ヤマトタケルを道案内した眷属「オオカミ」 -『神々の意思を伝える動物たち 〜神使・眷属の世界(第十三回)』
「神使」「眷属」とは、神の意思(神意)を人々に伝える存在であり、本殿に恭しく祀られるご祭神に成り代わって、直接的に崇敬者、参拝者とコミュニケーションを取り、守護する存在。
またの名を「使わしめ」ともいいます。
『神々の意思を伝える動物たち 〜神使・眷属の世界』では、神の使いとしての動物だけでなく、神社仏閣に深い関わりのある動物や、架空の生物までをご紹介します。
動物を通して、神社仏閣の新たなる魅力に気付き、参拝時の楽しみとしていただけたら幸いです。
神使「オオカミ」
私たちが知る「狼(オオカミ)」とは、「ハイイロオオカミ(タイリクオオカミとも)」のことを指します。日本にも古くは本州以南に「ニホンオオカミ」が、北海道などには「エゾオオカミ」が生息していました。どちらも「ハイイロオオカミ」の亜種にあたります。
今から115年前の1905年(明治38年)1月、奈良県東吉野村鷲家口に滞在していたイギリス・ロンドン動物学会とロンドン自然史博物館とが共同企画した動物学探検隊の隊員のもとに、地元の猟師がニホンオオカミの若い雄を持ち込んだのを最後に、日本では目撃・捕獲例がなく、以後絶滅したものと思われます。
この持ち込まれたニホンオオカミは、隊へ8円50銭で売却され、今もロンドン自然史博物館に頭骨と毛皮が保存されています。
上の写真は自然保護を願って建てられた、日本最後のニホンオオカミをモデルとした、等身大のブロンズ像です。
私は以前、オオカミと犬を掛け合わせた「狼犬」を飼っていらっしゃる方のご自宅にお邪魔をしたことがあります。その狼犬は「ハイパーセント」と呼ばれる種類で、狼の血が75%以上あるのです。より、オオカミに近い外見です。
とても人懐っこいのですが、やはり容姿はオオカミそのもの。とても大きく、手足も太くて、今にも飛びかかって来そうな野性味を帯びた目つきに圧倒されました。来客を歓迎しているのか、尻尾を振って寄り添ってくるのですが、思わず後退り。それほどの迫力がありました。
あくまで狼犬であって、オオカミではないのですが、あの鋭い眼光の中に一瞬、神性のような尊いものを感じました。
また、オオカミといって思い出されるのは文学の世界。
私の好きなアメリカの作家、ジャック・ロンドンの作品『白い牙(WHITE FANG)』の主人公「ホワイト・ファング(白い牙)」と呼ばれるハイイロオオカミ(正確には父親がオオカミ、母親が狼犬、四分の一だけ犬の血を引いています)の物語です。
このホワイト・ファングは、猜疑心と独立心、忠誠心が強く、頭が良くて、勇猛果敢なオオカミ。そんな彼の数奇に満ちた一生を描いた作品。
私が知人宅で触れ合った狼犬、そして小説『白い牙(WHITE FANG)』の主人公ホワイトファング。どちらも、威厳に満ちた雰囲気を身体中から発散し、誇り高い孤高のオオカミといった印象です。
そんな、オオカミはいかにして神使となったのでしょうか。
三峯神社
毎月一日に頒布される「白い氣守(2018年6月以降頒布中止)」を求める参拝者の喧騒で、随分と話題になったこともある埼玉県秩父市の「三峯神社」は、白い三ツ鳥居でも有名な関東を代表する古社です。
三峯神社の神使はオオカミで、境内各所にオオカミの像が見られます。
『日本書紀 巻第七 (大足彥忍代別天皇 景行天皇)』にオオカミが神使となった由来が記されています。これが三峯神社の由緒にあたります。
日本武尊(ヤマトタケルノミコト)は信濃の山中で空腹を満たすため、食事をとっていました。すると山の神がヤマトタケルを苦しめようと、白い鹿となって目前に立ちはだかります。これを不審に思ったヤマトタケルは、一つの蒜(ひる・ニンニクのこと)を白鹿に弾きかけます。その蒜は、白鹿の眼に命中。白鹿は、死んでしまうのです。
すると、ヤマトタケルは道に迷って山中を抜け出ることが出来なくなってしまいます。そんな時に突然、ヤマトタケルの前に一匹の白い狗(イヌ)が現れ、道案内をしたのです。
以前から、信濃坂を越える者は神の邪気を受けて、病に伏せてしまい山を越すことが出来ませんでした。これ以降、この山を超える者は人や牛馬に蒜を噛んで塗るようになります。そうすると、神の邪気を受けることなく無事に目的地にたどり着けるようになったといいます。
ヤマトタケルは、雲取山、白岩山、妙法嶽の三つの峰が連なる美しい風景に魅せられ、伊弉諾尊(イザナギノミコト)、伊弉册尊(イザナミノミコト)の二神を三峯山に造営した仮宮に祀ります。
この時、山神の眷属であり、自身を道案内したヤマイヌを神の使いとして、共に祀ったのです。
この、ヤマトタケルを道案内した白い狗、ヤマイヌこそが、実はニホンオオカミなのです。
オオカミは、農耕を始めた古代の人々にとっては、作物を食い荒らす害獣とされるイノシシ、シカ、ウサギなどを捕食してくれる益獣として大切に扱われて来ました。とくに山間地域に住む人々からは、山神の使い、「おいぬ様」として神格化されました。
この、神格化されたオオカミのことを「大口真神(オオグチマガミ)」といいます。
これは『大和国風土記』逸文が由来となっています。
「昔、明日香の地(現在の奈良県明日香村)に老いたオオカミがいて、多くの人を食べた。人々は恐れて「大口の神」といった」とあります。
この記述からうかがえるのは、私が知人宅で狼犬と出会った時と同様に、畏怖の念を抱きながらも、その姿に神に似た威光を感じ取り、神性さを見出している点です。
こうして、オオカミは人々にとって崇高な存在となっていくのです。
江戸時代の「御眷属信仰」
三峯の信仰の中心は「御眷属信仰」といわれるものです。
享保12年9月13日の夜、三峯神社の中興の祖である日光法印が庵室に静坐していると、山中から数多のオオカミが集まってきて、境内はオオカミたちでいっぱいになったといいます。
日光法印はこれを御神託と受け取り、オオカミの御姿を御神札に描いた「御眷属札」を配るようになります。この「御眷属札」は霊験あらたかで、猪鹿除け、盗難・火難除けのご利益があるとされ、全国へ広まっていきました。
この「御眷属札」の配布を「御眷属拝借」といい、あらゆる災難を祓い、開運成就を遂げられるご祈祷として、現在でも三峯神社でお札の授与が行われています。
「御眷属拝借」のお札は、一年ごとに新しくすることが必要です。そのため、かつての三峯信仰の崇敬者たちは、それぞれ「講(信仰者の集団)」を形成し、その代表者が代参して、地元に帰ったあとで崇敬者の各家に新しいお札を配布しました。
同様のお札は、東京都青梅市の「武蔵御嶽神社」でも授与されています。
お札に宿った眷属(お犬さま)は1匹で50戸までの家を守護するといわれています。お札の授与を受けた方々は、一様に不思議な体験をされるそうです。興味がおありで、真摯に開運を願われる方は「御眷属拝借」を受けられてみてはいかがでしょうか。
各社のオオカミ
オオカミに所縁ある神社
参考文献
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