
サンキャッチャー
10年以上前に買ったサンキャッチャーは、実は当時大流行していたエアープランツを飾る台として販売されていたものだった。上側にエアープランツを乗せるための太めの針金が螺旋状になった部分があり、その下に直径は10円玉くらいのサンキャッチャーが付いていた。
あれから月日が流れ、エアープランツも枯れては買い足しと何代か代替わりしながらもエアープランツ台兼サンキャッチャーとして私の部屋の窓辺でブラブラと過ごしてきたその台は、ある時ふと、「これで大地震が来たら、サンキャッチャーが窓ガラスを叩き割って大惨事になるかもしれない」と思いついてしまったことをきっかけに、窓から距離を離したところに常設されるようになった。しかしサンキャッチャーもエアープランツも窓際の適度な日当たりが必要なもので、だからこそこれらの二つは合体されてちょうど良い商品になっていたのだと思うのだけれど、部屋の奥の方ではどうにも具合が悪いものなのである。私は時々、太陽が輝いている日に、わざわざ手動でエアープランツ台兼サンキャッチャーを窓辺に持って行って、数時間だけキラキラと輝く虹模様を楽しむようになった。
太陽というのは本来、止まることなくじわじわと動き続けて見えるものなのだが、日頃から1秒たりとも同じ位置には止まっていないのだということを意識することはない。けれどサンキャッチャーを使っていると、どんどん太陽の光が差し込む角度が変わっていくことを、部屋にできた虹の場所の変化で知ることになる。私はその都度、少しずつ、その時の太陽の角度で一番虹がたくさん楽しめそうな場所へ、エアープランツ台兼サンキャッチャーを移動させる。
虹を見るのは楽しい。日常に隠れていた特別なものを発見できてお得なような感覚になる。本当はそこにあるものなのに、普段見えなくなっている何か。それをサンキャッチャーが見せてくれているような気分になる。
そのエアープランツ台兼サンキャッチャーは、地震への警戒から窓際に飾ることが怖くなったことをきっかけにして、なんと今の家ではキッチンの電気の引手にアレンジされている。
エアープランツ台としての役目を終了し、サンキャッチャーの部分だけに分解されたガラスの丸い玉の部分を、短くした台所の電気の引手に繋ぎ合わせた。ちなみに我が家は全員が165センチ以上の身長なので、このような電気の引手が長いことにストレスを感じる。思い切って引手を短くしたら非常に快適になった。これを機に「短いの、すごくいいじゃん」と熱狂してしまった私によって、我が家の電気類で引手が必要なものは全て紐の長さが短くなった。引手、短いの、最高。
さてアレンジされて最終的に台所の電気の引手になったサンキャッチャーだが、ここには虹ができるほどの光は差し込まない。最近、サンキャッチャーが生み出す虹をみていなくて寂しいなと思い出した私は、無理やり虹を演出しようと暴挙に出る。
スマホのカメラ横にあるライトを点灯させ、サンキャッチャーに直当てする。
サンキャッチャーがサンをキャッチする専用の道具であったことを深く理解した瞬間だった。スマホのライトでは虹ができないのだ。
あれだけ部屋の奥まで可愛い虹を散りばめてくれていたサンキャッチャーは、スマホの白いライトを浴びて三角の白い点々を壁に作り出すだけだった。
なんだこれは。むしろ窓辺に置いていたときに、こんな三角の光の反射は見たことがなかった。
サンキャッチャーは、サンをキャッチするためのものであり、光からどうにしかして虹を合成するものでは無い。
そうなのか、君はサンが必要なんだな、サンが。
地震で窓が割れるのはやっぱり心配だけれど、家の壁に虹が出る様子が恋しくなった。もうプロジェクターで投影するしかないのか。いやいや、それだとなんだか味気ないような気がする。サンキャッチャーが作る虹は太陽のカケラがほんの短い時間だけ部屋の中に散りばめられるから良いのだ。
どうしたものか。窓が割れない設置方法で家の中にプリズムを作る何かを導入するか。


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