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脱毛サロンの女「減らない客」
これは、脱毛サロンに勤める女・毛利悠里(26)の日常を切り取った妄想エッセイです。事実とは大きく異なる点があるかもしれません。妄想ですのでご了承下さい。
1話完結シリーズものです。「アザのある客」「100%の客」
ウチのサロンは回数でコースが分かれている。8回、15回、22回、無制限と回数によって値段が設定されている。ほとんどのお客様が8回コースからスタートするが、理想の肌まで近づかず、回数を追加していく。脱毛はやればやるほど「もう少しあと少し……」とZARDの歌詞のように欲しくなってしまうのである。
今私が施術しているお客様も、8回コースで申し込んでいて、今日が最後となる。だがお世辞にもムダ毛が減ったとは言えない。これは技術の問題ではなく、このお客様がものすごく毛深かったから。だから申込時に22回か無制限コースを勧めた。あとで追加するよりはお得だからである。しかし予算が問題なのか、最終的に8回コースで契約をされた。
「毛が濃いことがコンプレックスで、自分を変えたいんです」
申込みのカウンセリングの時、そう言われた。全力を尽くすが、8回だと満足のいく結果にならないかもしれません、正直にそう答えた。毛深いことがコンプレックスな女性は多い。だから脱毛サロンがこれだけ流行っている。お客様の悩みの解決に一役買えるものなら、私も精いっぱい脱毛ライトという光を当てよう。
…と思ってはいたものの、8回ではやはりお客様の心を明るくできるようにまでは毛を減らせなかった。この状態では中途半端すぎる気がした。最後の施術が終わり、私はお客様に追加を勧めようと話し掛けた。
「お客さま、今回で最後になります。やはり8回だとまだ効果が出ていない箇所もあるかと思いますが…」
「…確かにそうですね」
「今、回数追加キャンペーンをやっていまして、とてもお得なんです」
「そうなんですか」
「はい。あと5回追加すると、満足のいく状態まで行けると思うのですが」
この流れで行けば、追加の申し込みをしてくれそうだとそう思った瞬間、
「結構です」
ピシャリと断られた。普段は断られる前提で声掛けしているので何とも感じないのだが、「いける」と思ったお客様に断られるとショックを感じてしまう。もしかしたら、既に他の脱毛サロンで決めていたのかもしれない。私の思いに気付いたのか、お客様が優しく言った。
「今まで本当にありがとうございました」
「お客様のお力になれなかったこと、申し訳ありません」
ついそう答えてしまった。まだコンプレックスを解消できるほどの肌ではないと思ったからだ。せめてあと2回でもあれば…何故だか悔しさがこみ上げてきた。
「わたしね、ここに通うのが楽しかったんです。ほんとうに少しずつだけど、毛が抜けていってくれて...なんだかね、脱皮して成長していってるような気持ちになれたんです。それでもまだまだ毛は減ってないですけどね」
と、いたずらっぽく笑って話してくれた。なので思い切って聞いてみた。
「どこか別のところに通われるんですか」
お客様は一瞬考えを巡らすように視線を斜め上にしてから、私を真っすぐ見て、今度は真剣な顔で言った。
「通うとすれば……料理教室ですかね」
そう言われた私はキョトンとしていたと思う。それを面白がるようにお客様は言った。
「ふふっ。実は、結婚するんです」
お見送りするとき、うなじに残る毛を眺めながら思った。
『毛は減らずとも、コンプレックスは減った』
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