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イシュタルとイエスが見つめ合う描写から

マグダラのマリア的な女子はもうそこにいるんだけど彼女はイシュタル…なのにイエスと見つめ合うのはなんか意味のあるシーンだと気づいてほしい。


イシュタルは最初の人格なんでマグダラのマリアの原液だと思えばいいんよね?
最初…イエスに声をかけた神がイシュタルだから
イシュタルとマグダラのマリアがいつも一緒にいた意味を考えれば

映画の内容は彼女母で彼は息子なんだけど

なら彼女は母マリアでは?とおっしゃる方もいるかも知れませんが、その解釈は本当にそのままですね。母マリアの中にもイシュタルはいますから。

なんでこの表現なのか、イシュタルと、母マリアは同等ではないんです、イシュタルが0歳ならは母マリアは思春期から老女くらい

親に反抗できる自分が新しい自分であり母マリア的な人格です。
それにマグダラのマリアは赤ちゃんから小学校くらいまで?思春期になるまであたり。親が神様だから反抗できないわけでまだまだ幼い

神様歴はイシュタルが一番長い、だけど…人格は一番幼かったはず。


イシュタルと母マリアの間には期間が空いてます

いつまでも女気分の女性か
もう女を卒業した一人の母親になっているのか
人格は全然違うはず。
これはただの比喩表現です。

それはさておき、ずっと神様は神様を続けてきて、みんなとっくにちょっとのことでは怒らないみたいですが…(笑)

人間の寿命は限られているので短い間に凝縮されていますから、若いうちに殺されたり不幸になった人や怒って喧嘩したりとかも神様が人間である時の自分を忘れないために人間を沢山殺しているのだとしたら…やっぱりばかみたいでしょ?
神様は横着しすぎなんだよ。
だけど神様は自己顕示欲が強いのだと思う
有名になれた人が神になれるというのも、性格がいいとかで神になれるわけじゃないのがまた…
あと芸能界にも神様はいて操作している
誰を神格化するか、神格化させるために誰をわざと殺したりとか

神様と芸能は密接なつながりがある
時に娼婦的なエロ要素を含みながら表されたりも、神様というのは苦労してきた女神たちのこと。

だから女性を痛める男性は霊界では逆の立場になってしまう…んだったよね?伊藤さん…


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comètesulettamercury🦂
ありがとうございます だいすき