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同窓会③

続きものです。こちらからお読みください。
同窓会①
同窓会②

 その、得体の知れない同級生と目を合わせないようにして、私は参加している他の同級生の顔ぶれを確認した。そうすることで、この居心地の悪い場所から逃れられるような気がした。
 5名ずつが対面して座っている長テーブル。亜沙美が一番入口から遠い席に座っていた。亜沙美はちょうどはす向かい、入口近くに座る幹事ゆいの目の前にいる女性に自然と目が行った。それは彼女がとても美人だったからだ。そして亜沙美はその美人な同級生との思い出の糸をゆっくりと手繰り寄せた。

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 本田叶恵はクラス一美人だった。それはクラスで一番もてるというのとは意味合いが違う。男が言う「可愛い」は当てにならないし、女子が言う「綺麗」も素直に受け取るべきではない。ただ、亜沙美の「クラスを客観的に見て順位をつける」能力で判断した上で、『クラス一の美人』に選ばれたのである。と同時に叶恵は『亜沙美のクラス一嫌いな女子』にも選ばれているのである。もちろんそんな事実を叶恵は知る由もない。毎日数人の中の中、もしくは中の下レベルの女子生徒に囲まれながら、つまらない話にも笑顔を絶やさず、授業もきちんと聞き、優等生であり続けた。他校の男子からの告白を断ったという噂は定期購読の新聞のように規則的に配布された。

 非の打ち所のない美人なクラスメイト。

 亜沙美は彼女が完璧だから嫌いだったわけではない。むしろその完璧さは緻密に作られた設計図のようで神々しくさえ感じていた。彼女の笑顔は誰にでも平等に与えられ、与えられた者にはつかの間の幸福を味わうことができた、例えそれが教室の片隅で全ての生物を敵だと思っているような亜沙美にでさえも。しかし、ある出来事を境に、その感情は消え去った。

 その日はとても寒かった。冷たい風がナイフのように肌を突き刺し、じっとしていたら身体の外側から少しずつ凍って、いずれ氷の彫刻になってしまいそうな夕方。そんな寒い寒い屋上で一人、放課後のグラウンドを眺めるのが亜沙美の日課だった。亜沙美は部活に所属していない、所謂「帰宅部」で、塾や習い事も全くしていなかった。無意識に「人を見る」練習をしていたのかもしれない。
 陸上部が50mを流し始め、テニス部がサーブ練習をしているそんな時だった。屋上のドアの向こうから声が聞こえた。亜沙美はドアに近づき、耳をそばだてた。泣き声と懇願する声が聞こえた。

『できない…私できないよ……』

「ひゃっ……」

 その時、亜沙美は耳が少しだけ鉄のドアに触れて、あまりの冷たさに声を上げてしまった。しかしドアの向こうの人物には聞こえていなかったらしく、ドアが開かれる気配はなかった。引き続き、一人は泣いていた。もう一人の声は一切しなかった。亜沙美には泣き声の主が分かっていた。
 クラスで一番成績の良い高畑早知。彼女はクラスで一番目立つグループに属していた。早知はいつも成績が一番なのにガリ勉タイプではなく、ビジュアル的には中の上くらいで、偉そうにすることもなく、いつも明るくて元気だ。それが目立つグループに籍を置ける理由だと亜沙美は分析していた。しかしなぜそんな早知が、何者かの手によって、泣かされているだろう。何かを強要されているだろう。

 『明日までにお願いね、早知』

 もう一人の女子が早知にそう言って、階段を降りて行った。いや正確には、階段を降りる足音が聞こえた。早知はその場を動かない。いや正確には動いた音がしない。亜沙美は何の躊躇いもなくドアを開けた。早知を心配したのではない、寒かったのだ。凍えるほど寒くて、もう外にいられなかったのだ。ドアを開けると当然、そこには早知がいた。泣いてはいなかったが、目は赤くなり、鼻を啜っていた。

「……白鳥さん」

 早知は驚いていた。何故あなたがここにいるの?今の話聞いていたの?と彼女の顔にハッキリと書いてあった。しかし、亜沙美はその答えを投げ返すより以前に、クラスメイトに自分の名前を呼ばれたのはいつぶりかな、とぼんやり考えていた。亜沙美の名字は「白鳥」、そして「亜沙美」と呼ばれたことは一度もなかった。

「いつからいた?」

 早知は今度は言葉に出して聞いた。その質問にはいろんな意味が含まれている。亜沙美はその全てを理解した上でこう答えた。

「誰にも言わないよ」

「言ってもいいよ、たぶん」

 亜沙美は早知の発した言葉の意味がよく分からなかった。そのことを満足したように早知は少しだけ笑って階段を降りて行った。その日から亜沙美は早知を自然と目で追うようになっていた。

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 そう言えば。

 亜沙美はふと我に返り、早知の姿を探した。だが、今日は来ていないようだった。そりゃ20年も経てば、結婚もし、子どももいるだろう。地元を離れていて、もしかして海外に行っている可能性だってあるのだ。ここに、あの時の同級生が10人でも揃っていることは、奇跡的なことではないだろうか、とさえ思った亜沙美は、これだけの同級生を呼び寄せたゆいを少しだけ尊敬した。

続く。


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