mariko fukura
小さかったとき 歯医者の建物にあった小さなドアを こびとのためのドアだということにしていた こびとが出かけて帰ってくるためのドア 開くところも閉まるところも見たことがない いま思うにあれはごみ捨て専用のドア ドアが開いて手が出てきてごみを置いたらすぐにまた閉まるドア そして鍵がかかる ごみはそこで収集を待つ どんな天気でも こびととごみは似ていると思いますか
このでんしゃではねむっていいですよ ねむたくねむたくなりますよ まくらもあります おふとんもあります まどもあります ランプもありますけど消してもいいですよ おいしいおみずもありますよ ねているひとならだれとでもはなせる電話もありますよ だれもあなたのなまえをしりませんよ あなたのおせわをする係はいませんよ でんしゃははしっていますけど でんしゃのなかではやすんでいいんですよ 予定も国境もあらそいごとも ごしんぱいなく ごしんぱいなく
それたちはどうしてかたちをもつに至ったのですか あなたが遠くを旅している時 それたちはどこにいましたか かえってきてから どこにいましたか ねているあいだは どこにいましたか いまそこにいます そとはつめたい雨 そこであそんでいます あなたはそれを見ています どこにいましたか どこにいましたか
ぜんぶあの穴から出てくる それで通り抜けて 花のなかも 畑の茄子のなかも 雲も ベッドも 図書館の階段も 写真も あなたも わたしのなかも 犬も 水路も 山も 通り抜けて 穴にもどって また出てくる そして通り抜けてゆく わたしたちは気がついたり予感がしたり気がつかないふりをしたり薬を飲んでみたりする なんとかやっていくしかない 消し去ってしまうことは不可能だから 爆破してもきっとまた集まってくる 去ってもまた来る 来てもまた去る ひとしく ひとしく かたちのあるなしなんてま
ちいさな粒が おんなじような ちいさなとなりの粒とけんかすると あそこの地域に爆弾がひとつ落ちる 粒たちはそのことを知らない
夜の9時になっても 9時半になっても 粘土をしたいという 寝る時間といわれて泣く 粘土でサンドイッチをつくりたい パンやレタスやハムやトマトをつくりたい 寝たくない きみってすてき わたしはねむい
もう閉じられた本だとおもって 好きなところへいつまでも飾っておけるオブジェだとおもって 生きていないとおもって よってたかって過去を批判していたら 光のなか 過去はぬっと姿を変えて とぽんと湖へ消えたのだ 海まで泳いでいったのか 蒸発して空へのぼったのか 深く沈んだままなのか だれも知らない そうしてわたしは水を飲む
おとといも きのうも 今朝も さっきも 一週間前も 一ヶ月前も ぜんぶきみの 『きのうのふくろ』に入ってる きのう、おさんぽいったよね きのう、でんしゃのったよね きのう、あんぱんたべたよね きのう、けがしたよね きのうのふくろから出して ひとつずつ見せてくれる ひざのすり傷はもうなおったね この前の日曜日だったね
帰り道 あの子が泣いてた あの子が泣いてた かなしいよといって 泣いてた ぼくは みずうみをひとつあげた ポケットのなかにあるの それだけだった あの子はみずうみをのぞきこんで さかなが泳いでるのをしばらく見てた このさかなはなにを食べるのかな といった あなたの涙を食べますよ とみずうみがいった たくさん泣いて大丈夫ですよ ぜんぶさかなが食べますから あなたはあなたで大丈夫ですよ そういわれたらなんだか涙がでなくなる さかなさんお腹が空くね といってわらってひとつ 目のはじ
いつでも好きな場所に穴が開けられるように 壁に板を入れたのに どうやったら壁に穴を開けないで 時計をかけられるだろうかって 考えてるし 棚をつけるのに どうやったら失敗しないでビスを打てるかって思案してる 困ったもの 小心者 わたしには そういうところがある というだけのこと
壁の方へ向かって 宙に何度も四角を書く ここに窓がある ここに窓がある ここに窓が開く
みんなべつのばしょへかえる おんなじばしょならさびしくないのに でも いごこちのよいひととでなきゃ いごこちのよいところでなきゃ かえりたくない そんなこといってるうちは わたしはここにいるのね ねっころがって 空をみてるのね
わたしの繭に あいた穴を 一週間のあいだ 時間を見つけて 修復している そしたらまた べつのところに穴があいて ふたつの穴を 風が通りぬける わたしは手を止めて もういいや という気になる もう全部 抱えきれない ひとは 知らないふりをしておけばよい とかなんとかいうけれど それはわたしにはとてもむつかしい たとえ穴があいていたって 繭から出たら死んでしまうのわたし もうそのへんの糸でいいから 手にとって なおすの どんなに時間がかかっても だれかに見せるためじゃなく ただな
コルクで栓をします あたまに それでも行ったり来たりします 考えは 捕まえて眠らせておけません 想像は でもコルクで栓をしてないと こころは逃げてゆくでしょう 船に乗って窓から 小さくなって鍵穴から 栞になって眠ったふり 湯気になって見下ろした場所に 帰りたいと願うまで
ネジの長さが足りずに 灯りをとりつけられない 替わりのネジの到着を待つ 訊けば郵便で送ったという 土日は郵便の配達がないから またしばらくとりつけられない なんの比喩 なんの比喩でもないのさ ネジ待つ週末 配達待つだけ
もうちいさくなった もうきつくなった あしのびて うでのびて ずぼんとはんそでのすき間から のぞきそうでのぞかないおなか この服がおおきかったときのきみ この服がぴちぴちになったきみ この服がもう着られなくなってしまうだろうきみ どんどん脱皮 どんどん遠くへ ずっと遠くへ