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ショート・ショート集

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約400〜2000字ぐらいの短編たち
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未来図書館*ショートストーリー

23XX年。300年ほど前に紙の本をすべてデジタル化し、またすべてを音声として保存する図書バブルがあったという。紙をデジタル化する業界が経済を動かした。 紙を貴重品とし、国は図書税という税金を徴収し、すべての情報をダウンロードできるようにした。 人々は本を紙で読みたければ、デジタルの10倍の値段で買うか、複雑な手続きをして図書館から借りるか、自分でダウンロードしたものをプリントアウトしなければならない。 本は他国の言語でも、音声も文字も自国の言葉で認識できた。 AIによって

『星が降る星』#シロクマ文芸部

星が降るこの星に生まれたわたしは、この星の歴史を音声に残すことにした。これを誰が聞いてくれるのかわからないが、記録しておこうと思う。 星が降ってきたはじめのころは、人々は星のかけらを貴重品として売買した。星によって色や形、温度などが違い、いろんな星のかけらを集めて、皆が楽しんだ。見るからにきれいな星のかけらたちは、輝き誇らしげに人々に大切にされた。 星が降ると人々は歓喜し踊り酒を酌み交わした。 だがそれが続くと、星のかけらの価値はどんどん下がり、雨が降るのと同じように感じ

『マフラーに』#シロクマ文芸部

マフラーに名前をつけた。 青山くん、赤井さん、桃太郎、藍川くん、緑さん、灰谷くん、月、夜、ターコイズ、カーネリアン………。いろんな名前であふれたマフラーは、色鉛筆のようにわたしの冬の友達だった。 わたしは気分によって、首元をつつみ、冬の寒さの中を歩いた。その時間だけがわたしが外で生きてる時間。いつもはじっと家の中で生きている。いや生きているのだろうか。感情をなくしたように、わたしは冬を過ごした。 唯一の外の空気にふれる時間は、ついオドオドして急ぎ足になる。なにをこわがって

『木の実と葉』#シロクマ文芸部

木の実と葉の図鑑を見ていると、およそ100年前に絶滅したと書いてある木を見つけた。わたしはその木のことを知っている。葉はお茶のように煎じて飲んだ。実は栗のような触感でピスタチオのような味と松茸に似た香りまで、鮮明に思い出せることに、じぶんでも驚く。どこで誰とその実を葉を味わったのだろう。 いくら考えてもわからない。本当に自分が感じたことなのかも曖昧で、だが昨日も感じたような妙な感覚だ。奥付を見ると初版は約80年前だ。わたしが?この木の実と葉を知ってる? 考えると同時に頭が

『レモンから』#シロクマ文芸部

レモンからケタケタと笑い声がした。 「僕らの季節だ」 ケタケタと笑いながらレモンは言う。夏のイメージがあるレモンの旬は冬なのだと。 わたしはすっぱい顔をして、レモンをにらみつける。 わたしはレモンが苦手だ。梅干しも酢の物も、すべての酸っぱいものを好んで食べない。さすがにオトナになって、から揚げにレモンをかけられても文句を言わずに食べられるようになったけど。 なんでもレモンを絞って食べる男がレモンと一緒にニマニマと笑った。 紅茶にレモン、冷奴にレモン、レモンチューハイに、

『星が光る。流れて落ちる』#シロクマ文芸部

「流れ星が流れる間に願い事をする練習をします」 男は謎の言葉を言うとわたしの目をじっと見た。奥の奥まで覗かれているようで少しぞっとした。 ぼんやりコンビニに行こうと家を出て、星が出てることに気が付いて、街の片隅の公園のブランコに乗ったまま星を見上げていたわたしに声をかけてきた男は、どこかのお祭りにでも行っていたのだろうか。ハッピを着てうちわを持っている。星を見上げているわたしの正面にいてコホンと咳ばらいをすると例の謎の言葉を放って、隣のブランコに座った。 「はあ?」 宇宙語

