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「そして僕らの夢は管に繋がれていた」(惑星アーリア)第三稿 プロローグ〜(第2話)その先は擬態まで。

ども
日野です。

やっとです。
やっと第三稿お見せできます。

では、どうぞ。



『母さん。俺は余りにも多くのものを失った——失ったと思わされていたよ』
『例え全てが虚像に潜む綿毛でだったにせよ、この時の俺には知る由もない事だったんだ』
『ところで母さん。あの王冠はどこへいったたんだろう。野を駆け、綿毛を吹いて遊んだ丘で、母さんと作ったあの王冠。俺はあの王冠をどこへやってしまったんだろう』

 
 『惑星アーリア』

 
 星の放つ光がこんなにも眩く——淡く——美しい。
 俺しか知らない。俺だけが知っている。
 宇宙から見下ろす惑星の光。
 ここからは目をいくら凝らそうと、どうしようもない人間関係など見えはしない。権力に取り憑かれた醜悪なブタや物乞いの代償に貞操観念を捨てる売女、リタを失い飯を食うための天秤を他人の命で図る知恵遅れの姿など決して見えやしないのだ。
 ただ、星がそこにあるだけだ……星が、そこにあるだけなんだ。この光景を独り占めできる。それだけがこの任務について唯一感じるの幸福だ。しかし俺は、この胸の高まりが遮られるのも知っている。
——オズ、報告です。船体の光学迷彩処理八〇パーセント。処理完了予定時刻は一二〇〇。大気圏突入予定時刻の百八〇秒前です。
——また、一次調査に投下したバイパスからデータ受信中。当該惑星の気圧、酸素濃度、および有害物質の有無を解析中です。
 惑星降下前に必ず行われるAIとのやり取りは、椅子から身を乗り出し、生命の輝きに想いを馳せている俺を現実に引き戻す。
 そして俺は決まってこう聞く。
「ノア、目標惑星に生体反応はあるか?」
——検索中。
——検索完了。生命体の存在を確認しました。水、炭素、水素、窒素その他少量の元素を保有している人型の生命体を検知。また当該生命体により建造されたと想定される構造物も確認できます。
「よし。大気圏突入後も光学迷彩を維持しつつ、生命体の外見的特徴、および言語の有無を確認しろ」
——了解
 生命体が生息している。
 この報告を聞くのも久しぶりだ。
 ひとまずこの惑星はある程度の資源を保有しているようだ。人類の再建に一歩近づいたと思いたい。
 が、しかし…前回の苦い経験もある。
 大手を振って喜ぶわけにはいかない。
 次こそは……だ。
 次こそは我々、地球人の楽園であってくれ。
 いい加減一人で眠り続けるクルーの水槽を眺めるのも限界だ。
「船外接続ブロックの気圧を目標惑星と同期。着陸後、地質調査に出る」
——気圧調整中。
——調整完了。光学迷彩百パーセント完了。大気圏に突入します
 ノアの合図と共に船が揺れ始めた。
 何度経験してもこの瞬間だけは慣れることができない。
 まるで天変地異である。
 圧縮された空気が熱を帯び赤く光っている。
 眼前に広がるその光景はさながら火山の噴火を彷彿とさせる。
 しかし、それはまだいい……まだマシだ。
 問題なのはこの揺れである。船体がひどく軋んでいる。空気すら震えているようだ。いや、震えているのは俺の体だろうか?
 脳の芯まで小刻みに揺れ、思考が恐怖で満たされる。解決の手段を時間の経過に委ねることしか許されない俺は、座席の縁にしがみついていた。
 ただのちっぽけな人間だという逃げられない現実と物理原則に抗えない化学の進歩を呪い、その怒りと恐怖を押さえつける——早く終われと願いながら。
 「ノア! 今回の揺れは長くないか? 無事に着陸できるんだろうな⁉︎
——姿勢制御良好。
——冷却装置にも問題は見られません。二〇秒後に船体の水平軸を地表と同期、メインエンジンを点火します。
 「二〇秒だな!」
 気づけば火の海の様な光も消え、惑星の空に入っていた。
 目の覚めるような青と、その美しい光景を隠そうとばかりに入り混じる橙色の雲、かつての地球を懐かしめと言わんばかりの空模様に、俺は郷愁と落胆が入り混じる不思議な感情を抱いていた。
——着陸完了。
——大気圏突入の影響で、一時的に切断されていた本船との通信が復帰しました。
 いつもと変わらない機械的な音声が鳴り響く。 
 俺は恐怖との対話を終わらせ、己の在りかを観察する。
 「やっと着いたか。それにしてもこの惑星の空はなんだ? ルドルフの風景画みたいな色じゃないか?」  
——オズ。
——残念ながら近世以前のデータはアーカイブにありません。
