登竜門の起源となった立身出世のシンボル「鯉」 - 『神々の意思を伝える動物たち 〜神使・眷属の世界(第三十九回)』
「神使」「眷属」とは、神の意思(神意)を人々に伝える存在であり、本殿に恭しく祀られるご祭神に成り代わって、直接的に崇敬者、参拝者とコミュニケーションを取り、守護する存在。
またの名を「使わしめ」ともいいます。
『神々の意思を伝える動物たち 〜神使・眷属の世界』では、神の使いとしての動物だけでなく、神社仏閣に深い関わりのある動物や、架空の生物までをご紹介します。
動物を通して、神社仏閣の新たなる魅力に気付き、参拝時の楽しみとしていただけたら幸いです。
立身出世のシンボルとして
登竜門伝説
中国後漢期の歴史書『後漢書』の『李膺(りよう)伝』に書かれた故事を発端とするのが、「鯉が滝を登り切ると龍になる」という登竜門の伝説。
後漢時代に活躍した官僚、李膺は宮廷の実力者として高い地位にありました。若い官吏の中で、この李膺に才能を認められることがあれば、それは将来の出世が約束されたも同然です。
このため、李膺に認められた者のことを「龍門に登った」と形容しました。
のちの『三秦記』では、『後漢書・李膺伝』の故事を引いて「龍門を登りきった魚は龍となる」としています。
龍門とは、黄河中流にある龍門山を削って流れる激流のことで、この一体には大きな鯉がたくさん生息していたという謂れがあります。
これが鯉が立身出世のシンボルとされたルーツなのです。
鯉のぼり
中国の登竜門伝説は、日本にも流入します。
江戸時代に入ると、徳川将軍家に男子が誕生した標として家紋などを描いた旗指物や吹き流しを屋敷の前に立てる風習がありました。
これが次第に一般の武家階級にも広がっていき、男児の健康な成長と、武運長久を願う風習へと変遷していきました。
これを目にした江戸の商人が、旗の一部分を中国の故事に倣って鯉をかたどったものに代えて掲げたことで、広く庶民の間にも広がっていきます。
縁結びのご利益
こうして立身出世のシンボル、男児の健やかな成長を願う鯉のぼりなど、吉祥魚として世の中に浸透していった鯉ですが、多産であることから豊穣や繁栄という意味合いも付加され、掛け軸などの画題としても扱われるようにもなります。
『日本書紀』巻第七には、以下のような鯉に関する記述も見られます。
景行天皇紀四年の春のこと。美濃にお出かけになった天皇が、八坂入彦皇子(ヤサカノイリビコノミコト)の娘である弟媛(オトヒメ)という容姿端麗な美しい女性を妃とするため、鯉を池に放って朝な夕なに鑑賞して過ごし、気を引いたとあります。
このことから、鯉は縁結びのご利益をもたらすとされるようにもなります。
弟媛は「私の顔は美しくはなく、お仕えすることはできないので、顔も良く貞潔な姉の八坂入媛(ヤサカノイリビメ)を妃として欲しい」と天皇にお願いをし、それは聞き入れられました。
神使「鯉」
このような故事、謂れから、鯉を神使とする神社も多くあります。
そのいくつかをご紹介しましょう。
大前神社
栃木県真岡市東郷に鎮座する「大前神社」の神使は鯉です。ご祭神は、大黒様(大国主神)と、恵比寿様(事代主神)の二柱。
若宮社(主神の分霊を勧請した社のこと)の「大前恵比寿神社」には、高さ20メートルを誇る日本一の恵比寿様が鎮座します。この恵比寿様が抱いていらっしゃるのは、鯛ではなく鯉なのです。
大前神社の前には、中国の根本思想である「陰陽五行」からとられた五行川が流れています。平将門が大前神社に合戦勝利の祈願をしたことから、下流域を「勤行川」ともいうそうです。
この五行川には、「御供(ごく)の鯉」という民話が伝えられています。
ある日、五行川で捕れた鯉を食べようとした侍。その鯉から流れ出た血が「大前大権現」という字に見えたので、恐ろしくなった侍は神社に駆け込んで祈祷を頼みました。
この出来事以降、生きた鯉とともに神社に参拝し、御神酒を飲ませた鯉を五行川に放流すると願いが叶うと言われるようになり、多くの人たちがそれを信じて放流を行なったおかげで五行川に鯉がたくさん住むようになったといわれます。
境内の至るところに鯉の像などが置かれ、拝殿の天井画にも鯉が描かれています。
松尾大社
松尾明神が、山城丹波国を拓くため保津川を遡るとき、急流は鯉に乗って進み、緩やかな流れの場所は亀に乗って進まれたことから、松尾大社の神使は鯉と亀とされ崇敬されています。
本殿の左手には「幸運の撫で亀」が、右手には「幸運の双鯉」が安置されています。
この「幸運の双鯉」を撫でれば開運出世のご利益があるとされます。
広島護国神社
広島護国神社が鎮座するのは、広島城址公園内。
広島城は別名「鯉城(りじょう)」といい、これはかつてこの地一体を「己斐浦(こいのうら)」といったことに因むものです。
このことから、広島護国神社の神使は鯉とされ、おみくじや御朱印のモチーフともなっています。
また、本殿の左手には「双鯉の像」が、右手には「昇鯉の像」が安置されており、「双鯉の像」には縁結び、夫婦円満、家内安全のご利益が、「昇鯉の像」には開運出世のご利益があるといわれています。
参拝されましたら、是非撫でてみてはいかがでしょうか。