子どもの世界の音楽と言葉
Eテレ「おかあさんといっしょ」今月の歌で、いとうせいこう作詞、ユザーン作曲『てとてとパタン』がとても良かった。
好きなアーティスト二人の共演が嬉しいというのもあるけど、何より、タブラの音色と歌詞の韻律が耳にたのしく心地よく、アニメーションの世界観も素敵で、普段は家事をこなすためにEテレつけてるけど、この歌の時だけは子ども達と一緒にちゃんと見てしまう。
この歌は、赤ちゃんの目線で、自分の手足をパタパタさせながら自分の身体と他者の身体を認識していく「自己認識のうた」で、赤ちゃんを見ていて、ああこうやって自分の身体を理解していく(と同時に自分じゃない身体=他者も理解していく)、人間の始まりが歌われていて、素敵やん、て思う。
後半の、
これはじぶん これはだれか これはじぶん これはだれ
というフレーズで、赤ちゃんが親指をしゃぶって、「これはじぶん」と認識して「これはだれ」で何者かに抱かれていることを認識するアニメーションが、すごくロマンチックで、赤ちゃんを抱っこしていた時の懐かしい感覚が蘇ってきて、泣きそうになる。
いとうせいこうの詞も素晴らしいけど、ユザーンがこんなに優しく、子どもにも大人にも素直にしみてくるようなメロディに仕上げてくれたことにも感動して、丁寧な仕事をするよい大人たちの存在に励まされる。
もうひとつおかあさんといっしょで名曲と思ったのは去年の今月のうた『いるよ』で、今でもたまに流れるので聴けると嬉しい。これは大御所すぎるけど作詞が谷川俊太郎、作曲が細野晴臣で、これもなんか、本当にありがとうございますとしか言いようのない人選だ。
これもネームバリューで良いと思う前に、耳に入ってきた歌の良さに、誰がつくったのかな?ってクレジットを後から知るパターンの出会いだった。
『いるよ』は、私的には「想像のうた」で、これは自分の外の、ずっと外の、見えなくなったその先まで想像させる詩で、世界の広がりとか奥行きとかを感じさせてくれる。しかも、やっぱり優しいことばで、優しい旋律で。谷川俊太郎は、自分が子どもの頃に『ことばあそびうた』を読みまくっていたのもあるし、今娘や息子に絵本をたくさん読んでいて、食べられはしないけど、確実に彼の紡ぎ出した言葉は心身の糧になっていると思う。
もう一つ、大好きな詩人まどみちおの『ぼくがここに』も、これを書いていて思い出した。
ぼくが ここにいるとき だれも ぼくのかわりに ここにいることは できない
この冒頭の二行で「存在とは」の全てがガツンと理解されて、やっぱり泣いた。
子どもを産んでから、音楽のイベントにはなかなか行けなくなったし、自分の趣味の世界に浸れる時間はものすごく減ったけれど、子どもを育てる中で出会う良いものというのもあって、そういう出会いは幸せだ。
とりとめもないけど。
トップの写真は、小布施栗の茹で栗。栗の、栗にしかない味が味わえる素朴な茹で栗。旬の贅沢だなー