専用車両は居場所がない。③両目
プシューーーー。電車のドアが閉まり、ゆっくりと動き出す。
季節は夏。車内は冷房が効いていて、僕は大きく息を吸い込んだ。すると、デパートの化粧品売り場のようなかぐわしい匂いが鼻孔に広がり、気持ちよくなっていた。しかしすぐに居心地の悪さを感じて周りを見ると、あちらこちらから僕へ向けての冷たい視線が刺さってくる。ここは、女性専用車両だったのだ。「急いで乗ったんです、だからここしか乗れなくて…」と言い訳をする代わりに、息の上がったフリをした。しかしもう遅い。「なんでここに乗っているの」「あなた男でしょ」と言われているような鋭い視線が突き刺さる。僕がかつていた時代にも電車での痴漢と冤罪は常にニュースになっていたが、今も変わっていないようである。僕はそこまで混み合っていない車内で、女性に絶対触れないように身体を出来るだけ薄くして、隣の車両に移動した。
バランスを取りながら連結部分で扉を開ける。途端、少しの熱気と湿気を感じた。冷房は効いているはずなのになぜだろう。ややゆったりめに作られたシートに、お相撲さんのように大きい男性がうちわを仰ぎながら座っていた。また、太った女性もちらほら。車内にいる人数は少ないのに、なんとも言えない圧迫感があった。車内には「BMI25over」と記されている。なるほどここはBMI値が25以上の人専用の肥満専用車両なのだ。女性専用車両のいい香りとは反対の、だけど少し嗅いでみたくなる絶妙な匂いが鼻から神経を刺激してくる。と同時に、ブルっと寒さを感じた。入った時はモワっと感があったが、しばらく滞在すると僕の身体にとっては冷房が効きすぎているようだ。そんな中でも汗をかいている肥満体の人たちの間をすり抜けて、さらに隣の車両へ急いだ。
温度もちょうどよく、臭いも特にしない。男性も女性もいる。ここは、なんだろう?とりあえず私は座った。隣の女性二人がチラッとこちらを見たが、すぐに二人で仲良くスマホに目を戻した。向かいには男性が二人。理由は分からないが二人に違和感を覚えた。なぜだろう。何かが違う、ような気がする。じっと二人を観察した。この違和感の正体を探るために。そうしていると次の駅に到着した。前の男性二人は立ち上がり、降りていった。仲良く、手をつないで。ようやくわかった。ここはLGBT専用車両だったのだ。謎が解けたのでスッキリして顔を上げると、斜め前に座った、同性の僕から見ても美形だと思う男性がジッーとこちらを見ている。目が合うとニッコリと微笑みかけてくる、一瞬吸い込まれそうな瞳。知り合いではない、と言うことは・・・。僕は慌てて目をそらし、立ち上がると、隣の女性二人が熱い抱擁の真っ最中だった。僕は下を向いて、次の車両に移動した。
次はニオイ専用車両だった。某ファーストフードのポテトの匂いが漂っている。僕はマニュアル通りに作られたあの商品が大好きだった。電車を降りたら食べに行こう、そう考えながら歩いていると、次の車両の近くでソースの香りが突然顔を出した。あぁ、粉もんも悪くないな。僕はお好み焼き派だったけれど両親はたこ焼き派だった。いつも訳の分からないものを具に入れて、「オリジナル」たこ焼きを求めて続けていた。だけど僕にとってはタコに敵う具なんてなかった。それに「オリジナル」には【独創的】って意味もあるけど、【(複製品に対して)原物】という意味もあるのだ。僕は「オリジナル」は元来のものをキチンと踏襲してからじゃないと、生み出してはいけないものだと思っている。
そして、スーツ姿の男女で混み合う車両に出くわした。間違いない、これはお仕事専用車両だ。通常、電車内での通話は禁止されているが、この車両は許されている。どうしても「今」仕事の電話をしなければいけないという仕事人間たち、特に営業職の人に重宝されている。乗客たちは競って大きな声で話しているようにも感じる。私は今、この電話で、交渉を成功させようとしています!と言わんばかりに。この騒がしさが何だかいとおしく感じた私は、ぽっかりと空いている席に腰を下ろした。もちろん仕事の電話なんてかかってこない。右側の男性はノートパソコンを開き、なにやら会議資料を作っているようだ。左側はスーツの女性。スマホを手に今にも電話しようとしている様子。するとその女性は突然、私のほうを向き、小声で「助けてください」と言った。あまりに唐突で、予想だにしないフレーズが出てきたので、一瞬何を言っているか理解できなかった。その音の響きと、その表情で、助けを求めている、いや求めているのかもしれないと漠然と把握した。私は恐る恐る「どうしたんですか」と訊ねた。しかし彼女の返事はなく、スマホを操作している。もしかして聞き間違いかとちょっと肩透かしを食らった気分になっていると、突然目の前の視界が遮られた。彼女がスマホを私の顔の前に出している。どうやら読めということらしい。新手の宗教勧誘か?しょうがないので、読み始めた。
「・・・・・」
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