【修論公開】「哲学対話のケア的側面をスキーマ療法で分析する」③
この記事は、2020年度にまりんが修士号(学術)を取得した際に、所属の哲学の大学院に提出した修士論文をいくつかに分けて公開したものです。
この修士論文は哲学対話になぜ人が集まるのかを哲学対話のケア的側面に注目して心理療法を用いて、実際にどのようなケア的要素があるのかを示したものです。
当初の目標は、哲学対話(また、すべてのグループ活動)を運営する人々がどのように運営・企画すれば、より安全に哲学対話を開催できるのかを示そうとしていました。私は、スキーマ療法の中心的概念を理解することで哲学対話をより安全なものにする訓練ができると思いました。
哲学対話について、いろいろな書籍が出ており、その中でも哲学対話の安全性の維持のためにさまざまな工夫が紹介されています。しかし、これまでの書籍では心理療法の技法を応用した安全性の維持は語られてきませんでした。
スキーマ療法は、トラウマ治療に特化した心理療法です。そして、哲学対話に参加する人にはさまざまなバックグラウンドがあり、大なり小なり、参加者はトラウマを抱えているものと思われます。
私は、もう何年も前に、鬱がひどく、哲学対話のほとんどのテーマでなにかしらのフラッシュバックや身体症状(具体的にはパニック発作)を起こして、途中退室をしていました。
その当時参加していた哲学対話は、哲学対話のファシリテーターを要請することを目的とした大学の授業で、教育学科の学生たちが哲学対話を1から企画して毎週、哲学対話の実践と反省会を行うものでした。
その授業の中で、私は「この教育学科の人たちは、この場にトラウマによる精神症状や身体発作を持っている人がいるなんて考えてもいないのだろう。何の予告もなしに、死について、安楽死について、友達について、家族について、衝撃的な映像の利用などをしている。私だけが、この場でこのテーマに過剰反応している」と思っていました。
毎回の授業で、過呼吸を起こしかけて、急いで途中退室をして、哲学対話の実践が時間が終わるまで、一番人気の少ないくらい階段に座って、安定剤を飲んで、反省会の時間が来るのを待っていました。
反省会の時間が来るまでに体調が回復していようがしていまいが、私は反省会の時間にかならず教室に戻って、その哲学対話の運営を企画した学生に、「私がなぜ退室したのか」「なにがつらかったのか」「どうしてほしかったか」を伝え続けました。
この修士論文は、そのような経験から書かれています。
哲学対話に参加したいけれど、哲学対話の最中にさまざまな自己内トラブルに遭遇してしまってつらい思いをしている人はほかにもいると確信していました。それと同時に、そういう人たちが「うまく」哲学対話に参加できれば、大きな心の支えを手に入れられることも確信していました。
この修士論文は、そういう私のような人たちが安全に哲学対話を楽しむために、哲学対話の運営・企画者になにができるのか、参加する人はどのような態度で参加すると身を守れるのかを示したかった論文です。
論文の目標は達成できず、中途半端な出来になってしまいました。しかし、哲学対話に関する、人々の見方を変化させることはできるだろうと思っています。そう思うから、全員に向けて公開しようと思いました。
以下、修士論文「哲学対話のケア的側面をスキーマ療法で分析する」です。
※本noteの著作権はすべて「まりん」に所属します。公開された修士論文の内容を少しでも参考にする場合は必ず、私に許可を取ってください。そして、参考元として、私のnoteを提示することを約束してください。
「哲学対話のケア的側面をスキーマ療法で分析する」③
第4節:スキーマ療法には種類がある
スキーマ療法は日本ではかぎられた種類のものしか採用されていない。しかし、海外では、人数やセラピストの有無で3種類のスキーマ療法が行われている。また、スキーマ療法で何を重視して治療を行うかによって主流なものが2つ、研究段階のものが1つある。第2部で哲学対話の分析をするときに重視するスキーマ療法の種類をここで説明する。
第1項:クライアントとセラピストの特徴で分ける
スキーマ療法のスタイルは大きく4種類にわけられる。
①セラピストのいる個人スキーマ療法(図式④)
②セラピストのいるグループスキーマ療法(図式⑤)
