お義母さんのヨーグルト
「和樹んちって、いつもこんな感じの朝ご飯なの?」洗濯物を干すお義母さんの目を盗んで尋ねた。
彼は頷き「母ちゃんは料理が趣味なんだよ」とトーストを頬張る。
トースト、目玉焼き、ヨーグルト、ベーコン、杏仁豆腐、なんという料理名か分からない温野菜…目の前に広がる『the朝食』の数々に心が落ち着かない。お花の添えた食卓、どれも可愛らしいこだわりのお皿。料理をしない母親の元で育っていた私は緊張した。結婚したら、毎朝これだけ用意しなければならない。
「杏仁豆腐は手作りなの」お義母さんは洗濯カゴを抱えて微笑みながら近付いた。
「素晴らしいですね」愛想笑いを浮かべた。私は杏仁豆腐が苦手だ。「ヨーグルトが美味しいです。ブルーベリージャムがちょうど良い甘さで」ブルーベリーのヨーグルトはスーパーでも売っているが、何でわざわざ分けているんだろうと疑問に思った。
「ジャムも手作りなの。昨日はよく眠れた?」お義母さんは目の前の椅子に腰を下ろした。
「はい、お布団ありがとうございました」
「今日は…帰っちゃうのよね。もう一泊していってもいいのに。何時の新幹線なの?」
「13時です」
「あら、すぐじゃない。来月私がお父さんと東京行ったら、桃さんも一緒に案内してね。いただいたハンドクリームも嬉しかった」手土産で渡したローズの香りの有名なハンドクリーム。東京限定品らしく、勿体ないと言いつつも昨晩からこまめに塗っている。「和樹仕事で帰りが遅いから、夕ご飯の支度大変でしょう」
「いえ、お義母さんのようには、何品も作れてないんです…」
半同棲して半年。最初は『彼に振る舞う料理 簡単 おしゃれ』なんて奮闘していたが3回も続かなかった。これまでの食事はハンバーグ、肉じゃが、カレーライス、カレーうどん…栄養よりも時短で簡単なものばかりだった。大切な人のために作らなくては、とは思うのだが、お弁当かお惣菜で済ませることも多い。「桃も忙しいんだし適当でいいよ」という彼の言葉に甘えている。朝ご飯もいつもカフェラテとバターロールだけだ。
「ごちそうさま。案内したい所あるからもう出るね」和樹が気を利かせて切り上げてくれた。
お義母さん達は来月は3泊する予定らしく、東京に帰ってから『簡単 レシピ』『献立 1週間』と手当たり次第に検索している。しかしレシピを見ても、計りを使って数字通りに作るのが面倒になる。みそ汁は具が多くてそれだけで満腹になる。チャーハンは野菜が大きすぎて歯ごたえが悪い。ポテトサラダもベチャベチャだ。見栄えが悪いので、ハート型にくり抜いた。
お義母さんが来るまで残り3日となっていよいよ降参した。
『お義母さん、すみません。私は料理が苦手です』焦げた固焼きそばの写真を添付して送った。
返事はすぐに来た。東京で私がみっちり教えてあげる、なんて来たら嫌だなぁ…とため息混じりに開く。
『いいのよ。楽しみながらやれば!』
シンプルな返事に拍子抜けした。
いいのよ…その一言で心が軽くなった。無理しなくてもいい。頑張らなくてもいい。苦手意識のあったお義母さんを、少し近くに感じられた。
私はあの朝のヨーグルトを思い出した。無糖ヨーグルトにブルーベリージャム。これならすぐに出来る。ピークを過ぎたスーパーは、人も品数も減っていた。4つセットの無糖ヨーグルトとジャムを買った。可愛いお皿に分けるのは面倒なので、直接ジャムを混ぜて食べた。スッキリした味。ジャムを変えれば毎朝健康のために食べ続けることもできる。近所のクッキー屋さんに行けば、苺とマーマレードとブルーベリーが小瓶に入ってセットになっていたはずだ。果肉入りで美味しいだろう。
お義母さんにジャムを分けてもらうのもいいかもしれない。
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