妙見信仰と結びついた、知恵の象徴 - 「フクロウ」『神々の意思を伝える動物たち 〜神使・眷属の世界(第二十回)』
「神使」「眷属」とは、神の意思(神意)を人々に伝える存在であり、本殿に恭しく祀られるご祭神に成り代わって、直接的に崇敬者、参拝者とコミュニケーションを取り、守護する存在。
またの名を「使わしめ」ともいいます。
『神々の意思を伝える動物たち 〜神使・眷属の世界』では、神の使いとしての動物だけでなく、神社仏閣に深い関わりのある動物や、架空の生物までをご紹介します。
動物を通して、神社仏閣の新たなる魅力に気付き、参拝時の楽しみとしていただけたら幸いです。
神使「フクロウ」
不思議な生態をもつ「フクロウ」
昨今、街中にはフクロウカフェなども登場し、割と身近な動物となってきた感のある「フクロウ」。
ただ、元来フクロウは犬猫のように人馴れする愛玩動物ではありませんし、夜行性で肉食の猛禽類です。
かわるがわる訪れる不特定多数の人間に触れられる、足にはアンクレットが装着され紐で繋がれて自由に飛べない、夜行性なのに身を隠す場所もないなど日々ストレスフルな環境に置かれており、一部のカフェの実態は動物虐待にあたるのではと疑義がもたれています。
動物を身近に感じられるようになることは良いことですが、現状はあくまでも人間側に主体があるように感じられます。私たち人間の環境に動物を無理矢理適応させるような行為は、人間の傲りとしか言えません。
人間にとっても、動物にとっても適度な距離感を保たれる、良い関係・環境を築きたいものです。
さて、フクロウの生態はとても神秘的です。
主な特徴として、以下の三つが挙げられます。
まず、「驚異的な視力と聴力をもっている」こと。
フクロウは、私たち人間と同じで顔の正面に目(フクロウの眼球は眼窩に固定されており、筒状になっています)があります。
視界の幅は約110度と、あまり広くありませんが、両目で見える範囲は約70度ほどあり、他の鳥類よりも、より立体的に周囲や獲物の姿を捉えることができます。目が横向きについている鳥類は視界が広く、獲物を発見する能力は高いのですが、両目で見える範囲がフクロウに比べて極度に狭いので、距離感を掴む能力に関してはフクロウの方が優れているのです。
また、フクロウの耳は左右で耳の位置の高さが異なります。このため、対象物から届く音の時間差と、音圧の差を瞬時に知ることが可能なのです。フクロウの特徴的な平たい顔は、パラボラアンテナの役目を果たしており、効果的に周囲の音を集める「集音装置」として機能しています。
二つ目に、「音を立てずに獲物を狩ることができる」こと。
その羽根はセレーション(ギザギザ)という特殊な構造をしており、空気の流れを拡散しながら飛行するため、獲物に気づかれないように静かに飛ぶことができるのです。
この特徴は、新幹線の静音技術に応用されています。パンタグラフの支柱部にセレーションをつけることで、パンタグラフから出る騒音を約30%カットすることが可能になったのです。
三つ目は、「首を270度も回転させることができる」ことです。
私たち哺乳類の椎骨は7個ですが、フクロウの椎骨は倍の14個あります。椎骨の数と、首の長さには関係がなく、キリンも椎骨は人間同様に7個です。この椎骨の数が、首の可動域を広げています。前述の視界の狭さを、この首の動きで補っているのです。
日本書記に登場する「フクロウ」
『日本書紀』の「大鷦鷯天皇、仁徳天皇・巻第十一」には、フクロウについて書かれた記録があります。
仁徳天皇が誕生された日に、産屋に木菟(ツク *ミミズクのこと)が飛び込んできました。また、この前日には大臣であった武内宿禰の子が産まれた際には、鷦鷯(サザキ・ミソサザイ *雀の一種で日本の野鳥で最小)が飛び込んできました。