③セラピストのいない個人スキーマ療法(=セルフスキーマ療法 図式⑥)
④セラピストのいないグループスキーマ療法(=ピアスキーマ療法 図式⑦)
スキーマ療法はスキーマ療法に関する知識を勉強すること(心理教育/教育のフェーズ)以外にスキーマ療法を体験する(治療的介入的ワーク/変化のフェーズ)ということが治療において重要になる。スキーマ療法を体験するということを簡単に説明すると下のような図式になる。しかし、下の図式はスキーマ療法の知識がないと理解しにくいかもしれない。そこで、下の図式を感覚的に理解できない人は先に第1部の第2章で専門用語を確認してほしい。
スキーマ療法体験の図式①
「自分の中のチャイルドの声を解放する」
+
「自分の中のチャイルドの声を受け止める」
| |
「自分の中のチャイルドが満たされる」
これは非常に簡単に表現したものなので、きちんと理解しようとするといろいろな足りない情報がある。たとえば、図式①には目的語と述語となる動詞はあるが、主語がない。そこで、ここに主語を追加する。
スキーマ療法体験の図式②
「[話し手]が自分の中のチャイルドの声を解放する」
+
「[聞き手]が相手の中のチャイルドの声を受け止める」
| |
「[話し手]の中のチャイルドが満たされる」
これで、主語と目的語と述語の文章上の関係がはっきりした。けれども、この図式には比喩や読む人の想像力を必要とする表現がたくさん使われている。たとえば、「声」「解放」「受け止める」「満たされる」である。そこで、図式③では、このような表現をやめて、直接的な言葉を使っていく。
スキーマ療法体験の図式③
「[話し手]が自分の中のチャイルドの[感情や欲求]を[認識して表現]する」
+
「[聞き手]が相手の中のチャイルドの[感情や欲求]を[認めて共感]する」
| |
「[話し手]の中のチャイルドの[不満が減る/無くなる]」
これが、「スキーマ療法を体験する」ということの骨組みである。
これから、ここに肉をつけていく作業をする。つまり、図式③の[話し手]と[聞き手]のところにスキーマ療法の分類(個人スキーマ療法 /グループスキーマ療法 /セルフスキーマ療法 /ピアスキーマ療法)ごとに適切な[人]を配置していく。
図式④:個人スキーマ療法
「[相談者]が自分の中のチャイルドの声を解放する」
+
「[心理士]が相手の中のチャイルドの声を受け止める」
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「[相談者]の中のチャイルドが満たされる」
図式⑤:グループスキーマ療法
「[メンバーのひとり]が自分の中のチャイルドの声を解放する」
+
「[心理士と他のメンバーたち]が相手の中のチャイルドの声を受け止める」
| |
「[メンバーのひとりと他のメンバーたち]の中のチャイルドが満たされる」
図式⑥:セルフスキーマ療法
「[問題を抱える自分]が自分の中のチャイルドの声を解放する」
+
「[より冷静な自分]が自分の中のチャイルドの声を受け止める」
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「[問題を抱える自分]の中のチャイルドが満たされる」
図式⑦:ピアスキーマ療法
「[メンバーのひとり]が自分の中のチャイルドの声を解放する」
+
「[他のメンバーたち]が相手の中のチャイルドの声を受け止める」
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「[メンバーのひとりと他のメンバーたち]の中のチャイルドが満たされる」
このように図式化するとそれぞれの分類で誰が何をしているのかがわかりやすくなる。セルフスキーマ療法(図式6)ではスキーマ療法をすべて「内なる自分」で行う。一方、ピアスキーマ療法(図式7)ではスキーマ療法をすべてメンバーたちで行う。
個人スキーマ療法(図式4)/セルフスキーマ療法(図式6)とグループスキーマ療法(図式5)/ピアスキーマ療法(図式7)の個人とグループを比較したときのグループの明確なメリットは、あるメンバーの声を受け止めると、そのメンバーだけでなく他のメンバーのチャイルドも満たすことができるという点にある。また、個人スキーマ療法/グループスキーマ療法とセルフスキーマ療法/ピアスキーマ療法というセラピストの有無で比較したとき、後者のデメリットは、専門家である心理士の助言を得られないという点にある。そして、専門家であるセラピストがいないセルフスキーマ療法とピアスキーマ療法を比較したとき、セルフスキーマ療法のデメリットは、すべてを自分ひとりでやるしかないという点で、ピアスキーマ療法のメリットは、メンバー同士でいろいろな役割を分担することができるという点である。
