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雑草取りをしながら感じたこと


最近始めたレンタルファーム


久しぶりに行ったら

雑草がすごいことになっていた!!



一株一株抜いてたら大変なので

クワを使って土ごと掘り起こす。


そんなやり方で雑草を抜き始めた。



でも、これが思ったよりも大変な作業で、土ごと掘り上げるから

根っこの方にはたくさんの土が絡まっていて結構な重さがある。


その土の中から草だけを取り出して

土をふるい落としてまとめて運ぶ。


その作業は何気に大変。


でも、ふとした拍子に一つ一つ手で抜くようになったら


土は自然に落ちて、重い土を振り落とす必要はない。



手で抜くことを始めると、何だか病みつきになってきて


気付いたらそのやり方にシフトしていた。


一つ一つの草と向き合いながら


ひたすら一心に抜いていく。


単純なその作業を繰り返していると

余計な思考はストップして

その作業の中に心の落ち着きを感じられて

それはまるで「動的瞑想」のようだった。


はじめ


クワで一気に抜いていこうとしていた時には

ただの邪魔な無機質なものだった雑草が

一つ一つ丁寧に向き合い始めると

表情を持った植物に変わっていった。


そして、一つ一つの作業は

ただこなすだけの慌ただしい仕事から

心の穏やかさを感じることができる何かへと変わって行った。


そんな変化に驚きながら

ああ、これっていろんなことに通じるな。

そんなふうに感じた。


私たちは、何か大きなこと

大きな成果
高価なものや
たくさんのもの

そんなものを手に入れようと

小さなことに目を向けずに突き進む。


すると不思議なことに
そういう大きなものにしか、価値がないように思えてくる。


でも


大きなものから手を放し、小さなものに目を向けていくと

それ以前には決して気づかなかった

小さな何かに気づき始める。


そして、その小さなもので満たされはじめて

穏やかな心を手にすることができる。



仕事で大きな成果を出して

慌ただしくスーパーで買い物をして

さっと食事を済ませる。


私たちの多くが送ってきたそんな生活


でも

自分たちの食べるものだけを

ひっそりと育てて

地道な作業に向き合いながら

自分たちの手の届く範囲で生活する。


それは

なにか、自然のリズムに沿った、とても自然な営み。


そう思ったら

ああ、世の中はきっと
そんな方向にシフトしようとしているんだな。

そんな風に感じた。



自分の手の届く範囲で


自分にできることを


一つ一つ味わいながら積み重ねていく。


そんな暮らし方に自分も少しずつシフトしていけたら。


ポツポツと降る雨の中

雑草と向かい合いながら

そんなことを思った。


〈はじまりの唄-大橋トリオ〉

https://www.youtube.com/watch?v=3HIC9HkFq0I&feature=youtu.be



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