あの子はあに子①「家飲み」
あに子は今日も、日付が変わるか変わらないかの時間に、家から1分のセブンイレブンへ行く。寝る前のビールと、つまみを買いに。
寝る前に食べるのは良くないことくらい知っている。寝る前にお酒を飲むのは良くないことくらい知っている。それでも、毎日頑張って生きているわたしがそれくらいのご褒美を用意して誰が怒るのというのか。自分で稼いだお金を、数百円の娯楽に使って誰が咎めるというのか。
と、毎日どうにか自分を肯定して、ちょっと前に立てた「禁酒」の目標を密かに破り捨てたあに子はレジの前に立つ。
あに子はアンチセブンイレブンだった。理由などない。当然のごとくアンチ欠けたリンゴ派であったから、やはりアンチセブンイレブン派でもあった。JRよりも私鉄沿線に住みたいが、大学は私立ではなく国立を選んだ。ミーハーなのに、業界最大手嫌い。へそ曲がりでも天邪鬼でもある。
しかし利便性に勝るものがこの世にあるだろうか。目をつぶってでも行けるそのセブンイレブンには、週7とは言わないまでも、週6は行くようになった。今やセブンイレブンアプリの使い手となり、クーポンを駆使し、連携したPayPayで支払い、バッヂを集めている。購買履歴からその人の欲しがりそうなクーポンを発行し、PayPayでお得感を煽り、人が隠し持つ収集癖に漬け込んで様々な商品を買わせる。結局、近所にコンビニがなかった時代よりも出費はうなぎのぼり。
分かっていても、分かった上で、あに子は通う。それは決して叶わぬ恋に似ている。
暖房の効いた部屋で、ビールとつまみがある。それでいい。
コロナの感染拡大と同時に広がった『家飲み』。Zoomやらテレビ電話で友達や同僚とオンラインで繋がって行われる飲み会。外食より出費が少なく、リラックスして出来ると流行った。が、今となっては繋がることもほとんどなくなり、ひとりで行うのが正統な家飲み。自分が好きなタイミングで好きな量を飲むだけ。誰に迷惑をかけるでもなく、気を遣うでもなく、粛々と飲む。それが幸せなのだ。
近所にコンビニさえあればいい。
たとえコンビニ店員に、「ビル姐」とあだ名を付けられても。
それは、あに子が自動ドアを跨いだ瞬間、ふわっと聞こえてきた。店員が「ビル姐、今日はプレモルかぁ」という言葉。実はあに子は耳がいい。聞かなくてもいい言葉を無駄に聞いてきた人生。今は楽しめるまでに成長した。
コンビニを出たあとは想像でしかないが、「なんかいいことあったのかな」「仕事で結果出したんじゃない?」「いつもは発泡酒なのにね」などと繰り広げられるであろう、他愛もない会話。客にあだ名をつけて、動向を見守る遊び。そこに加われたことをあに子は誇りに思った。
今日のつまみ、イカフライをバリボリかみ砕き、プレモルで流し込む贅沢。罪悪感と背徳感にサンドイッチされた至福感。とか言って、それって発泡酒でも味わえたりする。安い女だなぁなんてニヒルに笑ったあに子は歯を磨きながら、明日は一番安いビールを買おうと心に決めた。