現在の日本に存在するのは、個人スキーマ療法とセルフスキーマ療法である。ピアスキーマ療法は私が設立したピアスキーマ療法のLINEグループのみで実施されている。海外ではグループスキーマ療法も行われている。注意してほしいのは、この修士論文ではそれぞれのスキーマ療法の特徴を詳しく掘りさげて説明することはないという点である。この修士論文でその点を扱うと、あまりに長い文章になりすぎてしまうため必要最低限の説明にとどめる。
哲学対話の分析に適しているスキーマ療法の種類はグループスキーマ療法である。複数人で行う対話活動の中で自己理解が深まっていくという点がスキーマ療法と哲学対話のどちらもに共通しているからである。
第2項:スキーマ療法の進め方で分ける
スキーマ療法には、スキーマ療法の中に登場する重要なポイントにあわせて3種類のやり方がある。「オリジナル・アプローチ」「モード・アプローチ」「中核的感情欲求・アプローチ」である。これらはそれぞれ①スキーマ ②モード ③中核的感情欲求 に注目したやり方になっている。
オリジナル・アプローチ
「オリジナル・アプローチ」はスキーマ療法を開発したヤングが最初に開発したやり方である。オリジナル・アプローチはクライアントの持っているスキーマに注目して、スキーマを改善させることで治療を目指す。オリジナル・アプローチの進め方を大きく分けると「スキーマについて教育する段階」と「スキーマを変える段階」に分けられる。
スキーマを教育する段階では、6個の目標がある。
①問題となっている人生や生活のパターンを発見する。
②早期不適応的スキーマがどのようにして生まれたかを理解するために、非常に細かく生育歴の聞き取りをする。
③クライアントが自分の持っているスキーマについてどのように対処(コーピング)してきたかを発見する。
④生まれ持った性質について調査と聞き取りをし、説明する。
⑤クライアントの持っている早期不適応的スキーマを(わざと)刺激する。
⑥①‐⑤のすべてをあわせた概念図をつくる。
①問題となっている人生や生活のパターンを発見する
これは、要は「主訴」と呼ばれるもの。
「抑うつ」「過剰飲酒」「対人問題」「仕事が達成できない」などよくカウンセリングの主訴として登場するものである。
ポイントは、スキーマと関連付けて理解できるように主訴を理解すること。
だから「対人問題」という主訴はこれだけでは、どんなスキーマのせいなのか判断できない。対人問題の中にはいろんなパターンがあるからだ。
1)人と親密になりたいのに、怖くて避けてしまう
2)自分にとってよくないと思われる相手とばかり交際してしまうし、別れられない
3)人に対して暴力をふるってしまう
4)相手を見下してしまうせいで、人に好かれない
このように、具体的にどんな対人問題なのかを把握する必要がある。
(これらの問題がどのようなスキーマにかかわっているかの説明は長くなるので省略)
②早期不適応的スキーマがどのようにして生まれたかを理解するために、非常に細かく生育歴の聞き取りをする。
これは、①の主訴がスキーマによるものなのか現在の環境によるものなのかを見極めるために行う。聞き取りの結果、スキーマに関連しそうだと判断できたとき、③に進むことになる。聞き取りのポイントは4つある。。
1)可能な限り人生全体について、特に幼少期の体験について聞き取る。
2)幼少期にトラウマになるような体験があるかを聞き取る。
3)トラウマ的な体験があったとき、クライアントがそのときにどのように感じていたのか、どんな行動をしたのか、詳細に聞き取る。
4)3)で得られたトラウマへの感情や行動は成長過程の中の他の人間関係でも生じていたものなのかを聞き取る。
要するに、幼少期から現在までのトラウマの掘り起こし作業である。
