疫病を祓い、人の悪夢を食べる霊獣「獏」 - 『神々の意思を伝える動物たち 〜神使・眷属の世界(第三十四回)』
「神使」「眷属」とは、神の意思(神意)を人々に伝える存在であり、本殿に恭しく祀られるご祭神に成り代わって、直接的に崇敬者、参拝者とコミュニケーションを取り、守護する存在。
またの名を「使わしめ」ともいいます。
『神々の意思を伝える動物たち 〜神使・眷属の世界』では、神の使いとしての動物だけでなく、神社仏閣に深い関わりのある動物や、架空の生物までをご紹介します。
動物を通して、神社仏閣の新たなる魅力に気付き、参拝時の楽しみとしていただけたら幸いです。
神使「獏」
霊獣「獏」
「獏」といえば、「夢(悪夢)を食べる」動物として知られます。
古代中国において獏は、熊の動体をもち、鼻はゾウ、目はサイ、尾はウシ、脚はトラに似た伝説上の生物であり、その毛皮を敷物として用いると疫病や邪気を寄せ付けないといわれていました。
中国では「夢を食べる」といった伝承は、文献などでも一切触れられておらず、「獏と夢」の繋がりは日本独自のものだと考えられています。
中国で伝わる神獣、霊獣としての獏のイメージは、平安時代頃には既に日本に伝わっていたとされ、室町時代になると枕に獏の絵を書いたり、獏の字を書いた紙を枕の下に敷くという風習が見られるようになります。
正月の縁起物として、松の内に宝船の描かれた絵を南天の葉とともに飾る風習がありましたが、同様に縁起の良い初夢が見られ、その年一年の財運向上の願いを込めて、宝船の帆に「獏」の字をあしらった絵を、「ながきよの とをのねふりの みなめさめ なみのりふねの おとのよきかな」と記された回文(前から読んでも、後ろから読んでも同じ文章)と一緒に枕の下に敷きました。
この頃には既に、「獏が悪い夢を食べてくれる」という考え方が、庶民の間でも広まっていたようです。
この「獏」の字をあしらった宝船の絵は、兵庫県三木市にある「大谷山伽耶院」に「吉祥宝船図」として伝わっており、正月三が日に参拝者に授与されます。
この古図は、御所から下賜されたもので、書は後西天皇の宸翰、絵は有栖川宮の御筆と伝えられています。
草食動物「バク」
「夢を食べる」とされる伝説上の生物「獏」と、動物園で見ることのできる「バク」とは別物です。しかし、古代中国にはマレーバク(頭部と四肢の部分が黒、胴体中央部が白)が生息していたといわれており、このマレーバクが伝承で伝わる霊獣「獏」の原型なのかもしれません。
バクは馬やサイの仲間で、数千万年前からほぼ姿を変えていないといわれています。寿命は約30年ほどで、草食でおとなしい性格です。
ゾウほどではないものの、長い鼻が特徴で、この鼻を使って器用に枝葉や果実などをもぎって食べます。また、害虫を除去する目的や、暑さから逃れるために水中で暮らすことも多く、泳ぎも達者です。
木鼻
中国唐の文学者・白居易(はくきょい)が書いた詩文集『白氏文集』には、この伝説上の生物である獏は鉄を食べるとの記述が見られます。
鉄は武器などを製造するために必要な材料であることから、獏の食べ物である鉄がある世の中は、戦争のない平和な世の中であるとされ、平和の象徴、縁起の良い瑞獣であるとされます。
また古来から、疫病除けや、邪気除け(魔除)の神獣とされたこともあり、神社仏閣の「木鼻」に採用されています。
木鼻とは柱から突き出た横木の先端部分の装飾のことを指します。
昔から先端部分を「鼻」と形容しますが、「木の端」「木端」が転じて「木鼻」という名称になりました。
木鼻には魔除けの効果がある獏のほか、獅子や、ゾウ、龍、麒麟などの彫刻が施されます。
獏とゾウの木鼻は一見すると、同じように見えます。違いは、獏は巻毛で、目を見開いており、足には鋭い爪があります。お腹が蛇腹になっているものもあります。
一方のゾウの木鼻は全体的にツルッとした凹凸の少ない質感で、目は細く、耳は垂れ下がっています。また、彩色が施されている場合、ゾウは白象となっています。
獏に所縁ある寺院
参考文献
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