 「そうか、そりゃ残念だな」
 人を模倣しているかのような会話をする人工知能にも随分と慣れたものだ。
 いや、救われてきたと言ってもいい。
 人工知能ノア——コイツがいなければ俺はとっくの昔に鉛を脳髄にぶち込み、マニー・ハンドリングと同じ場所に向かっていただろう。
 それほどまでのこの旅は過酷で孤独だ。
——そのかたの作品はどのような物なのですか?
 「こんな感じだよ。青に黄色が混ざりあった空、雲すら黄色く霞んでいるんだ」
 自分よりもよっぽど知識を蓄えた思考模倣の極致が取りこぼした一片——それが偉大な画家とは、何歳であろうと老婆心も芽生えようというものだ。
——なるほど。確かにこの空の特徴と似ていますね。
 「そうだな……」
——貴方もその景色を見ていたのですか?
 「いや。俺が生まれた時、すでに地球は火の海と化していた……ノア、人類が初めて重力から抜け出して月に着陸した時、その船に乗っていた船員が地球を見下ろして言ったセリフを知っているか?」
——いいえ。
 「『地球は青かった』……そう言ったそうだ。揺籠から抜け出したそいつらは、きっと何にでもなれる気がしたんだろうな」
——青く光る地球ですか。それはさぞ美しかったでしょうね。
「だろうな」
 自分達の子孫が謀略と怨嗟の化身と成り果て、終わることのない火薬と硝酸の雨でその青い星を赤く染め上げたとこを知ってしまったら……そいつらはどう思うんだろうな。 
「きっと叱られちまうんだろうな。あの星を捨てた俺たちは」
——あなたたち人間はあの出来事を改めるべき過去の罪と認識しているのでしょう? 
——その罰を受けるのが種の保存のために複製された別の個体というのはいささか奇妙な話ですが。
 ついにこいつは善悪まで理解しようというのか?
 人工知能とはよくもまあ、言い得て妙な命名をした奴がいたものだ。
 人工的に作られた知能——その進化の果ては人に慣る……のではなく人に成るとでも言いたげな、なんともスノッブの効いた俺好みの名だ。
「いいか、ノア。俺たち人間は子供を作ることをそんな風に認識しちゃあいないのさ。もっと感情的で本能的などうしようもない衝動なんだよ。だからな——親から愛を受け取るのと同時に、罪や罰。後悔や遺恨なんかも与っちまうのさ。機械のお前にはわからないだろうがな」
——勉強になります。
「そういうのが理解したいならドストエフスキーでもインストールしな。確かアイツの遺品の中に入っていたぞ」
——それはとても興味深い提案ですね
 「まったく、お前はひょうきんなAIよ」
 コイツが人に近づけば……いや、人に成ることが出来たら、もしかしたら俺はこの任務から解放されるのではないだろうか?
 いや、こんなことを考えるのは人類に対する背信行為だ。
 いいか、オズ。
 お前はなぜここにいる?
 思いだせ。無惨にも枯れ果てた地球の景色を。
 思いだせ。死んでいった友を。
 思いだせ。あの日の誓いを——存在意義を——託された希望を。
 そして思いだせ。己の任務を。
 そうだ、俺はオズ。
 アストラ体のオズ・アルカライだ。
——オズ。着陸完了。いつでも出られます。
「よし、過去の話は終わりだ。任務に集中するぞ」
 そう。俺の任務——それは人類の再建。
 この惑星が、我々人類の住める場所なのか否か、それを見極め、本船に眠っている同胞達を深い眠りから目覚めさせるのが俺に課せられた役割だ。
「ノア。予定通り地質調査に出る。お前は観測された生命体の情報を集めろ」
——了解。
 そう言って俺は船外活動用スーツを身に纏った。
 俺はこのスーツが嫌いだ。船体同様セラミック製のコイツはスーツとは名ばかりだ——甲冑と呼ぶ方がふさわしいだろう。フルフェイスの頭部には記録用のカメラがいくつも取り付けてあるし、宇宙空間での船外活動も想定しているため身体中のあらゆるところにSAFERが埋め込まれている。おまけに背には酸素や推進剤のパックがのしかかっていると来たもんだ。こんなものを着て重力に引かれるのは拷問に近い。
「外に出るぞ。スーツの光学迷彩を起動しろ。それから音声とメインカメラの映像を録画。バックアップデータを本船のNASへ転送開始だ」
——了解。
——録画開始。お気をつけて。
 思考模倣の極致は平生となに一つ変わらない、淡泊な声音で送り出す。
 たとえ他人を慮るような台詞を吐こうと、仮に善悪を理解しようとも、それは決して感情を持っているからではない……はずなんだ。