この聞き取りで、2)の段階でトラウマがあるとき、①の主訴にスキーマが関連していると判断して(つまり、トラウマ体験によってスキーマが生まれたと判断して)、③のための準備として3)と4)の聞き取りを行う。また、聞き取り以外にも「質問紙」を使って、どんな体験をしてきたのかアンケート形式で答えてもらうという方法もある。
③クライアントが自分の持っているスキーマについてどのように対処(コーピング)してきたかを発見する。
②の聞き取りで3)と4)を行うことで、クライアントが自分の持っているスキーマに対してどのような対処(コーピング)をして、これまで生きてきたかがわかる。
具体例3)について
・母親は母親自身が愛情に飢えていて、そのせいで子どもであるクライアントに愛情を向けることができていなかった。
・父親は母親に対して殴るなどの身体的な暴力を頻繁に行っていて、クライアントはいつも父親の某量から母親を守る役割になっていた。
・父親はいつも怒っていて、母親はいつもそれに怯えている。母親は子どもであるクライアントにいつも精神的に依存していて、話を聞いてもらいたがっていたし、クライアントはいつもそれに応じていた。
具体例4)について
・今交際している男性は、身体的な暴力はないが、クライアントに対して見下すような態度をしてくるけれど、それは当然のことだと思っている。
・いつか今交際している男性も父親のように暴力をふるうようになるだろうと思ってしまう。
・そうなったら、母親が父親に愛されていなかったように、自分も交際相手に愛されていないのだと感じると思う。
・だけど、私はどうしたらいいかわからないから、別れることができなくなると思う。
このような具体例から、このクライアントが「暴力には従う」「愛されていなくても別れない」はなどの対処法を身に着けていることがわかる。この聞き取りによって、クライアントがスキーマを形成するようなトラウマ体験とそれに似た体験に対してどのように対処(コーピング)してきたのかを見つけることができる。
④生まれ持った性質について調査と聞き取りをし、説明する。
スキーマはトラウマ体験によって作られることもあるけれど、生まれ持った性質によって作られることもある。生まれ持った性質のせいで、普通のことがトラウマ体験になってしまうこともある。発達障害や身体的欠損などがその例になる。
・破滅的な家庭でなかったとしても、こどもが発達障害であることを知らないまま子育てをしていたら、普通の子育てをしていたつもりが、子どもにとっては苦痛の連続になっていた、ということがありえる。
・発達障害の特性のせいで忘れ物やミスが多く、「失敗体験」が多いとそのことを周囲の大人から注意されて落ち込む体験が多くなる。
・身体的欠損があれば、他の友達が普通にできていることが自分にはできないものであるという体験を繰り返すことになる。
このような生まれ持った性質のせいで、「ダメ人間スキーマ」や「孤独な私スキーマ」みたいなものが作られることがある、という説明をクライアントに行うというのが④である。
⑤クライアントの持っている早期不適応的スキーマを(わざと)刺激する。
この作業は、これまでの聞き取りと説明によって「頭で理解したスキーマ」について「体でも理解する」ことを目的としている。スキーマは頭ではわかっていても、心の奥底にあるものなので日常生活で感じることが難しい。そこで、クライアントのもっているスキーマをわざと刺激して、そのときに起こった感情や身体的な反応を体で理解してもらうことが必要になる。
そして、体で理解した感覚を覚えてもらって、日常生活の中で同じ感覚があったときに「あ、いま、スキーマが刺激されているんだな」とセルフモニタリングできるようになってもらう。
スキーマを刺激する方法はいろいろな技法がある。
⑥①‐⑤のすべてをあわせた概念図をつくる。
作り方はいろいろあるが、一例として、私が実際のスキーマ療法の中で作った概念図を紹介する。
スキーマ療法では自分のスキーマやモードや中核的感情欲求がどのように関連しあっているのかを常に確認して意識するするために「概念図」と呼ばれる紙に様々なことを書き出していく。
第一段階では、自分の生活を困らせているネガティブなサイクルを見つけてそれを壊すことを目標とする。
下の2つの概念図は、私が20回のスキーマ療法を受けている最中に作り続けた概念図をスキーマ療法が終わった後に、ネガティブサイクルの概念図とポジティブサイクルの概念図にわけて書き直したものである。下の図はネガティブなサイクルができた概念図である。
