アパートに存在しない階を探し続けさせられた話
ハワイに住んでいた時、アパートの食洗機が故障した。
大家である中国人のケンさんに連絡をしたところ、フィリピン人のLeeさんが修理に来るとのことだった。
登場人物全員の名前と国籍がバラバラだな…と思いつつ指定された日に部屋で待っていると、フィリピン人のLeeさんから電話がかかってきた。
彼とはこの日が初めてなのだが、開口一番、キレていた。
『I’m on crown floor! You should come!』
(今クラウンフロアにいるから迎えに来い!)
彼がなぜキレているのか分からないが、それ以上に分からないのが『crown floor』である。そんな単語、聞いたことがない。意を決して、
『Where is the crown floor?』(クラウンフロアってどこですか。)
と尋ねてみるも、
『Crown floor is the crown floor! I have no time! Don’t you need repair!?』
(クラウンフロアはクラウンフロアだろ!こっちは時間がないんだよ!修理しなくていいのか!?)
と、更にブチ切れたので、
『OK, I’ll be there pretty soon.』(分かりました。すぐ行きます。)
と電話を切り、すぐにネットで『crown floor』を検索した。しかし、ヒットしない。ならば…と、次に『crown』だけで検索してみた。すると、『crown=王冠、頂上』と出てきた。私は当時27階建ての24階に住んでいたため、もしや階を間違えて屋上へ行ってしまったのか?頂上のフロアということか!なるほど!!と納得し、エレベーターを待つ時間を惜しみ、全速力で非常階段を駆け上がった。
しかし、そこにフィリピン人のLeeさんはいなかった。
やばい、あれから10分は待たせている。フィリピン人のLeeさんの怒りは頂点に達しているかもしれない。
よし、アパートのことはアパートの人に聞いてみよう。すぐに27階から2階に降り、セキュリティルームの警備員にcrown floorについて聞いてみた。すると、両手の平を上に向け、
『We have no crown floor.』(うちにクラウンフロアなんてないよ)
の一言で会話は終了した。ここで働いている人がないと言っているのだ、そんなフロアは存在しないに違いない。この時点で20分は経過している。怖すぎて、フィリピン人のLeeさんからの着信を2回も無視してしまった。もうcrown floorに振り回されたくない。食洗機は諦めよう。手洗いだ。毎日手洗いすればもう、フィリピン人のLeeさんに怯えずに済む。
そう決めたら、急に冷静になってきた。人がアパートを訪れた場合、まずは1階に到着するのではないか…という、当たり前の事を考える余裕が出てきた。1階の玄関へ行って、そこにいなければ、もう諦めよう。
そして最初の電話から25分。
平常心を取り戻して1階の玄関へ行ってみると… 彼は、いた。怒りが最高潮に達した、フィリピン人のLeeさんとようやく会えたのだ…!
感動… は、ない。恐怖しかない。
挨拶もそこそこにエレベーターに乗り込み、お怒りのところ申し訳ないが、crown floorについて尋ねてみた。すると彼はエレベーターのボタンを指差しながら、
『You can see a star mark on a 1 button! That’s a crown floor!』
(1番のボタンに星マークがついてるだろ!それがクラウンフロアだろ!)
確かに、1番のボタンには玄関の目印に星マークがついてる。いや、しかしそれならば…
『I can see the star, but… you should have said “star floor.” It’s not a crown.』
(星マークは見えるけど… それを言うなら“スターフロア”じゃない?クラウンじゃないよね。)
と突っ込んでみたところ、彼は黙った。
フィリピン人のLeeさんは、そこから作業が終わるまで一言も喋らなかった。
日本人のmariさんの勝利である。