最後の夏休み
「あと30分だよ。渦潮小さくなっちゃう」カーナビの到着予定時刻は、10分もオーバーしている。
「分かってる」
大迫力の鳴門の渦潮が見たい。
だが渦潮の出現する満潮のベストタイムには間に合わないかもしれない。
時速100〜110キロで追い越し車線を走行中。
ドライバーは彼。
iPhoneのBGMプレイリストは底をつき、お互い緊張により口数が減っている。
昼間の山道で通行止めにあたり、訳のわからない道をグルグルしたせいだ。レンタカーは最新のカーナビではなかった。格安プランだから文句は言えない。
グルグルしている間、細い道に入り、Uターンしようとした際ガードレールに擦ったのもタイムロス。
四国を巡る旅は、時給900円のアルバイトをやりくりして半年間待ち望んでいたことだった。夏と冬に国内旅行をするのが、絶景好きな私達の定番だ。いつもと違うのは、大学最後の旅行ということだった。春から遠距離恋愛になる。2人なら大丈夫だと思いつつも不安は拭えない。最後の思い出になる覚悟を決めていた。
「ガソリンもつかな」既にメーターはガソリンマークを下回っていた。軽自動車はアクセルを踏むたび悲鳴を上げている。
「クーラー切って節約しよう」
窓を半分開け、ゴウゴウと騒音が響く。生ぬるい風が一気に車内を満たす。
あと20分。鳴門市を指す標識が見え始めた。到着予定時刻は、2分短縮した。
足がソワソワする。
あぁ、どこでもドアが欲しい。ドラえもんは何世紀になれば現れるのだろう。
フラッシュが光った。
心臓の奥が飛び跳ねる。
「今のって…」
「いや、まだ分からない」
私達の車より速い車はいない。
遠くからサイレンが近づいている。
なんて運が悪い日なんだ。
パトカーが私達の車を追い越し、すぐ前を走る。
「次のパーキングで止まってください」くぐもった声は、やたら大きく聞こえた。
時速80キロに落としパトカーに続いた。
「免許証見せて。これ、書いて」
私は居心地が悪く顔を伏せた。
彼は冷静に書類にペンを走らせる。
さり気なく時計を確認する。渦潮のベストタイムまであと15分。到着予定時刻は、再びオーバーしている。
絶望的だ。
「この道路、国道なんだよね。高速道路じゃないから80キロ規制、見なかった?」活きのいい声。私達と年齢はさほど離れていないはずだ。
「高速道路だと思ってました」
「減点ね。これからは気をつけて」取り締まった事への達成感が滲んでいる気がした。
「…すみません」謝ることないのに、と小さくむくれた。彼は喧嘩の時もすぐ謝る人だった。
パトカーが去り、無言でガソリンスタンドに寄る。
あと10分。
「ごめんな…渦潮、どうしようか」
「諦めたらそこで終了でしょ!あ、タケコプターも時速80キロらしいよ」
「意外と速いんだ」彼に笑顔が戻った。
クーラーを付け、なるべく爽快なBGMを流した。
鳴門海峡にかかる橋、遊歩道のガラス床の真下では青い海が踊っていた。
「すごい!近い!」サメでもいるんじゃないかと甲高い声で興奮した。「渦潮…どれだろう」
「小さいのはありそうだけどな」目を凝らしたが、渦潮らしきものは無い。
「あぁ…最初で最後の渦潮だったのに…」
「就職したら、また来よう。しかも格安プランじゃなくて、海の見えるスイートルームに泊まろう」
「就職して忙しくなっても、私達大丈夫かな?」
「大丈夫だよ」彼は呑気に笑った。彼が大丈夫だと言えば大丈夫な気がしてしまう、その笑顔がお気に入りだった。
太陽が傾き、閉店のアナウンスが流れた。
「夜、鍋焼きうどんだったよね」急いだために昼食を取り損ねていた。予定していた鍋焼きうどんを思い出した途端に空腹感が襲ってきた。
「そうだ。でもまた間に合わないかも…いや、行ってみよう」
「うん。一応電話も」
お目当ては、おばあさんが1人で営む鍋焼きうどんのお店。地元の人に愛されているらしい。食べログの評価ではなく、とあるブログで見つけた。
「もしもし、すみません、閉店時間ギリギリになってしまいそうなのですが…」
「あらあら、そうかい。東京からかい?」
「はい。彼とずっと、楽しみにしてました」
「いいよ。二人分ね。取っといてやるからおいで」
「…ありがとうございます!」おばあさんの人情にほっこりした。
時速80キロで高速道路を走行中。
ドライバーは彼。
早めにライトを点灯する。
ニンマリしながら彼の手を握る。
彼もニンマリしながら握り返す。
友だちによると、私達の笑った顔が似てきたようだ。
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