【画像参照元】
ネガティブな概念図では、自分の根源的な欲求が満たされてないために不適応スキーマが働き、そのせいで不適応的なモードになる。不適応的なモードは現実世界でさまざまなトラブルを起こして、結局、根源的な欲求を満たせないままにして、自己肯定感の低下を強めるというネガティブなサイクルになっている。
一方、ポジティブな概念図は20回のスキーマ療法を受けた後に得たポジティブなサイクルを表している。不適応スキーマや不適応なモードが減少し、かわりにヘルシーなモードが自分自身を守るように働く。そうすることで現実世界でのトラブルは減少し、結果として、根源的な欲求も満たされるようになっていく。
スキーマ療法では、どのアプローチを使ったとしても、概念図を作るのが1つの仕事と言っても過言ではない。概念図はスキーマ療法の成熟度やライフステージごとに何度も書き直していいものだと、私は理解している。
モード・アプローチ
「モード・アプローチ」はクライアントの持っているモードに注目して、モードを改善させることで治療を目指す方法である。モード・アプローチの段階を大きく分けると「モードについて教育と発見をする段階」と「モードを変える段階」となる。
モードの教育と発見をする段階は次のようなステップで進んで行く。
①問題となっている人生や生活のパターンを発見する。
②①にモードが関係していることをセラピストが伝える。
③①に関連のありそうなモードから、各モードについて解説する。
④セラピストとクライアントと話し合いながら、どのモードを持っているか検討する。
⑤クライアントが持っているモードにクライアント自身に「名前」をつけてもらう。
⑥①‐⑤のすべてをあわせた概念図をつくる。
①問題となっている人生や生活のパターンを発見する
これは、要は「主訴」と呼ばれるものである。「抑うつ」「過剰飲酒」「対人問題」「仕事が達成できない」など、カウンセリング場面ではスキーマ療法に限らずよくあるものがクライアントによって主訴として持ち込まれる。
ポイントは、モードと関連付けて理解できるように主訴を理解することである。だから「対人問題」という主訴はこれだけでは、モードが働いているのか判断できない。一言で対人問題といっても、その中にはいろんなパターンがある。
1)人と親密になりたいのに、怖くて避けてしまう
2)自分にとってよくないと思われる相手とばかり交際してしまうし、別れられない
3)人に対して暴力をふるってしまう
4)相手を見下してしまうせいで、人に好かれない
②①にモードが関係していることをセラピストが伝える。
③①に関連のありそうなモードから、各モードについて解説する。
④セラピストとクライアントと話し合いながら、どのモードを持っているか検討する。
①で聞き出した主訴にモードが関係してそうであることがわかったら、セラピストは「モード」そのものの説明をする。そして、セラピストがあたりをつけたモードをクライアントと共有して、本当にそのモードを持っているのかどうか話し合っていく。
1)なら「回避防衛モード」
2)なら「服従モード」
3)なら「激怒するチャイルドモード」
4)なら「自己誇大化モード」
①の主訴をモードに関連付けて考えると、表面的にはこのようなモードが問題になっていることがわかる。
⑤クライアントが持っているモードにクライアント自身に「名前」をつけてもらう。
クライアントと②-④までの作業を合意しながら進めたら、クライアント自身でそれぞれのモードに名前を付けます。
1)「逃げちゃうAさん」
2)「服従するBさん」
3)「激怒するCさん」
4)「妄想力豊かなDさん」
こんな感じである。私はあんまり発想力がないので、ここではかなりそのままな名づけをしたが、もっと個性的な名前をつける人もいる。たとえば、私が名付けたモードで一番個性的でしっくり来ているのは「人間関係リセットモード」である。一目でどんなモードなのかよくわかるよい名づけだと思っている。
⑥①‐⑤のすべてをあわせた概念図をつくる。
話し合いをしていると、主訴になっているモードが実はそれだけで作られているわけではないことがわかることが多くある。
例えば
1)「逃げちゃうAさん」はどうして逃げちゃうの?
