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「おいで」

愛は犬が教えてくれた。
これは、私の昔ばなしのエッセイ。

子供の頃、我が家には小型犬がいて、室内で飼っていた。
その後、中型犬も我が家のメンバーに加わることになった。
名前は『シロ』、まっしろな犬。

シロは、迷い犬だった。
ある日、私が学校から帰ってくると母が近所の人たちと話をしていた。
どうやら、迷い犬が我が家の駐車場の車の下に隠れていると言うのだ。
人間をひどく怖がって、呼んでも出てこない。

車の下を、そっとのぞいてみると、そこには確かに怯えた目をした白い犬がいた。
とても痩せている。
我が家の駐車場や、近所の駐車場に身を潜め、その犬はじっと過ごしていた。

翌日だったか、1日、2日たった頃だったか、このままでは困ると言うので、近所の人が保健所へ電話をすると言う。
その頃には、すでに母はその白い犬を『シロ』と呼んでいた。
私が学校へ行っている間、何度『シロ』と呼んでいたのだろう。

「シロ、おいで」
母のその一言で、近所の人による保健所への電話は取りやめられ、その日から家族になった。

駐車場の奥には小さな門がついた庭があったので、そこをシロのスペースとした。怯えていたシロの目には、どう映っていたのだろう。
やさしく声をかけ続け、いつからか食べるもの、飲むものを受け入れてくれるようになった。
それから、私たち家族からの愛情も。

すっかり家族となったシロ。
散歩は私が担当することになった。

部活から帰ると、シロと散歩へ出た。
ある日、一通りいつもの散歩コースをまわって、もうすぐ家につくというところで、ひと休みをした。
あまり車の通らない、静かな通りの縁石ブロックに腰かけてシロと話をする。あまりにも愛おしくて「おいで」と手を広げた。

すると。
縁石ブロックに腰かける私の膝に乗り、まるで大きな赤ちゃんのようにゴロンと仰向けに寝そべり、大きく広げた私の腕の中でまるくなった。
大きな米袋を抱きかかえるような格好で、大きな赤ちゃんのようなシロを見つめる。

あぁ、あんなにも怯えていたシロの目に、今はしっかり私が映っている。
心が通っている。
愛おしい。

大きな赤ちゃんの背中に手を回し、子守唄をうたうように話しかけ、トン、トン、トンと背中をたたく。
その時間が、私は大好きで、シロもまた大好きだったのだと思う。

その日から、いつもの散歩コースの最後には、あの場所で私は縁石ブロックに座り、シロは大きな赤ちゃんになる。
私が通り過ぎそうになると、シロは立ち止まり、グッと踏ん張って「いつもの」と催促してくるのだ。
可愛い赤ちゃん。

ほんの5分くらいの時間。
縁石ブロックに腰かける私の膝の上、大きく広げた腕の中は、愛おしい気持ちでいっぱいになった。

大きな赤ちゃんとして甘えてくるシロは、すでにお母さんだということを、その後知った。
動物病院にお世話になることがあり、その時に獣医さんが教えてくれたのだ。
「シロは、赤ちゃんを産んだことがありますね」と。

愛を教えてくれたのは、大きな赤ちゃんであり、お母さんでもあったシロ。

お母さんだって、甘えたいときがあるよね。
そんなことを教えてくれた、私の大きな大きな赤ちゃん。

愛おしい気持ちいっぱいで、もう一度言いたい。
「シロ、おいで」


小牧幸助さんの楽しい企画に参加させていただきました。



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