【あまりにも大きく傷つくのは、他人に完全を求めているから】
人は、いろいろな場で、いろいろな人とのかかわりの中で生きてるので、
「傷つく」ことを避けることはできません。
例えば、他人の言葉で傷ついたり、または挑戦をして失敗したりして
「傷つく」材料を探そうと思えば無数にあると思うのです。
でも、傷口を大きくするのも小さくするのも自分自身。
大きな問題にして、人がそんなに悪人に見えるというのは、実は
「人にはものすごい完全を要求しているけれども、自分自身のことはすごく甘い目でみている」のではないえしょうか?
要するに、自分は完全な人間で、他人に対しては少しでも「善ならざるもの」があると、ものすごい悪人に見えて、自分に対しては少し傷を入れられてもものすごい害を受けたように感じるメンタリティーがあるのではないでしょうか?
しかし、やはり「自分を信じる」本当の意味での自尊心というのがあれば、自分自身を守ることができます。
単に自己憐憫をして、「かわいそうだ」「こんな被害を受けたから、社会を恨んだり、他の人を恨んで復讐したやろう」とかいう気持ちに転化していくのではなくて、自分自身をもっと信じることができたら、人に対しても、人の欠けているところを見るのではなく、頑張っているところ、いいところをもっと見てあげるような余裕が出てきます。
私は、偉人伝やビジネスで成功した方の話を読んだり、聴いたりする子が好きです。
そのような方々の中に、幸福な前半生を送って偉人になった人など、一人もいません。ビジネスで成功されている方の中に失敗したことがない人など一人もいません。
ほとんど、いろいろな挫折や苦労の中から立ち上がってきた人たちです。あるいは、途中で倒れてもまた立ち上がってきた人たちです。
ですから、これは自分にも言い聞かせることではありますが、苦難困難があったら、それで自分が試されていて、「鍛えを通して本物になるんだ」「火の中、水の中でも鍛えられて本物になるんだ」という人生観、そして「自分自身を信じる」「人の悪いところばかり見る癖があったらそれをやめる」ということは大事ではないかなと考えます。