→「怖いから」
→「怖がりなAちゃん」もいるんだね
2)「服従するBさん」はどうして服従しちゃうの?
→「どうしたらいいかわからなくて、この人についていくしかないって思うから」
→「依存しちゃうBさん」「わからなくなっちゃうBちゃん」もいるんだね
3)「激怒するCさん」はどうしてそんなに怒っているの?暴力はなんで必要なの?
→「殴らないと殴られるから」
→自分を守るために殴るんだね。どうして自分を守る必要があるの?
→「忘れられないくらい嫌なことをされた」
→「トラウマをこわがるCちゃん」なんだね
4)「妄想力豊かなDさん」はどうして人を見下してしまうの?
→「わからない、気が付いたらしてしまっている、やめたい」
→やりたくないのに、してしまっている「コントロール不能なDちゃん」もいるんだね
このように、話し合いを重ねていくことで、表面的に問題になっているモード以外にも、そのモードを作ってしまった別のモードがあることがわかる。モードがモードを作って、別のモードに変化することを「フリップ」と呼ぶ。
概念図では、クライアントがもっているそれぞれのモードがどのようなフリップ関係にあるかを確認して、書き留めていく。
具体的には、オリジナル・アプローチのところで参照した概念図を参考にしてほしい。
モードの名づけと概念図作成が終わったら、問題となっているモードの登場回数を減らしてヘルシーなモードを増やすための治療を行っていく。
中核的感情欲求・アプローチ
最後に「中核的感情欲求・アプローチ」について解説する(中核的感情欲求について詳しくは第2章第3節を参照)。まず、このアプローチは現在最先端で研究されている最中のものであることに注意してほしい。これまでのオリジナル・アプローチやモード・アプローチはスキーマ療法の中でかなり活用されてきたやり方なのである程度決まった進め方があるのに対して、中核的感情欲求・アプローチにはそれがない。また、中核的感情欲求・アプローチを研究している人たちもスキーマ療法がこの方法だけで完結できるとは考えていない。あくまでも、「中核的感情欲求にもちゃんと注目しよう」という意識づけのようである。
ここで説明したいのは、なぜスキーマ療法が(もともと中核的感情欲求を大事にしているのにさらに)わざわざ「中核的感情欲求・アプローチ」という名前を付けてまでそこに注目しようとしたのかである。なお、詳しい技法は他のアプローチと変わらなかったり、まだ開発されていなかったりである。
中核的感情欲求アプローチの考え方として特徴的なのは、中核的感情欲求を満たすモードとして「母親モード」と「父親モード」というモードについて注目するところである。母親モードは自分自身やクライアントの小さな子供(内なる子ども)と「つながること」「相互に共感すること」「応答的にかかわり続けること」をするモードである。つまり、母親モードは内なる子供に対し、愛情をもって慈しみ愛し共感し助けかかわり世話をするモードである。それに対して、父親モードは内なる子供の自他の境界を育て、分離と自立を促すモードになる。
これはあくまでもモードの話なので、実際の母親がこういう性質であるとか、実際の父親がこういう性質であるとか、そういう話ではない。実際には、母親も父親もどちらもがふたつのモードを備えていることもあるし、母親が父親モードを、父親が母親モードを備えていることもあるし、2人ともどちらのモードも持っていないこともあると思う。大事なポイントは、「つながり」を意識する母親モードと「分離と自立」を意識する父親モードと、そのどちらもが内なる子ども/小さな子どもの中核的感情欲求をみたすのに必要なモードであるという点である。
中核的感情欲求にはなにが当てはまるのか、ということは現在議論が割れている。しかし、ヤングがスキーマ療法を解説した当初に提示した古典的な中核的感情欲求の分け方をするなら、だいたい5つの領域に分類される。下にまとめた中核的感情欲求はヤングが提示したものを伊藤が簡単な言葉で表現しなおしたものである。
①愛してもらいたい。守ってもらいたい。理解してもらいたい。