「#七〇八九こちらオズ。昨夜の記録で話した惑星に無事着陸した。ノアによると一定の文明レベルを有した生命体も確認しているそうだ。現在その生命体の詳細を衛生軌道上の本船とノアに調べさせている。俺はコード二に従い、地質調査を行う。以後、便宜上この惑星をアーリアと呼称する。繰り返すアーリアと呼称する」
 惑星探索記録。きっと誰にも見られないであろう記録を撮りながら、俺は遠征艇の外に出た。
「コイツはすごいな!」
 船外に出て最初に目に入ってきたのは豊かな緑だった。背の低い雑草から数種類の花、奥の方には針葉樹らしき木々が群を成して森を形成している。
「アーリアは植物が豊かのようだ、地球と同じく緑色に見えることからクロロフィルを保有していると想定される。また、一次調査に降ろしたバイパスの分析結果から酸素の検出を確認している。光合成をしている可能性を検討——検証のため葉を採取して持ち帰る」 幾度となく惑星を調査してきたが、ここまで地球に近い植物を見ることはそうそうあることではない。大抵が枯れ果てた荒野か地球の植物とは全く異なる色や形をしていることが多い。
——オズ。報告です。
「なんだ?」
——生命体の分析結果が出ました。彼らの外見的特徴は地球人とほぼ変わりありません。
「ほぼ、というと?」
——はい。地球人にはない臓器を一つ有しているようです。アーリアは地球と比べ放射線濃度が高いようなので、体内に取り込んだ放射能を分解する器官かと想定されます。
——容姿は地球人と比べ多少違いますが、その他の特徴は脳の構造から呼吸法に至るまで地球人と同じようです。また、生命活動に必要なエネルギーも地球人と同じく動植物を経口摂取することによって補っている模様です。
 「よし。文化水準はどうだ? 確か建造物を確認したと言っていたと思うが」
——言語は現在解析中。建造物は粘土類や硝石類などを加工した、比較的脆い構造をしているようです。
——また、建造物の密集しているコロニーを数箇所検知。数十万から数百万と、規模は様々ですがアーリア人はどうやら文明を築いているようです。
 文明か……
 それも建造物を作り、独自の言語体系を確立しているとは。単に群がっているという訳ではなく、国を形成していると考える方が妥当だろう。
 いずれにせよ接触を試みる必要がありそうだな。
「記録継続。近辺の地質調査を終え次第、一度遠征艇に戻り記録をまとめる。作業終了後アーリア人の調査に向かう」 
——お疲れ様でした。
——アーリアの調査は今のところ順調のようですね。
「順調。ね……」
 まだ調査は始まったばかりだというのに順調ときた。機械のクセに楽観的すぎやしないか? 
 それともコイツは気休めでも言っているつもりなのだろうか
「植物の分析をする。ラボの扉を開けてくれ」 
——了解。実験室隔壁開放。
「よし、ラボに入ったぞ」
——実験室隔壁閉鎖。
 俺はこの部屋が嫌いだ。
 ラボの艶やかで躓きそうな床には、いつまで経っても慣れることができない。
 他人の家に初めてきたような居心地の悪さを感じる。
 心休まらないのは施錠を義務化され、出入りを他人……AIに委ねることしか許されないというのも理由の一つだろう。
 惑星から未知の物質を持ち込むため安全対策でいちいちエアロックの開閉をしないといけない。万が一持ち込んだ物質に病原体が付着していたら、俺自身が媒体となり船内に汚染を広げるリスクがあるからだ。
 そして、それは……いざとなれば俺自身が死んで解決するというオチがついている。そうなれば、本船に眠る別のアストラ体が目覚め、俺の任務を引き継ぐこととなる。
 かくいう俺も、前任が死んだから目覚めたんだがな。
「記録再開。植物の葉を採取してきた。色は緑。葉の大きさは十センチ程度と言ったところだろう。葉脈のようなものも見られ、それらは茎の方へ集結しているため、成長には水分が必要と予想。また、この植物の群生地近辺には水脈もあったため、少しばかり拝借してきた。地球人が飲める成分であれば、ひとまず自然環境は我々が適用可能であると思われる」
「ノア。この葉と水を成分分析にかけろ」
——現在アーリア人の言語解析、にCPUの三〇パーセントを使用中。並行処理を行うと言語解析完了時間が遅れますがよろしいでしょうか?
「それはまずいな。成分分析は本船に回せ」
 ——了解
「ノアの処理能力を考慮し、二次調査は本船に行わせる。俺は三次調査準備のために遠征艇をアーリア人居住地近くまで移動させる。記録終了」
 やっと終わった。
「ノア。扉を開けてさっさとこの檻から俺を出してくれ」
——了解
「それと聞いていたな? 船を動かす。アーリア人の居住区域から一〇キロほど離れた場所へ移動してくれ」
