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あの子はあに子③「ニート」
あに子はぼんやり考えた。
「会社、辞めようかな・・・」
少し前に唯一の同期だった美奈代が辞めた。彼女は結婚しようと考えている相手がいる。両親との顔合わせ、ふたりで住む家、入籍や式のこと、なにも決まっていないけれど、このままの流れで行くと、大方結婚する方向になると言う。そんな曖昧な決め事だったのか、結婚というものは。30代も半ばを過ぎると結婚なんてものは、紙面上の契約であって、ロマンスではないと、美奈代は言った。ただ安定のためだけに結ぶ契り。一生一人でいるよりも少しでも安定が得られるならそれでいいと、結婚に多くのことを求めていない。”若干の優位性”だけで結婚を決め、さらに仕事も辞めることができる意思をあに子は理解できなかった。
しかし美奈代は世で言う「寿退社」の体を取らなかった。会社には「一身上の都合」で通し、誰もその事実を知らない。退職の日も淡々と片付けをし、最小限の挨拶をし、会釈程度の浅いお辞儀をして去っていった。もしかしたら、結婚が一番の理由ではなく、ただ会社を辞めたかっただけなのかもしれない。空のままの美奈代のデスクを眺めながら、あに子は、誰かが何かの行動を起こすのに、理由なんていらないのかもしれないと思った。辞めたいから辞める、結婚したいから結婚する、心臓が動くから生きている、ただそれだけのことだ。
特に何が嫌ということでもない。もちろん嫌なことを挙げたらキリはない。ただ人生そんなものだろう。生きることに飽きたのかもしれない。人が生きていくためにはやらないといけないことも考えなければならないことも多すぎる。人生も折り返しに差し掛かり、一旦空っぽになってもいいかもと思った。いや、そもそも私と言う人間が満たされている容器かと言われると自信はないのだが。
もし会社を辞めたら、何をしよう。正直、何もしたくはない。ということは、俗にいうニートになるのか。ニートという言葉は意味のわりにはカッコが良すぎる。Ne-Yo(ニーヨ)にもneed(ニード)にも聞こえるし、英語なのか和製英語なのかはたまた他の言語なのか、本来の語源すら知らない。あに子はスマホでニートを検索した。
ニート(イギリス英語: Not in Education, Employment or Training, NEET)は、就学・就労していない、また職業訓練も受けていない若者(15-29歳)を意味する用語である。
「ニートにも年齢制限があるわけ??」
あに子は驚きを隠せなかった。他のサイトを検索してみると、34歳以下と定義しているものもあったが、どちらにせよあに子は範囲外である。ニートは誰に対しても平等に両手を広げて待ってくれているわけではなかった。
「若者じゃなきゃニートにすらなれない」
わたしが辞めたら、ただの無職。そもそも、Not in Education, Employment or Training、でNEET。カッコ良すぎやしないか。なれないと分かると尚更なりたい。手に入れられない男を求めるのと同じ心理が働く。どうしてもニートになりたい。でもなれない。あに子は悶々とした。
とりあえず風呂入って、缶ビールを飲んで、ベッドに身体を沈める。
すると、
「新しい仕事が決まったよ」
美奈代からLINEが来た。
ニートになれないなら働くしかない、あに子はクマが親指を立てたスタンプを送って、そのまま目を閉じた。
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