②有能な人間になりたい。いろんなことがうまくできるようになりたい。
③自分の感情や思いを自由に表現したい。自分の意志を大切にしたい。
④自由にのびのびと動きたい。楽しく遊びたい。生き生きと楽しみたい。
⑤自律性のある人間になりたい。ある程度自分をコントロールできるようになりたい。
これらの代表的な中核的感情欲求は、早期不適応的スキーマの5つの領域と関わっている。つまり、これらの中核的感情欲求がみたされないと、それに該当する領域の早期不適応的スキーマが形成されるという仕組みになっている。
ここからは、すでに研究されていることの説明ではなく、私の分析と考えになる。まず、この一覧を見てみると、①は明らかに母親モードが関連する中核的感情欲求なのがわかる。母親モードはこの「愛してもらいたい」「守ってもらいたい」「理解してもらいたい」という第1領域の中核的感情欲求を満たすモードである。逆に⑤は明らかに父親モードが関連する第5領域の中核的感情欲求だとわかる。父親モードは「自律性のある人間になりたい」「ある程度自分をコントロールできるようになりたい」という中核的感情欲求を満たすためのモードである。そして、②③④の欲求は、①と⑤の中核的感情欲求がバランスよく満たされているときに満たされる中核的感情欲求だと考えられる。
例えば、②は、ある程度の自律性と自己コントロール能力がなければ、「有能な人間」になることはできない。けれども、同時に「自分は大丈夫だ」と思えるほど自分に自信がなければ自分を「有能」だとも思えない。「自分は大丈夫」という自信は①の中核的感情欲求が満たされることで生まれる感覚である。
また、③の「自己表現」な「自分の意志」というのも、①の欲求が満たされていて「自分は大切にされている」という感覚があって初めて、表現したくなる何かを持てるようになると思われる。「自分に価値がない」と思っている人は自己表現は自分の欠点をさらすことになる気がしてしまってできないのではないだろうか。逆に、⑤の自律と分離が全くできていないと、そもそも「自分の意見」「自分の感情」というものが自分でもよくわからない状態になってしまう。過保護に育てすぎて①ばかりを満たしていったけれど、⑤がまたくなかったとき、その子供は親と自分が分離したものだと考えられず、親の欲求が自分の欲求だと勘違いしてしまうことがあるかもしれない。③の「自己表現」「自分の意志」は①と⑤がバランスよく満たされていることではじめて満たせる欲求だと考えられる。
④も同じである。④は「自由」「楽しい」「いきいき」がキーワードになる。これは⑤ばかりを満たしすぎてしまうと満たされない中核的感情欲求である。自律することや自己コントロールすることばかりに注目してしまうと、息が詰まって「自由」というものがわからなくなることがある。①の「愛される」「守られる」「理解される」が満たされていれば、自由というものや自分の楽しいことがわかるかもしれないけれども、①が満たされていないと、何が楽しいことなのかを学ぶ機会がない。
このように、母親モードは①、父親モードは⑤の中核的感情欲求を満たすモードであり、その他の中核的感情欲求は①と⑤がほどよく満たされているときに満たされる中核的感情欲求であると考えられる。
この先は、再び心理カウンセリングの現状についての解説に戻る。現在の(特に西洋の産業化社会の)セラピストやクライアントは父親モードを強く持っていて、自律や分離を称賛して、「つながり」といった依存につながりそうなものを避ける傾向があるとされている。けれども、先ほど解説したように、子どもの中核的感情欲求を満たすには母親モードと父親モードのどちらものモードが不可欠だと、中核的感情欲求・アプローチを取るセラピストは考える。どちらかが欠けていては中核的感情欲求はほとんど満たすことができず、早期不適応的スキーマがたくさん作られてしまう。