——すでに移動を開始しています。六ヶ所見られるコロニーの内、現地点から最も距離の近い場所に進路をとっています。
——それからご報告が。
「なんだ?」
——軌道上の本船から衛星カメラの画像が転送されてきました。
「衛星カメラ?」
——はい。生体スキャンをした時は無機物のため検出されなかったのですが、どうやら彼等は、もう一つ奇妙な特性を有していたようです。
「奇妙、ね。荒唐無稽な体験はこれまでの惑星調査で嫌というほどしてきたぞ。あれらに勝るような報告か?」
——安心してください。奇妙と言っても調査に影響が出る程のものでは無いかと思われます。
「で、カメラに映った無機物ってのは、なんだったんだ?」
——はい。彼らは皆、本を持ち歩いているようです。
「本?」
——本です。あらゆる角度の映像を解析したとことろ全六ヶ所のコロニーは川、もしくは海のような広大な水域を挟み東側と西側に分かれているようです。そして東側のコロニーに生息しているアーリハ人は幼体から成体まで皆、本を所持しているようです。
 本? 
 今回も妙な惑星に来てしまったな。
 地質の分析結果は本船に回してしまったからまだ出ないし、放射線濃度も少し濃いようだ……全く何が順調なのか
「そいつは確かに奇妙だな。他に解った事はあるか?」
——現在検索中ですが、水域近辺に橋などの建造物が確認できていないことから東西は完全に分断されていると推測されます。
 —しかし、どちらの側も建築様式や言語は同じようです。また、言語解析の進行状況は六〇パーセントと言ったところですが、日常会話レベルでの対話は可能です。
「よし。三次調査でアーリア人との接触を試みる。リアルタイムでの翻訳と音声合成システムを構築し、スーツの外部スピーカーに繋いでおけ」
——了解。目標地点に到着しました。
——すぐ出られますか?
「あぁ、善は急げだ。奴らが高度な文明を有している可能性を考慮して、しばらく通信はするな、緊急時はこちらから接続する。それまではオフラインで待機していろ」
——了解。
 今度は無事を祈ってくれないのか。
 全く気分屋なAIだ。
 それとも、与えた仕事が多すぎて拗ねでもしているのだろうか?
 人工知能に感情はない。
 ガキでも知っている常識だ——しかし俺はその常識を疑い出している。
 ノアに感情があるのか、その終着のない疑問が思考を駆け巡り続けてはや数年が経とうとしている。
 コイツと出会って以来抱えている答えの出ない疑問に自問自答しながら、俺は光学迷彩を起動して再び船の外へ出た。
 船を降りた俺の眼前に広がっていたのは、先ほどまでの自然世界とは打って変わって極めて人口的な光景だった。レンガのような素材で整備された血の通っている場所だ。
 緑がある惑星が少なければ人らしき生命体がいるのはなおのこと珍しい。
 ましてやそれが文明を築き、共同体の体を成しているなどそうそうあることでは無い。
「ノアめ。わざとこんな場所に降ろしやがったな」
 居住圏から少し遠いこの場所は、どうやら集会所のようだ。中央に台座があり、それを円形に並べた椅子が囲っている。
 どことなく懐かしささえ感じた光景に、俺は少し涙が出そうになった。
「こちらオズ。言語解析が完了したため、アーリア人の居住区に潜入する。必要に応じて接触を図ってみるが、以前の件もある。慎重な行動を試みる。記録終了」
——お疲れ様です。
「さて、ここからが本番だ。兎にも角にも奴らがいる方へ行ってみるか」
——オズ、コロニーの衛星画像を送信します。
「よし。確認をする。メインモニターに映してくれ」
——了解。
 ノアから現在向かっているであろうコロニーの全体像や中心地などを写した数枚の衛星画像がヘルメット内のモニターに映し出された。
 映し出されたのはコロニーの全体雑だった。形状はさきほど通った集会場のような場所同様、円形に作られていた。
 建築物は報告通り、レンガのような作りでできて、旧世紀の地球で言うところのロマネスク建築に近い作りだ。
 国と国とが隔たれて戦争をしていた時代の……確かポーランドと言ったか。歴史資料で見たあの様式に近い。
 が、中央には明らかに文明レベルの違う巨大な建築物が座していた。
 至る所に窓があり、ガラス細工をこれでもかと取り入れている建物はその巨大さもさることながら何とも言えぬ異様な雰囲気を醸し出していた。
 画像を確認しながら歩いていた俺は東コロニーへ着いたことに気がついた。
 まるで来るものはおろか出ていくものすら拒むような巨大な壁が聳え立っていたのだ。
 

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