これを吉祥の証であるとして、天皇に「大鷦鷯皇子(オオサザキノミコ)」、宿禰の子に「木菟宿禰(ツクノスクネ)」とし、命名を交換したのです。
フクロウは時に「不苦労」「福老」に通じることから、縁起の良い、福を呼ぶ鳥とされてきましたが、この頃から既に、吉祥をもたらす霊鳥であると見なされてきたことがよく分かります。
海外での「フクロウ」
フクロウは「知恵の象徴」、「森の賢者」などといわれます。
これは元々、古代ギリシャの "知恵の女神" である「アテナ神」の従者、シンボルがフクロウであるとされることが由来となっています。
紀元前5世紀頃にアテナイ(現在のアテネ)で流通していた銀貨、テトラドラクマ貨の表面にはアテナ神の横顔が、裏面にはフクロウと小枝と三日月が刻印されています。
フクロウは、ヨーロッパ、中南米諸国においては「死」と「夜」を象徴する不吉な存在としても知られています。魔女が夜空を飛ぶために変身するのはフクロウですし、ハロウィンのモチーフとしてもしばしば登場します。
これは神を拒んだ1人の女性が、太陽を見ることが出来ない、夜の世界に生きるフクロウに姿を変えられてしまったというキリスト教の伝説にも表れています。
またメキシコでは、「死」を擬人化した骸骨姿の女神「サンタ・ムエルテ」の象徴でもあります。故人へ思いを馳せる、メキシコの盛大な祝日「死者の日」において、サンタ・ムエルテ像の足元にはフクロウが飾られます。
このように、海外では「知恵の象徴」としての他、「死や夜を象徴する動物」としても知られ、対照的な見られ方をしています。
古代ギリシャにおいては、太陽を象徴する存在は「ワシ」であり、その対極に位置しつつ対となるのが月との関連性をもつフクロウです。月の引力や満ち欠けは、人体や精神に有名無形の影響を与えることから、フクロウは人へ不思議な力を授ける神秘的な存在として、畏怖されていたのかもしれません。
妙見信仰と「フクロウ」
フクロウを神使とする神社をご紹介しましょう。
その一つが、埼玉県秩父市に鎮座する「秩父神社」。
ご祭神は「八意思兼命(ヤゴコロオモイカネノミコト)」、「知知夫彦命(チチブヒコノミコト)」、「天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)」「秩父宮雍仁親王(チチブノミヤヤスヒトシンノウ)」の四柱。
その一柱である八意思兼命は、天岩戸伝説で岩戸にお隠れになった天照大御神を、外に出すための知恵を八百万の神々に授けた神です。
鎌倉時代に合祀された天之御中主神は、天地開闢の時に最初に現れた神であり、全治全能の根元神。天の中央におられる神という意味合いから、北極星を神格化した「妙見菩薩」と習合されるに至ります。
「妙見」とは「妙なる(優れた)視力」を意味し、真理や善悪を見通す者ということを表します。
それぞれが「崇高な知恵」を司っている、この三神の習合によって「知恵の象徴」としてのフクロウの存在も確立されたのです。
秩父神社本殿北側の中央には、「北辰の梟」といわれる鮮やかな彫刻があります。作者は『見返り美人』で有名な江戸時代の画家、菱川師宣(ひしかわもろのぶ)。
体は本殿を向き、頭は反対の真北(北辰)を向いています。北辰とは、まさに北極星の方角。つまり、妙見菩薩の現れる方角を向いているのです。
"フクロウの神社"といわれる「鷲子山上神社(とりのこさんしょうじんじゃ)」には、日本一の大フクロウ像があります。また「フクロウ(不苦労)」に因んだ様々なフクロウ像が、参拝者を迎えます。
奈良県の大神神社の境内社「久延彦神社(くえひこじんじゃ)」は、"世の中のことを全て知っておられる" 知恵の神様「久延毘古命(クエビコノミコト)」をご祭神とします。
受験合格、学業の向上に霊験あらたかな、この社には見た目も可愛げな「知恵ふくろう」がいらっしゃいます。