『ラムネの音』#シロクマ文芸部

ラムネの音は夏の音。セミのミンミン声と夏の雨の音と花火、夏祭り、プールの水の音、波の音、ラジオ体操の音楽。ラムネの音はそんな音の中で小さな音を立てる。僕はその音に耳を澄ます。聞こえてくるのは小さな悲しく楽しい音。 僕はいつからこの音が聞こえなくなったんだろう。 汗臭いじぶんに嫌気がさし、頭がぼーっとして意識がなくなる。線香花火がちりちり音を立てたと思ったらぽとんと落ちる。 気がつくと思考を止め、感情をなくし、人のこころがわからない自動運転の壊れた車のように、行く先がわからな

『命乞いする蜘蛛』#毎週ショートショートnote

忘れられた廃屋で生きるひきこもりの蜘蛛がいた。 危険のない、穏やかな暮らし。ひっそり暮らすことが蜘蛛にとって何よりの幸せだった。大きな獲物はいらないが大きな巣を作っては、その美しさにドヤ顔で、作品と呼べる巣の上をあちこち動き回っていた。 ある時、隣に人間が住み始めた。人は食物を食う。それに群がるように獲物たちが出てきて、蜘蛛の巣にひっかかるようになった。蜘蛛は焦った。このままだとこの穏やかな生活が失われてしまう。繁栄はいらない。子孫もいらない。蜘蛛は初めての拒絶、孤独、そし

閏年パーティ#シロクマ文芸部

閏年の2月29日、十二支が集まるパーティが開催される。 4年に一度、集まる面々の中で一際ドヤ顔で鎮座している龍(辰)が今年の主役だ。十二支の中で唯一実在しないと言われる龍は、ふわふわと空中を漂いながら雲を食べている。変わってるねと言われることは褒め言葉だと思っている。 それを呆れ顔で見ている鳥(酉)は、冷静に見えて内面はメラメラと主役の座をねらっていた。だが閏年は4年に一度。次の主役の猿(申)はチヤホヤされるのが大好きで、ガハハと笑いながら、羊(未)に褒め称えられていた。羊

『祝福』#毎週ショートショートnote

小さい頃、12月の誕生日とクリスマスを一緒にお祝いされて悲しかった。 大人になった今、世界中が私のことをお祝いしてくれているみたいで嬉しくて、今年も渾身の料理を作ったの。 ミモザサラダにミネストローネ、ローストビーフとエビのグラタン。デザートはガトーショコラ。ワインも買ってバケットとクリームチーズ、はちみつとバターもあるわ。 冬の潔い寒さの夜に足りないのは、あなただけ。 「大丈夫。私は世界中にお祝いされてるから」 と笑ったけど、今こうしてテーブルの上を見てると、おいしいデ

『ありがとうをつかまえる』#シロクマ文芸部

「ありがとう」ってコトバが出てこない時間がずいぶんあったの。 人から何かしてもらっても「すみません」 ほめられても「そんなことない」 そうやって「ありがとう」から逃げると、ありがとうが遠ざかっていくの。 ありがとうがいないと、グレーな雲の中にいるみたい。 見えてるようでなにも見えてなかった。 すべてがくすんでた。 見えること、聞こえること、手触りや味、じぶんが話してることや香り、そして感じていることに意識を向けて「ありがとう」って言ってみることにしたの。 最初はむずかしく

『冬の色』#シロクマ文芸部

冬の色彩たちがおしゃべりを始め、誰が今年の色になるかを決めようとしていた。 鈍色は凛とした冬の厳しさを主張し 白梅鼠は雪の輝きをやわらかく見せた。 淡藤色は淡い朝の空にいた。 藍墨茶は怒ったように潔く 浅藍鼠はムーンストーンブルーな水を凍らせた。 藍白はペールミスト。淡雪の甘さ。 冬の雪は大地を分け 森の黒さを際立たせ おのおのが輝き始める。 おしゃべりはやまないまま 小春日和がやってきて ぬくもりをおいていった。 *** 色の名前が好き。 ほんとうにおしゃべりしてそう

『寂寥』#小牧幸助文学賞

自分探しの旅に出た僕を見失う。 今どこだ? 20文字小説は単語をふせんに書いて、並べたり組み替えてみたりして、遊んでつくりました。 楽しかった。 小牧幸助さま、1ヶ月ありがとうございました。 #小牧幸助文学賞

『選択』#小牧幸助文学賞

できないじゃなく、やらないを選んで正解。