才能売り

才能売りがあらわれた。

なにか才能がほしいと思っていやしませんか。

わたしは言った。

でも、高いんでしょう?

まあ見てくだされよ。

才能売りは木箱の蓋を開けて、傾けて、内側を見せた。

中で、才能たちがぴよぴよしている。

食事をしたばかりなんで、比較的みな元気が良いでしょう。

この才能はなんですか?

木箱を覗き込み、ひとつを指して尋ねた。

それは、引き出しの中で見つけたネジが、なんのネジなのか、直感的にわかる才能ですな。

たしかにその才能があるにこしたことはないけれど、使う頻度はさほど高そうにない。

これは?

それは足音を聞いてそれが誰の足音かわかる才能だね。猫とかきりんとかワニとか、人に限らず、わかります。猫のトラか、ミャー子か、次郎か、そういうのがね。

これは?

そいつは椅子取りの才能だな。

こっちは?

そいつは皮むきの才能。

じゃあ、これは?

それは植物を育てる才能。

これで全部ですか?

ほかは今日はもう売れちまいました。

才能売りに会ったのは初めてだ。一度も会わない人もいるという。会っても、通り過ぎて気がつかないことだってあるに違いない。たまたまじぶんが今日ここで靴紐を結んでいなければ、いまこうやって箱の中の才能たちを見せてもらうこともなく、才能たちが食事をすることも、ずっと知らないままだったろう。

じゃあ、これをください。

勇気を出してひとつを指した。値段は、一ヶ月分の食費くらいであった。現金払いのみだったので、手持ちのなかったわたしは銀行へ行き、ATMで時間外手数料を払って下ろした。

現金を持って戻ると、才能売りはねじり花を箱のうえでくるくる回して、才能たちをあやしているところだった。

はい、ちょうどだね。それから、これに名前と住所と電話番号を書いてちょうだい。

ぶあつくて、端っこが日焼けしてところどころ破れたノートを開いて、才能売りは言った。

買えるのはひとり、一つだからね。そういう決まりだから、記録しなきゃなんない。あなたにはこの才能。

ボールペンで「植物」と書き、ノートをわたしの方に向けて渡す。
ボールペンも借りる。年季の入ったボールペンは、書くうち何度も何度もインクが途切れる。ペンを持つ手に力を入れるが、もう一方の手で支えているだけのそのノートときたら、宙でふわふわして、電話番号の0とか3とかを、わたしは何度かなぞり直し、なんとか読める濃さと太さにして、返した。

はいどうも。では、この才能をどうぞ。

紫のチェック模様のビニール袋に入った才能を、わたしは受け取った。ぴよぴよ。心もとない。

食べ物とか、寝床とか、どうしたらいいでしょうか。

それはね、あなたのやり方でやんなさいな。あなたが思うやり方で、育てなさいな。ただし、大切に。大切に、だよ。

食べられないものとかありますか?あとは寝床のちょうど良い温度とか。

やってみなさい。やってみなさい。

才能売りは小さな袋を覗き込み、植物を育てる才能に、チーチーチーチーと声をかけ、にこにこしながら右手の指を動かしてあやした。才能は、ぴょんぴょん飛んだ。嬉しそうに。

じゃあ、大切にね。なによりあなた自身を、ね。言うまでもなく。

木箱をぱたんと閉める、くぐもった軽い音がした。わたしはコンビニのペン売り場の前に立っていた。自分が気に入って使っているのと同じ黒のボールペンを3本買い、さっき才能売りと話した通りへ戻ったが、もういなかった。才能は、袋の中にいる。風で飛ばされぬよう、人や自転車にぶつかってつぶれぬよう、息をするのかわからないがするのだとしたら窒息せぬよう、袋に穴が開かぬよう、ただでさえゆっくり、そしてときどき立ち止まりながら道の端を歩いていたら、ある家の前で声をかけられた。今日はよく声をかけられる日だ。

あなた、これ、持っていかない?挿し木で増えるのよ。

エプロンをして麦わら帽子をかぶったその人は、葉っぱのついた枝を持っていた。才能が袋の中で跳ねた。わたしはその枝と、青色のボールペンで植物の名前を書いたメモをもらった。初めて挿し木をする、それどころか、植物を育てたことなんてほとんどない、小学生のときのチューリップかアサガオくらいだ、と言うと、その人は、土の入った植木鉢さえくれた。

たくさんあるから、どうぞ。楽しんでね。

見送られながら、才能は次いつお腹が空くのだろうと心細く思っていた。お腹が空いたら泣くのかな。


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