便利グッズは非便利グッズだった
思考や行動にはその人独特の癖があるという話は、様々な分野で言われていることなので既によくご存知の方も多いかと思うが、まさにそれをこの1ヶ月で痛感している。
その癖を見直し、軌道修正し、脳と心の整理整頓をするのに非常に効果的なのが、物理的な物の整理である。
ということで、片付けの続編。
あれから捨てて捨てて、何か他にも捨てられるものがあるのではないかと血眼になって家の中を探す日々を過ごしているのだが、これらをどうしても今月中に終えたいのには一つ理由がある。ゴミの問題だ。
実は来月からゴミを有料の指定袋に入れなくてはならなくなった。
何と珍しいことに我が地域はこれまでゴミ捨ての個人負担がほぼ無料だったのだ。
どうせ捨てるものならば無料のうちに一気に捨ててしまいたい。
そんなわけで45リットルのゴミ袋を大量にダイソーで購入し、次から次へと捨てに捨てている。
もちろんまだ使えそうなものはリサイクルショップへ売りに行き、なるべく資源の無駄にならないように考えながら作業を進めているのだが、どうしてもリサイクルショップ行きにもならず、誰にも譲り渡せないだろうなというものも出てくる。
自らの無駄を大いに反省しながら、とにかく多くの物たちに家の中から出立していただいている。
以前から物を減らそうと努力はしてきたものの、ここまで勢いよく捨てられているのは、
来月からのゴミ回収有料化と、桜庭露樹さんの著書『全捨離したら人生全てが好転する話』のおかげだ。
この本を読んで、と言うよりも、読んでいる途中からもうとにかく捨て始めたくて仕方なかった。
捨て、作業に疲れたら本を読み、また捨て、休憩がてら次の章を読み、
というように進めて行った。
捨て始めの頃は、脳が疲れてきて、頻繁に捨て疲れになっていた。
途中で挫折しそうになり、休憩が長くなり、
それでもまた立ち上がり、捨てる。
作業の中盤頃になると、段々と本当に必要なものがより一層浮かび上がってきて
「無くても困らないかもしれないけれど、あったら便利かもしれない」的な物も捨てられるようになった。
結果的に古いパソコンも、古いラジオも、微々たる額でもちゃんとお金になった。つまりゴミ処分品ではなく、誰かがこの後使うかもしれないものとして店頭に並ぶことになったので、お金の問題だけではなく、少しは循環できたように思う。
値がつかない家電系も行政の家電回収ボックスへ入れることで、何かしら再利用へと向かう。謎に大量に保管していた延長コードや、ずっと使っていなかったがリサイクルショップには引き取ってもらえない美容系小型家電たちは、この回収ボックスへと旅立った。
使い道のないアクセサリー類も、数百円の買取価格かと思いきや、金やプラチナが含まれていたらしく、思いがけずちゃんとした値段で引き取ってもらえた。
作業中には選択疲れと捨て疲れにより、明確に分析は出来なかったが、ある程度の捨て作業が終盤に差し掛かってきた今、やっと見えてきたことがある。
私は一体、これからどんな人として立って、歩いて行きたいのか。
世の中にある大体の商品は、多くの人に似合うように作られている。
そうじゃなきゃ、売れないから。
よほどの見当違いのものでなければ、服も自分が選んで買ったわけだし手持ちの8割もしくは全ては似合うものなのだ。だから似合わないものを捨てましょうとか、イマイチな感じのものを捨てましょうというアドバイスは、適用できる人もいれば、そうではない人もいる。
好きなものだけを残しましょう、似合うものだけを選びましょう、というアドバイスでは、永遠に片付かない人がいるはずなのだ。
ここで鍵となるのは、「今とこれからの自分にふさわしいか」である。
あるドラマ作品の中に自分という役があって、その人のためのスタイリストになったと想像してほしい。
この役の人の服はこれで合っているのか。持ち物はこれでいいのか。
入念に吟味して演出していくのだ。
「このコートは品質も良いし高かったし好きなデザイン。だけれど今とこれからの私の衣装には少し違うような気がする。」のならばサヨウナラである。
さらに今回は収納グッズ系もとことん見直した。
引き出しの中を小分けにするための便利グッズ。これは果たして本当に必要だろうか。
ある程度、物の選別が終わってから、引き出しの中身を全部出し、小分けグッズを撤去する。靴下を一つ一つに仕切るものや、トップスを立てて収納するためのグッズ。
全て撤去してから、畳んだ衣類を引き出しの中に仕舞う。
物の数が減れば、仕切りは必要ないのだということに気付かされた。
引き出しの中に、余白を持って並んでいる畳まれた衣類の様子の何と清々しいこと。
便利系収納グッズ、サヨウナラ。
いつか使うかもしれない物たちも容赦なくサヨウナラ。
結果的にこの3週間全く不自由はないし、きっとこの先も不自由しないであろうことが明らかになった。
まだまだ捨て方が甘いようにも思うのだが、とりあえず家の中にいて、
随分気分がスッキリするようになってきた。
目指すは、大きなスーツケース1つが自分の全ての荷物にできること。
いつでもどこへでも旅立てる人になること。
そこまで絞り込めれば、万が一自分がこの世からいなくなっても、
私の私物を片付けねばならない人もあまり負担ではないだろう。
厳選して、今とこれからの自分像をもっとはっきりくっきりとさせていきたい。
過去の自分、サヨウナラ。