『ムーンプリンセスKAGUYA』短編小説リライト再掲
あるところに慎ましく毎日を暮らしている60代の夫婦がいました。
おじいさんは廃品回収の仕事、おばあさんはweb上でブログを書いたりしてささやかに楽しく暮らしていました。
ある日、おじいさんが仕事中にひとつのダンボールを回収しました。
丁寧にラッピングされていたので不思議に思い、中を見てみるとかわいい女の子の赤ちゃんが眠っていました。警察に問い合わせましたが捜索願は出されていません。
おじいさんとおばあさんはよくよく相談して、赤ちゃんを育てる手続きをしました。ふたりには子どもがいなかったので、あと20年は”この子のために生きる”と決め養子に迎えたのでした。
女の子は輝月夜(かぐや)と名付けられ大事にだいじに育てられました。
輝月夜が夫婦の家へ来てから、次々と不思議なことが起こりはじめました。
おじいさんが仕事中、ダンボールの中から札束を発見したり、宝くじを見つけて当選したり。警察にはその都度、届け出ますが持ち主は現れないまま、夫婦のもとへお金が入ってくるようになりました。
夫婦は入ってきたお金で別荘地に竹林のある家を買い、輝月夜とともに移り住みました。趣味だった竹工芸品を売って仕事をしていくことに決めたのです。
輝月夜は美しい娘に成長しました。
ある日、おばあさんが竹に囲まれた輝月夜の写真をSNSに投稿するとあっという間に輝月夜の美しさが評判になり拡散されました。会いたいと言う人から何百通もDMが来るようになりました。
もちろん会わせないまま時は経ちましたが、youtuberたちが相談して企画を出してきました。5人の起業家たちが輝月夜の希望を叶えるという企画でした。
輝月夜はこのままでは世間が納得しないと思い、しぶしぶ承諾しました。
一人目のYouTuber事務所社長に出した輝月夜の希望は
『マリーアントワネットが使っていた首飾り』
社長はネットで探し出し、アンティークショップにある首飾りを贈りました。
輝月夜は首を横に振り言いました。
「ネットに流れている情報は嘘です。これは偽物です」
二人目のIT企業社長に出した輝月夜の希望は
『ゴッホの幻の絵』
社長はあらゆる情報を集めましたが、現物は入手できません。あきらめて職人に描かせました。
輝月夜はその絵を見て困りました。その絵がとても好きだったからです。しかしその絵を描いた職人が作画料金を未払いしたと社長を告訴し輝月夜には会えませんでした。
三人目の弁護士の男に出した輝月夜の希望は
『マイセンの1770年代に作られた天使の置き時計』
弁護士は世界中に雇った人を配置し探させました。
やっとの思いで手に入った物を輝月夜に贈りました。
輝月夜は言いました。
「本物なら天使が右手に矢を持っているはずです。これは左手です。」
にせものを贈った弁護士は輝月夜に会えませんでした。
四人目の自動車会社CEOに出した輝月夜の希望は
『エベレスト山頂の石』
CEOはエベレスト登頂を目指しました。
しかし日頃の不摂生がたたり体調が悪くなり、エベレストのふもとに到着してすぐ帰国しました。恥ずかしくて輝月夜に会いに行きませんでした。
五人目の投資家に出した輝月夜の希望は
『地底深部の生命体の森の木』
投資家は自ら海底を掘り下げ生命体の森に行きましたが、海で事故が起こり大怪我をしてしまい、輝月夜には会えませんでした。
けっきょくだれも輝月夜に会うことはできず、リモートでの対面もなくなりました。
その噂を聞いたある国の皇太子が輝月夜に会いたいと言いました。皇太子はまいにち輝月夜にメールをしました。
どうして会いたいのか、輝月夜のどこが好きなのかを真剣に伝えました。皇太子はとうとう我慢ができず輝月夜に会いに行きました。
ひと目見て、皇太子は輝月夜のことが忘れられなくなりました。
皇太子は毎日メールを送り続けました。ところがそのころから輝月夜は月を見上げて泣くようになりました。
「わたしは大好きなおじいさんとおばあさんと別れたくありません」
皇太子は正式に輝月夜に結婚を申し込みました。
おじいさんは輝月夜にどうしたいのかを聞きました。
輝月夜は泣きながら答えました。
「わたしはこの星のものではありません。国を背負うことなどできないのです」
おじいさんは正式に皇太子に婚姻の辞退を申し出ました。
輝月夜はそれからも月を見上げて泣いています。
やがて十五夜が近くなったある夜、月を見上げて輝月夜は言いました。
「わたしは月に帰らなくてはいけません」
おじいさんは皇太子に頼んで地球防衛軍を派遣してもらい、輝月夜をシェルターの中で待機させました。
しかし満月の夜、UFOが来ました。
あっけにとられている夫婦の目の前にあらわれた輝月夜は、美しい笑顔で言いました。
「わたしをゴミだと思わず育てていただいて本当にありがとうございました。これからは違うところからおじいさんとおばあさんを見守ります。
どうかお元気で。」
輝月夜を乗せたUFOは消えていきました。
その後、皇太子は宇宙開発に関わる女性と結婚し国王となりました。
宇宙へ行くためのロケット開発に力を入れています。
その事業のコンサル(輝月夜の好みを探ること)を老夫婦がしていると噂されていますが定かではありません。
人々は彼女のことをムーンプリンセスと呼び、宇宙に配信されることを願いながら、今日も想いを月に届け続けました。
おしまい