大海原を駆ける、トヨタマヒメの化身「サメ」 - 『神々の意思を伝える動物たち 〜神使・眷属の世界(第三十一回)』
「神使」「眷属」とは、神の意思(神意)を人々に伝える存在であり、本殿に恭しく祀られるご祭神に成り代わって、直接的に崇敬者、参拝者とコミュニケーションを取り、守護する存在。
またの名を「使わしめ」ともいいます。
『神々の意思を伝える動物たち 〜神使・眷属の世界』では、神の使いとしての動物だけでなく、神社仏閣に深い関わりのある動物や、架空の生物までをご紹介します。
動物を通して、神社仏閣の新たなる魅力に気付き、参拝時の楽しみとしていただけたら幸いです。
神使「サメ」
縄文人と「サメ」
「サメ」といえば、1975年公開のスティーヴン・スピルバーグ監督の映画「ジョーズ」。
ノコギリのように鋭く尖った歯をもち、鉛のように冷たい眼差しで辺りを窺って、静かに水中を移動し、確実に獲物を仕留める、そんなイメージがあります。
日本人は古くから、このサメと付き合ってきました。
縄文時代より、その肉は食用として、骨や歯は装身具として使われていました。古代の人々にとって、大海原は果てのないどこまでも続く宇宙のようなもの。
荒れ狂う高波は人や船を飲み込み、その底には得体の知れない化け物が群れをなしていると恐れていたでしょうし、ときには人々の空腹を満たし、生活を支える様々な恵みを与えてくれる聖なる場所でもあります。それが海なのです。
そうした畏怖と、感謝の念は、獰猛でありながら、人に恵みを与えたサメという存在を神聖視する意識に繋がっていったのでしょう。
2018年には島根県松江市朝酌町のシコノ谷遺跡から、未加工のサメの歯が156本出土(北海道石狩市の志美第4遺跡の272本に次ぐ数)していますし、青森県の三内丸山遺跡、秋田県平鹿郡の平鹿遺跡、福岡県遠賀郡の山鹿貝塚などでサメの骨や歯、それらで作られた装身具が見つかっています。
「因幡の白兎」に登場する「サメ」
サメはかつて「和邇(古事記)」「鰐(日本書紀)」と呼ばれていました。いずれも「ワニ」と読みます。
この「ワニ」が登場するのが有名な「因幡の白兎」です。
以前、神使の「ウサギ」を取り上げた際に、ご紹介しました。今回は、そちらから引用します。
記紀神話の『山幸彦と海幸彦』にもサメは登場します。
この神話は『浦島太郎』の原型でもあります。
この中で、サメは海神(わたのかみ)の使いとして「火遠理命(ホオリノミコト)」を、綿津見神宮(わたつのかみのみや)から地上に送り届けます(「火遠理命(山幸彦)」は浦島太郎、「綿津見神宮」は竜宮城のモデル)。
『日本書紀・巻二』には「海神所乘駿馬者、八尋鰐也(海神が乗れるすぐれたる馬は、八尋鰐なり)」、つまり海神の乗るサメは駿馬(しゅんめ)のように素早く海中を移動するとあります。
海神は娘である「豊玉毘売命(トヨタマヒメ)」と、火遠理命を結婚させます。懐妊した豊玉毘売命は、子どもを海の中で産むわけにはいかないと、地上に戻った夫である火遠理命の元へやって来ます(「豊玉毘売命」は乙姫のモデル)。
出産のため産屋に入る前に、豊玉毘売命は「絶対に中を見ないように」と火遠理命に告げますが、禁を破って中を覗き見てしまいます。そこには地を這う八尋和邇(やひろわに)となった豊玉毘売命の姿があったのです。
海神の使いであったはずのサメは、実は豊玉毘売命その人だったのです。
以来、サメは子宝にご利益のある神としての性質を持つようになります。
浮世絵と「サメ」
日本で最初の著述家といわれる曲亭馬琴(きょくていばきん)が著した読本『椿説弓張月(ちんせつゆみはりづき)』中の一場面を、現在でも高い人気を誇る浮世絵師の歌川国芳が錦絵に描いたのが「讃岐院眷属をして為朝をすくう図」。
保元の乱に破れた源為朝が、配流(島流し)された大島を抜け出して兵を挙げますが、途中で嵐に襲われてしまいます。これを讃岐院(崇徳上皇)の眷属である鰐鮫と烏天狗が救い出そうとしている場面です。
同じ国芳作による、力自慢の朝比奈義秀(鎌倉時代の武将)が鰐を生け捕りにしたという伝説を描いた「朝比奈三郎鰐退治(嘉永2年)」などもあります。
江戸時代の人々には、サメはこのような奇怪なイメージで捉えられていたんですね。
伊雑宮(いざわのみや)
伊勢神宮・内宮(皇大神宮)の別宮「伊雑宮(いざわのみや)」の神使はサメとされています。
日本三大御田植祭のひとつに数えられる伊雑宮の御田植式の日、神使の「七本鮫(七匹のサメ)」が、的矢湾から川を遡上し伊雑宮に参詣するといわれています。
川から伊雑宮までの道のりは、蟹や蛙に姿を変えるのだとか。
七本鮫のうち一本のサメを漁師が誤って殺めてしまったことから、この日、志摩の漁師や海女は海に出ることを禁忌とし、伊雑宮へ参拝します。
この休漁日のことを「五斎」または「御祭」(いずれも「ゴサイ」と読みます)といいます。