「依存をやめたい」と思うクライアントや「共依存をさけたい」と思うセラピストは実際に多いと言われている。しかし、スキーマ療法の中核的感情欲求・アプローチは「依存こそ重要な中核的感情欲求である」と考える。子どもは生まれた瞬間、親というものに完全に依存する。依存無しで生きていけない。それと同じように、クライアントもはじめは完全にセラピストに「依存」するものであると考える。依存しながら、①の「愛されたい」「守られたい」「理解されたい」という中核的感情欲求を満たしていく。そうすることで、はじめて、クライアントはセラピストを「信頼」できるようになる。
信頼関係が出来上がったら、⑤の父親モードで自律を促していく。現代では、父親モードが強化されすぎて「依存している自分はダメだ」「自律しなければ」という意識が強まりすぎている(要求的なペアレントモードや懲罰的ペアレントモード)。父親モードが強化されすぎている状況でまっさきに求められるのは母親モードである。依存の心配をして信頼関係が作れなかったら本末転倒である。依存の問題は信頼関係ができてから対処すればいい、そう考えるのが中核的感情欲求・アプローチである。
ただでさえ、父親モードが強すぎて「依存」どころか「全く人に頼れない」状態になっているのだから、まずは思いっきり「頼っていい」ということを伝え、「頼りたい」「守られたい」という中核的感情欲求を満たすことが大切になる。
スキーマ療法の中核的感情欲求・アプローチは、このように、クランアントとセラピストが治療を進めるうえで絶対に必要な「信頼関係」を作るために母親モードに注目した方法だと考えられる。
哲学対話の分析に適しているスキーマ療法の種類はグループスキーマ療法である。複数人で行う対話活動の中で自己理解が深まっていくという点がスキーマ療法と哲学対話のどちらもに共通しているからである。
ケア型哲学対話の分析に最も適しているのは中核的感情欲求・アプローチである。中核的感情欲求は根源的な欲求のため理解しやすいからである。特に母親モードによる信頼関係は哲学対話の中心的ルールである「何を言ってもいい」を支える働きがあると言える。しかし、中核的感情欲求がどのように哲学対話に関わるかを説明するためにはスキーマやモードの理解も必要である。また、哲学対話の企画者がケア型哲学対話を目指しているのであればモード・アプローチも身に付けておく必要がある。
第5節:ここまでのまとめ
第1節ではスキーマ療法の日本での立ち位置を説明した。
第2節ではスキーマ療法のおおまかな進め方を紹介した。これは複数の種類があるスキーマ療法に共通した特徴をまとめたものである。第4節の詳細な説明の前にスキーマ療法の概略を把握するためにこの段階で説明した。
第3節ではスキーマ療法の特徴を示すことで、哲学対話の分析にスキーマ療法を選択した理由を述べた。哲学対話の分析に他の心理療法ではなくスキーマ療法を選択したのは、哲学対話を分析するために、さまざまな心理療法をいちいち解説せずともスキーマ療法がそれらを統合して成立しているからである。スキーマ療法で分析することが最も効率が良いと私が判断したからである。また、スキーマ用語は他の心理療法で表現されるさまざまな現象を一定の数にとどめて、用語と特徴という単純な形で表現できる。そのため、さまざまな心理療法の言葉を使うよりも哲学対話を秩序立って説明することができる。このふたつのスキーマ療法の特徴がそのまま哲学対話の分析をしやすくするため、私はスキーマ療法を哲学対話の分析方法として選んだ。
第4節では、スキーマ療法の種類を紹介して、どの種類のスキーマ療法が哲学対話の分析に適しているかを示した。哲学対話の分析に適しているスキーマ療法の種類はグループスキーマ療法である。複数人で行う対話活動の中で自己理解が深まっていくという点がスキーマ療法と哲学対話のどちらもに共通しているからである。そして、ケア型哲学対話の分析に最も適しているのは中核的感情欲求・アプローチである。中核的感情欲求は根源的な欲求のため理解しやすいからである。しかし、中核的感情欲求がどのように哲学対話に関わるかを説明するためにはスキーマやモードの理解も必要である。また、哲学対話の企画者がケア型哲学対話を目指しているのであればモード・アプローチも身に付けておく必要がある。