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大人の自由研究

もうすぐ夏休みが終わる。

 大人になると、1ヶ月以上の長い期間の夏休みをもらえるはずもなく、夏場にあるいつもの休日が「夏休み」。それでも夏らしいことがしたいと、普段と同じ休みの日に、普段行かない海や山に行ったり、普段やらないBBQをしたりしてはしゃいじゃうもんだから、当然次の日にガタが来る。8月も終わりに近付いたこの時期は、蓄積された暑さによる疲労と、慣れないことをしたがために起きる身体の違和感と、この二つを抱えて、ひたすら秋が訪れるのを待ち焦がれるのが大人だ。

 子供だった頃の今と言えば、夏休みの宿題に取り組んでいた。私は最後に一気にやるタイプではなかったが、自由研究だけはいつも最後になっていた。それはサボっていたからではなく、「取っておいた」という認識が正しい。自分の中で、自由研究は夏休みの最後にやるものだと決めていた。最後にやるものなので、「1ヶ月間○○を観察をしました」という自由研究は無理、よって「○○を作る」に集中していた。何年生の頃か定かではないが、割り箸を組み立てたロッジ風の家、型紙から起こして縫い上げたテディベアを作ったことを覚えている。今のようにインターネットで調べて、ダウンロードして、なんて出来ないから、本を読んでみたり、親に聞いてみたり、作るに当たってそれなりの研究はしたはずだ、覚えてないけど。
 
 私は元々作ることが好きだった。手芸用品店でフェルトや糸を買ってきて、お菓子のミニチュアやキャラクターの人形を作ってクラスメイトと物々交換をしていた。交換するのは主に文房具。例えば、ねりけしやロケット鉛筆、消しゴム付キャップ、という、涙が出るくらい懐かしいものばかり。しかもただ交換するわけではなく、一旦手作り貨幣に換金して、私のお手製アイテムを買ってもらうというシステムだった。とは言え、換金率は私のさじ加減であったが。お客さんは男の子も女の子もいて、あれ作ってほしいとリクエストなども受け付けて、よく繁盛した。皆がたくさん換金しにやってくるので、私は文房具長者のようになっていた。今思うと、なかなかの商人だった。しかし私は文房具が欲しかったわけではない。黙々とフェルトを縫い上げて作った自分の作品を、友達に喜んでもらうことがモチベーションだった。

 そんな私の一番思い出に残っている自由研究で作ったものは「扇風機」である。卓上に置けるサイズで、高さ30cmほどの超コンパクト型。なぜ作ろうと思ったかは覚えていないが、どうやって作ったかは思い出せた。当時、ミニ四駆が流行っていて、兄の影響もあって私も作っていた。ボディを極限まで軽くしたり、モーターを変えたり、少し改造できるくらいのレベルだった。そのミニ四駆のモーターを扇風機に導入したのだ。構造はいたってシンプル。モーターの軸の部分に手作りの羽根を接着し、モーターからビニール線をつないで、電池に接続する。ボディは段ボールで作ったボックス型、もちろん羽根のカバーも付いていて、見た目は扇風機そのものだった。
 ただ難しかったのがスイッチ部分。小さめの化粧瓶の蓋をスイッチとして、そこにバネと片方の線をくっつけ、押すことで下の線と接触し、オンになる仕組みにした。そこまではうまく行ったのだが、バネは戻るのでずっと押していないと扇風機が動かない。オンの状態をどうやって保つか、またオンからどうやってオフにするか、ここが解決できないでいた。あらゆるスイッチを観察し、解明しようと悩み続けたが、答えが出ないまま時は流れ、夏休み最終日となった。
 
 私の出した答えは・・・「引っかける」。スイッチを押すために開けてある穴の縁にクイっと引っかけることで、オンの状態は続く。そして、引っかけているスイッチを指でグイっと元に戻してあげることで、オフになる。三回に一回はスイッチが奥に入り込んでしまうため、開けて取り出してあげないといけないという、ちょっと手のかかる扇風機が完成した。

 始業式の日。その扇風機を大切に大切に持って行った。なにしろ精密機械である。ちょっとした振動や刺激で何が起こるか分からない。提出するまでが自由研究なのだ。私の学校は夏休みの自由研究を体育館に展示することになっていて、1週間くらいはみんなの作品を見ることが出来た。大人も手伝ったであろう超大作もあれば、時間をかけてコツコツ研究してまとめた冊子、芸術レベルの高い彫刻・絵画などバラエティに富んだ作品が並ぶ一方で、これは1日で作っただろうと思われる手抜き作品もあって面白かった。私は人の作品を見ると同時に、自分の作品がきちんと機能しているかが心配で仕方なかった。スイッチがめり込んでいないか、押したらちゃんと動くか、ことあるごとに見に行って確認していた。完成度やレベルはどのように評価されたかは分からないが、手が掛かる子ほど可愛いとはよく言ったもので、いつの間にかとても愛着のある作品になっていた。

 ふと、スイッチの仕組みを確かめようと家にある家電製品を見てみたが、昔の扇風機やテレビについていた、カチッと音がして、一段低くなるタイプのスイッチは、もうなかった。だが今はインターネットがある。調べてみると、それはプッシュスイッチのオルタネイト動作というようで、私が作った押している間しかオンにならないタイプのものは、モーメンタリ動作というそうだ。オルタネイト動作はノック式ボールペンと仕組みが似ているので、そのことに当時気付けていたら、ボールペンを組み込んだオン・オフ可能なスイッチが作れていたかもしれない。

 この歳になって、20年以上前の小学校の自由研究を思い出してみると、また新しい発見や気付きに出会うことができた。もしかすると自由研究は、大人になってから振り返ってもう一度勉強するための夏休みの課題だったのかもしれない。


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