生きるを考える
それは、仕事中に社内の人にメールを送ろうとした時。
いつも名前を打つとメールアドレスが自動変換されるのに、何度打ち直しても「検索結果がありません」となる。
ご結婚されて名前が変わったのか?
なんて思い、社内向けのサイトで検索してみた。
すると、社長からのお知らせページに掲載があった。
『佐藤さん(仮名)は、9月5日に逝去されました。』
その言葉に続いて、亡くなった経緯や、今までどれだけ会社に貢献されてきたかが綴られていた。
私自身、その方との接点は殆どなかったが、驚きが隠せなかった。
持病なのか、突発的なものか等の詳細は記載されていなかったが、予期せぬ死だったらしい。
人が死ぬ時はあっけない、
そう思った。
どれだけ頑張ってきても、逆に、何もしてこなくても、人が死ぬときは一瞬であっけないな、と。
個人的な話をすると、
初めて死を目の当たりにしたのが、小学5年生の頃。
肺癌を患っていた母方の祖父の死。
それに続き翌年、
脳梗塞を患っていた父方の祖父の死。
病気だったので、予期せぬものではなかった。
しかし、昨日まで生きていた人がもう動かない、という現実に、小学生ながら大きな喪失感を覚えた。
そして同時に、生きることのありがたさを学んだ。
歳を重ねるにつれて、やりたいことがあっても、お金がかかるから、タイミングがあるから、なんて言い訳してしまうことが増えた気がする。
しかし今回の件をきっかけに、もう一度、「今生きること」に向き合おうと思う。
したいことをして、上手くいけば万々歳、もし上手くいかなくてもその時考えればいいと、その時その時を楽しむ生き方をしたいと思う。
ふと、そんなことを思い、この気持ちを忘れないよう、ここに残しておきたい。
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