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ハナちゃんの旦那様は茶道外人   #7

⛵️Sailing 7: Bon voyage!  素敵な人生を!

旅路の果て

父が天国に逝ってしまった。マリリンが1歳になってまもなくのことだった。父は3年前から病気を患っていて、入退院をくりかえしていた。あともう少し生きてくれるだろうと思っていたが、容体が急変してしまった。

コロナ禍だったので、入院中はお見舞いに行けず、会うことができなかった。危篤になってから、やっと病室に入ることが許された。

父は既にほとんど意識はなく、時折反応はあったものの、変わり果てた姿になっていた。こんな状況になる前に、もっと早く会って父と話がしたかった。

看護師さんが、耳は最期まで聞こえている、特に慣れ親しんだ家族の声はよく聞こえていると教えてくれた。

「今まで本当にありがとう。お母さんのことは心配しないでね」と私が大きな声で伝えると、父がうなずいてくれたように見えたことが、せめてもの救いだ。

65kgあった父の体重は、最期は42kgにまで減り、痩せこけて骨と皮だけになっていた。それでも生きることをあきらめず、自ら主治医の先生にお願いして、新しい治療法を試みていた父は、私に身をもって「何事も最後まであきらめるな」と教えてくれたように思う。

父は入院中、看護師さんに、
「家内が心配だから、元気にならなあかん」
と何度も言っていたらしい。それを後で知った母は号泣して、
「お父さんが死ぬ一日前に私は死にたかった」
と言った。

母はお見合いで父と結婚した。結婚式前夜は、イヤでたまらず酔っ払って吐いたらしい。そんなにイヤな結婚だったのに、どうして父のことを好きになったのかを、初めて教えてくれた。

母は私と同じように、1人目の赤ちゃんを流産している。病院に入院した時、父は毎日仕事が終わった後に病室を訪れ、母の手を握り励ましてくれたそうだ。その頃は今のように病院に付添人用の簡易ベッドがなかったので、床に布団を敷いて寝泊まりしてくれた。その出来事があってから、父の優しさにやっと気づき、好きになったと泣き笑いながら教えてくれた。

私はふと、一人目の赤ちゃんを死産した時のことを思い出した。父の行動は、夫とそっくりだった。私はもしかすると、知らない間に父と似た人をパートナーに選んでいたのかもしれないな、と思った。

結婚って、何だろう?父が亡くなってから、よく考える。

まだ結婚して5年目の私にはよく分からないが、まぎれもない事実が二つある。

一つ目は、父と母が出会ったおかげで、私が今ここに存在しているということ。そしてマリリンが存在しているということ。

二つ目は、父は幸せ者だったに違いないということ。赤の他人同士だった二人が出会い、縁あって結婚した。そして50年近い年月を共に過ごした。
母が「まるで魂の半分が死んでしまったようだ」と泣いている姿を見ると、そこまで愛された父は幸せな人生だったのだろうと思う。そして、そんな人に出会えた母も、また幸せ者だろう。

たった一年と少しだったが、父にマリリンを会わせることができて、よかった。
一緒に過ごすことができて、よかった。
マリリンが成長した頃、きっとおじいちゃんの記憶はないだろう。だから私は、マリリンをとても可愛がってくれたこと、おじいちゃんとおばあちゃんがとても仲良かったことを、伝えなければと思う。

お父さん、いつも味方になってくれて、ありがとう。
守ってくれて、ありがとう。
私や家族の防波堤になってくれて、本当にありがとうございました。
これからは心おだやかに、天国からみんなを見守っていてください。

人生で大切なこと

私はマリリンに、早く結婚した方がいいとか、子どもを若い間に生んだ方がいいとか、そんなことを伝えたくてこの本を書き始めたわけではない。
もしも神様がいて、私の人生をもう一度、20代のあの頃にもどしてくれたとしても、私はきっと同じ道を選ぶだろう。

私は随分と遠回りをしたが、時間の無駄だったとはこれっぽっちも思っていない。良かったことも悪かったことも、たくさん経験したからこそ今の自分がある。
そして何よりも、夫とマリリンに出会うことができた。

結婚しなければならないと思い込み、周囲と比べては悩んだ20代、30代の焦燥感。
留学して知ることができた様々な価値観や、改めて気づいた日本という国の素晴らしさ。

日本にずっといると当たり前だと思っていたことでも、一歩踏み出して外から見てみると、そうではないことがたくさんある。
物事を別の視点から見ることができれば、また違った何かがきっと見えてくるはずだ。

マリリンには、周りの雑音に心を惑わされることなく、どうか自分の心の声を大切に生きていってほしいと願う。
自分の価値基準を「周りのみんな」や「世間の常識」に合わせる必要なんて、どこにもないのだから。

Bon voyage! ー素敵な人生を!

「結婚適齢期」なんて言葉は、大キライ。
「晩婚」なんて言葉も、大キライ。
「高齢出産」なんて言葉は、ちっともいい気がしないし、
「国際結婚」なんて言葉は、この世からなくなればいいと思っている。だって私はただ気が合う人と結婚しただけなのだから。

子どもの頃、大好きだった祖父が「虹の色は7色じゃないよ。無限だよ」と教えてくれた。
10人いれば10通りの生き方が、100人いれば100通りの生き方がある。

私は、彼と出会って一人よりも二人の方が楽しいと思ったから結婚した。
幸せな未来を思い描くことができたから、結婚という道を選んだ。
マリリンにとっての幸せとは、いったい何だろう?
大切にしていること。ゆずれない思い。それは人によって色々だと思うから。

そして、どうかいつも心に留めておいてほしい。
たとえどんな人生を選んだとしても、私がマリリンを大好きだということを。
私の一番の願いは、マリリンの幸せ、ただそれだけだ。

あとがき

自分の人生なんてどうでもいいやと投げやりになった時もある。
自分だけが世界から取り残されてしまったように孤独を感じた時もある。
それでもまだ生きなければならないのかと、人生に光が見つけられなくなった時もある。

父は病気が発覚した時、泣いていた私に微笑みながらこう言った。
「お父さんは自分の人生に満足してるんや。好きなことを色々させてもらったし、家族には感謝してるんやで」

微笑んでいる父の顔を見て、私は自分が将来同じような状況になった時に、父のように人生に満足しているとはっきり言えるのだろうか、と思った。
死を覚悟しながらも、だからと言って治療を諦めた訳ではない、父のあの時の顔。その達観した微笑みを、私は生涯忘れることはないだろう。

私の人生の旅路は既に後半にさしかかっているが、まだまだこれからが踏ん張りどころ。残りの人生を、父のように生きて行きたいと思う。
そして何かに悩んだり、つまずいたりした時には、
「絶対に、大丈夫!」
「ハナちゃんは運がいいから、絶対に、大丈夫!」
そう言って背中をポンと叩いてくれた母の笑顔を思い出して、
前に進んで行こうと思う。

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