バングラデシュの緑の村でママと出会った
私の本業は旅だと思う。ひとつのところにじっとしていられない。根無し草のように風に吹かれてあちらこちらを飛び回る。そして、ふらっと旅に出るときは入口と出口しか決めず、道中では出会いにゆだねる。結果、思いもよらないところにたどり着く。場所を旅しているのではなく、私はいつも人を旅している。
バングラデシュ人のシャジットくんと出会ったのはインドとバングラデシュの国境。僕の村に泊まりにおいでよ。そう言って電話番号を私のノートに書き残してくれた。
どこの国に行っても泊まりにおいでよと声をかけられることが多いのでもう慣れている。初めて会った人の村を訪ねて、家に泊めてもらうことも珍しくない。モンゴルの草原の村。アフガニスタンの土の村。そして、バングラデシュの緑の村。
国境から夜行バスで首都ダッカに到着。少し前までアジア最貧国だったバングラデシュも最近では経済成長の勢いがすさまじく、街中がすごいエネルギーに満ちている。戦後の日本や20年前のインドのような光景。タイムスリップしたような感覚がとても楽しい。
列車の屋根には信じられない数の人が乗っていて、駅に到着すると屋根から人がどんどん飛び降りる。これが2020年の光景なのかと胸が躍る。バス停はもちろんなく、走っているバスに合図をして止まってもらう。実際にはきちんと止まってくれないので、慣れるしかない。何度もチャレンジしていると走っているバスにもひょいっと飛び乗れるようになる。インド以上にカオス。あー楽しい。
そして息つく間もなく再び夜行バスに乗る。不安は的中し、第2の都市チッタゴンに着いたのは深夜3時。暗闇の中、路上に放り出されるのにも慣れている。もちろん泣きそうにはなるけれど。そういう時は身の安全を守るため、灯りがある大きな駅まで移動し、日が昇るまでチャイをすするのが恒例。
バングラデシュは電波がつながらず、私の携帯はまったく役に立たない。駅前の屋台でチャイをすすりながら、電話を貸してくれそうな気の良いおじさんを待つ。結局、チャイを飲みにきた出勤前の警察官がシャジットくんに電話をしてくれた。日本人の女の子が駅で迷子になっているから早く迎えに来いと。
2夜連続で夜行バスに運ばれ、やっとシャジットくんと再会した。ママがご飯を作ってくれると言うので、さらにローカルバスで1時間、シャジットくんが家族と暮らす村へと向かう。緑と水に囲まれた小さな村。水牛がのんびり水田を耕していて、子どもたちは赤茶けた道を裸足で走り回っている。村の女性たちは色とりどりの布をまとっていてとても美しい。
夜になると村は真っ暗になり蛙の大合唱。少し道を外れると水田や沼に落ちるので要注意。ママがシャワーを浴びておいでと言って、やかんに一杯のお湯を沸かしてくれる。これはゲストだけのスペシャルサービス。他の家族は近くの沼で水浴びをするという。
最近のママの一番の自慢は、離れに最新のキッチンが完成したことだった。電気も水道も十分ではないこの村にシステムキッチン? 勝手口から外に出て、土と木で作られた小屋に案内された。素敵でしょうと言ってママが見せてくれたのは、なんと土でできたかまどだった!
日本の郷土資料館でよく見かけるあのかまど。江戸時代の台所と説明されているやつだ。ママの憧れの最新キッチンの廻りには、村で拾い集めた枯れ枝が山のように積まれている。一緒にカレーを作ることになり、火力の調整を任される。土まみれになりながら、枯れ枝をかまどに突っ込み、ひたすら息を送り込む。郷土資料館で展示の人形が実演していることを2020年のバングラデシュで実践している私。なかなか悪くない。
考えてみれば、かまどは木と土だけでできている。燃料は村で集められるし、環境にも家計にも優しくて、家族がとびきり喜んでくれる美味しいごはんが作れる。確かにかまどで作ったカレーは格別に美味しかった。時代をひと回りしてこれが2020年の最新なのかもしれないとふと思った。
ちなみにママは英語が話せないし、私はベンガル語が分からない。でも、かまどで作るごはんはとても美味しいのだと言う。そう言っているのがちゃんとわかる。それもまた旅の不思議だと思う。
ママは朝から晩まで家のことをしていた。そして親戚や村の女性が休みなくおしゃべりに来る。夜は家族が集まり寄り添って過ごす。これが私の幸せだと言い切れるママの人生を本当に素敵だと思った。
13歳で結婚し15歳でお母さんになったママの人生観は、子ども3人を日本に残してアジアを放浪している私の人生観とはまったく違う。それでも、同じ歳のママとはどこか通じるものがあった。
アジア最貧国と呼ばれたバングラデシュで出会った暮らしの豊かさ。シャジットくんとママから、これからの人生を心豊かに生きるヒントをたくさんもらった。もう一度行きたいバングラデシュ。貧しさと豊かさのものさしはそれぞれの家族やその人の生き方の中にある。