大国主神に助けられた、縁結びと病気平癒の神使「うさぎ」-『神々の意思を伝える動物たち 〜神使・眷属の世界(第八回)』
「神使」「眷属」とは、神の意思(神意)を人々に伝える存在であり、本殿に恭しく祀られるご祭神に成り代わって、直接的に崇敬者、参拝者とコミュニケーションを取り、守護する存在。
またの名を「使わしめ」ともいいます。
『神々の意思を伝える動物たち 〜神使・眷属の世界』では、神の使いとしての動物だけでなく、神社仏閣に深い関わりのある動物や、架空の生物までをご紹介します。
動物を通して、神社仏閣の新たなる魅力に気付き、参拝時の楽しみとしていただけたら幸いです。
神使「兎(ウサギ)」
上の画像は、赤い目をして、丸みを帯びた体が可愛らしいうさぎ像。こちらは京都市左京区の「東天王 岡崎神社」の拝殿前にある狛うさぎです。
幼い頃から月の影が、餅をついているウサギの姿に見えることが不思議で仕方ありませんでした。宇宙の神秘について思いを巡らせる原点は、この月のウサギかもしれません。
月のウサギ、実は月周回衛星「かぐや」による収集データの分析によると、39億年以上前の巨大隕石の衝突跡だと分かったそうです。
ウサギは、月の神の使いであると同時に、山の神としての性質も併せ持ちます。
滋賀県高島市の朽木谷という地域では、2月、10月、11月の各9日には山への出入りが禁止され、もし禁を破って山に入り、白兎と出会えば命を落とすという言い伝えが残されています。
山の神である白兎は、2月になると森に木の種を撒き、10月になると切り株を数えるといわれています。つまり、人に恵みを与える森の森羅万象を管理する白兎が、山を行き交うので、それを見てはならないということなのでしょう。
また、兎が多産であることから産神としての性質を持っていたり、山の神は田の神に通じることから、豊穣をもたらす農耕の神としての性質を持っているなど、ウサギは多様な神性を持っているのです。
さて、今回は神使「兎(ウサギ)」について見てまいりましょう。
因幡の白兎
ウサギを神使ではなく、主神として祀っているのが鳥取市の「白兎(はくと)神社」です。
「白兎神社」は、古事記に出てくる有名な日本神話「因幡の白兎」の舞台となった、白兎地区に鎮座する社です。
出雲の国の大国主神(大黒様)は、兄弟の神々と一緒に因幡の国の八上比売(やかみひめ)という美しい姫に会うため、旅に出かけます。
その道中、先を歩いていた兄弟たちが、因幡の国の気多の岬を通りかかった時に、体の皮を剥がされた1匹のウサギを見つけます。
兄弟たちは、いたずら心をおこし、そのウサギに「海水に浸かり、風に当たると良い」と嘘をつきます。
体の痛みに耐えかねていたウサギは、これ幸いと海に飛び込み、風当たりの良い丘に上がって体を乾かしました。すると、皮の剥がれた体に、海水の塩分が乾いて染み込み、ヒリヒリと余計に痛みはじめるのです。
もがき苦しんでいるウサギの前に現れたのは、兄弟たちのあとを大きな袋を担いで歩いていた大国主神。
ウサギの哀れな姿に驚いた大国主神は、その訳を聞きます。するとウサギは・・・
「隠岐の島に住んでいたが、この因幡の国に一度は渡ってみたいと、泳いで渡ろうとした。その時にちょうどワニ(サメ)がやって来たので、彼らを利用して海を渡ってやろうと、ワニと自分の仲間、どっちが多いかくらべっこをしようということになった。
ワニたちを隠岐の島から、因幡の国まで並べて、その数を数える振りをして、ワニたちの背中を渡って行った。しかし、私の企てがワニたちにバレてしまい、仕返しに皮を剥がされてしまった。
そこに先ほど通りかかった神様たちが、海に浸かって、風に当たると良いと言われたので、その通りにしたら、前よりももっと痛くなった」
と訴えます。
大国主神は、「川の水で体を洗って、蒲(がま)の花を積んで来て、その上に寝転びなさい」と言い、その通りにしたウサギの体は、次第に癒え、体毛も生えて、元通りになったのでした。
兄弟たちに遅れて、因幡の国に到着した大国主神でしたが、八上比売の心を射止めたのは大国主神でした。
「白兎神社」にはこの兎が、白兎神として祀られています。
「因幡の白兎」に登場するウサギが、大国主神と八上比売の縁を取り持ったという由緒から、「白兎神社」のウサギ像に白い石を置くと良縁・縁結びのご利益があるとされ、2010年には「恋人の聖地」にも認定されています。
また大国主神が、ウサギの傷を癒したことから、日本医療、動物医療の発祥地ともされており、皮膚病、傷病、病気平癒のご神徳が得られるとされます。
月待信仰と、月の兎
「月待(つきまち)」とは、十五夜、十六夜などの特定の月齢の夜に、「講中」といわれる仲間内が集まって飲食を共にし、経文などを唱えて月の出を待って拝み、様々な祈願、供養を行った行事のことです。
この「月待」の祈願、供養の際に、記念として塔が建てられ、今も各地に残されています。
神道式に行われる場合と、仏教式に行われる場合とがあり、前者では月読尊(つくよみのみこと)、後者では勢至菩薩の掛け軸が飾られていました。
こうした「月待」の信仰と、古代中国や、仏教の説話で語られていた「月の兎」が時代とともに結びついていくようになります。
月になぜ兎がいるのか、を語る説話はインドの『ジャータカ(本生譚)』や、日本の『今昔物語集』などに収録されています。
それは以下のようなものです。
埼玉県にある「調(つき)神社」は、中世頃、社名の「調」と「月」が同じ読みであることから、「月待」信仰と結びつきが強くなっていきました。
神仏習合の時代には、神社を管理する別当寺と呼ばれる寺が置かれていましたが、「調神社」の別当寺は「月山(がっさん)寺」でした。
この「月山寺」には二十三夜堂が建てられ、勢至菩薩が本尊として祀られました。
こうした謂れから、「調神社」には神使のウサギ像が数多く置かれています。
その他、京都市左京区の「岡崎神社」の神使も兎ですが、こちらはかつての境内地、及び周辺地域が野兎の生息地となっており、またウサギが多産なことから氏神の使いとされ、子授け・安産の神として崇敬を集めています。
"東北の伊勢" ともいわれる、山形県南陽市に鎮座する「熊野大社」の本殿裏の装飾部分には、ウサギが三羽隠し彫りされています。
なんでも、ここに彫られている三羽のウサギを見つけた人の願いが見事成就したことから、「願いが叶う」「幸せになれる」との言い伝えがあるそう。
二羽までは比較的簡単に見つけられますが、三羽めを見つけるのはやや難しいのです。ちなみに、三羽めを人に教えたり、教えられたりすると、ご利益はないそうなのでご注意を。
是非、三羽のウサギを探しに行かれてはいかがでしょうか。