緒に、丘の上の高校から駅のほうへと続く長い石段を歩いた。
3年生でクラスが変わり、卒業時には、四国からいろんな場所にみんなが移動していった。そのバタバタの中で、いつどこへ中岡さんが行ったのかも全くわからないままに何年もが過ぎた。その後どんなにつてを辿って探しても、いまだに中岡さんがどこに暮らしているのかがわからない。
でも、元気で、そして誰よりも彼女には幸せでいてほしい・・・。
いつも中岡さんを思い出すとそう思う。
ちょっと、現在進行形のお話に変わるけれど、
最近、とっても綺麗な若い女の子、Mちゃんから相談を受けた。Mちゃんは高校まで私の英語教室に通っってくれていた子で、お母さんを早くに亡くした。お父さんは実業家だ。
「親がしつけが厳しくて、ある意味で支配的な中で育ったせいだと思うんだけど、引き寄せの法則でしょうかね? 知らぬ間にいつも自分を支配してくる男性ばっかり引き寄せちゃうんです。今の彼氏もしんどくて・・。もう別れてもらわないと自分がなくなるかんじで。私の何が問題なんでしょう? どう思います?」と、Mちゃんは同年代の先輩にでも相談するみたいに訊いてくれる。
詳しく聴くと、彼女は同性の友人関係はとってもいいのだけれど
異性関係では、17歳くらいから、いつもなぜか支配される関係に落ち込んでいくのだと語った。
「最初はだれでもそうでしょうけど、相手も優しくて尽くしてくれるんです。けれどしばらく経って気がついたら、いつのまにか、自分が常に相手の機嫌を取るシチュエーションになっているんです」。
そして、
「気に入らないと機嫌が悪くなる。長いラインが来る。すごく怒っていると、謝っても謝っても長引く。すると、相手を怒らせたことに、私は異常に責任を感じるんです。怒りもそうだけど、ひどく悲しまれたりすると、もう何とかしないといけない・・って思って、何も手につかなくなる。胸がひきちぎれそうになるかんじで・・。相手の機嫌が治るまで、死にそうにしんどいんです。自分を犠牲にしてでも、とにかく相手の気分を直してもらおうとしてしまうんです・・・それに、怖いのは、急に優しくなってあっちから謝ってきたり、甘えてきたりするので・・・混乱して・・」
さらに、
「そういうことに、毎回、必死で対処しているうちに、いったい自分は幸せなのか?本当は何を望んでいるんだろう?って、最近ふと思って、とにかく自分の本心がわからなくなってしまったんです」と打ち明けてくれた。
Mちゃんは22歳。でも、15歳くらいから、彼女は普通の女の子より5歳は精神的に大人びた子だった。そういう子は、存在する。
ふと、彼女の話を聞いている時、
「この子の言ってる話、昔の私と似てるところがある」と思った。
何回も書いているように、今では老齢の優しい両親だけれど、
私が思春期の時は、彼らも若く、まだまだ未熟だっただろうから、彼らは自分の不安やイライラを私に投げていた。その結果、私が受けた精神的な束縛や支配に対して、当時の私には、YESもNOもなかった。
親には、従うしかない。
なぜなら、それがその家にいる間、自分が平和に暮らせる唯一の選択だったから。
『支配されていること(親の機嫌を損ねない言動を選択する&自分の本心を殺す)』=『自分は、安全地帯にいることができる』
そういう図式になるんだよ、と、精神科医の女性の友人が後に、教えてくれた。そして次のことも教わった。
【幼い頃に刷り込まれたパターンは
その後、家庭外の人間関係にも投影される。
親から支配された子が、大人になって最初に引き寄せる恋愛対象は
『支配するタイプ』になることが統計的に多い。 そしてその支配するタイプは、愛着障害の傾向があり、何でも言うことを聞いてくれる相手を見抜く。
また、外見も含め不思議な魅力がある人が多い。怒るかと思えば、弱さを見せて甘え、人の心を支配することに長けている。】
人間関係のパターンとは、怖い。
気づいた時に悪いパターンは自分で断ち切らないと一生続く。
実際、私も、最初に真剣に付き合った彼氏とは目に見えない上下関係があったと思う。
大体は支配的で、私に正しいことを教えるのを好んだ。
ただ、怒ったり冷たく突き放すかと思うと、うって変わった態度で、自分の弱さや甘えを見せてきて、それに私は見事にほだされていたな・・・。
分析は正しいではないか。 こ、怖いデスね。
(こういうことを今書いちゃって申し訳ない。でも、もうすべては過去で、100%赦しているから、今は思い出しても、何の痛みも感じない)
でも、幸運なのは、
そのボーイフレンドが最後にめちゃくちゃ不合理な感情をぶつけてきたときに、私がハッと悟って冷静になり、考えた末、お別れを言えたこと。
そして、その後は、今の夫と出会ったので、
もう同じパターンは繰り返さなくて済んだこと。
今の夫が、ありのままの不完全な私を受け入れてくれたので、文字通り
『支配されるという負のループ』から、私は救い出された。
本当に自由になった。
それはほんとうによかった。
Mちゃんにはそのことを詳細に話してあげた。
「だから、Mちゃんも今の関係は冷静にきっちり精算した方がいいね。そしてこれから出会う人は、いっしょにいて自分が自分らしく自由に生きられる人だろうか?って、そこを見極めたらいいよ」と、お話をした。
そう。
私は、自由になれた。
もちろん、結婚の長い月日には、互いに成長すべきことが見えて、そういう時期にはお互いに葛藤があった。でも、それは今の夫だからこそ、乗り越えられたんだと思う。弱さも受け入れあえ、赦しあえたから。
でも、もしも今の夫でなかったら、いったい、どんな悲惨な人生になっただろうか?
想像するのも怖い、笑。
そして、
今、中岡さんを思い出している。
あの中岡さんは、
ただただ謙虚だったあの中岡さんは
幸せに暮らしているだろうか。
中岡さんのおうちは、当時、経済的な事情もあったのかもしれない。
中岡さんは、お父ちゃんが大好きだったようだし、その大好きなお父ちゃんが一生懸命考えて、彼女のために選んでくれたのが芦屋の仕事だと信じていたのだと、勝手だけれど、私は思いたいのだと思う。
中岡さんが我慢していたのではなくて、純粋に「お手伝いさんになることは自分にとってもいちばんいい」
そう思っていたんだと・・・、 もしそうならば、もしそうならば、ほんとうにいい・・・。
そうであってほしい・・・と、ほんとうに勝手に願ったりしている。
中岡さんを思い出すと、
なんていうのか、もう、天使を見たように
「こんな子がこの世界にいるんだ」っていうような、
悲しみに近いような、なにか熱い感情が湧いてくる。
彼女に、この一生が終わるうちに、もう一度会いたいと思う。
帰郷して、田舎の優しい誰かと結婚でもして穏やかな暮らしをしていたらいいな。
許されるならば、彼女の住んでいたあの山の奥の家まで、
お土産を手に訪ねて行ってみたい。
そして、高二の時に中岡さんと出会えたことを、
どれだけ私が感謝しているかを伝えたい。
中岡さんんがどんなに素晴らしい人で、どんなに美しい人であるか、それを心から伝えたい。
そして「中岡さんありがとう」って言いたい。