虹色のきものをさがして
私が産んだのは,かぐや姫か何かなんだろうか。
「7歳の七五三,こんなのはどう?」
娘の目の前に広げたのは,何日か前にネットオークションで一目ぼれして深夜に競り落とした反物で,白地に大きな鶴が飛び立っている意匠のクラシカルなもの。モダンな感じが,はっきりした顔立ちの娘にとてもよく似合うと思った。
ところが娘は一瞥するなり「とりは,ちょっと」と難色を示した。いろも,しぶいし,と付け加える。
「え?ダメ?素敵だと思うけど?」そういいながらも全く提案になびく気配のない娘の様子に私はすっかり驚いてしまった。というのも,娘が私の提案を断ったのがこのときが初めてに等しかったからだ。
「じゃあ,どんなお着物がいいと思う?」
七五三は,長男の5歳も,娘の3歳も私が衣裳を縫い上げた。本やネットを駆使しながら和装を縫うのは簡単なことではなかったが,仕上がったときの満足感にすっかり魅了されてしまった。子どもは2人。今回の娘の7歳で我が家の七五三は終わる。着物だけでなく小物も多く,一番作りごたえのある回だ。
「うーん,虹色で,お花がいっぱいのお着物!ユニコーンとかがいるといいと思う!」キラキラした目で6歳が見上げてくる。その無理難題さ加減に思わず天を仰ぎ,白目を剥いた。
虹色の反物が見つからない
確かに最近,娘が選ぶものはいわゆる「ゆめかわ」なものが多かった。ここはせっかく出てきた本人の主張を全面的に尊重することにし,鶴の反物は封印することにした。何より,その無理難題さ加減にかえって私の中のハンドメイダーの血が騒いでしまったのだ。
さてよくよく意見を聞いてみると意外と娘の好みはストライクゾーンが狭く,虹色と一言にいってもギンギンに原色ではなく,本人いわく「薄い色」がキーワードだった。
調べていくうちに,「虹染め」という界隈で,さらしや天然素材の布を,染色剤を3色使って染め分けて虹を表現する技法があることを突き止めた。これなら何とかできるかもしれない。
かつて,反物をほどいて洗い,それを皺にならないようピンと干せる「伸子針」というものをメルカリで購入していた。竹ひごの両端に針が付いており,幅37cmの反物の両耳に刺すという代物で,ネットで探しに探した道具だ。いずれにしても一般人でありド素人である市井の主婦がおいそれと購入できるものではなかった。見つけたときには息をのんだ。
譲ってくれた方からは「染め物をやられるのですか?そうだったらとても羨ましいです」というコメントを戴いた。残念ながらそうではないのですが,義実家から貰った着物を解いて洗う機会が多くありそうで,と返した。そうですか,たくさん使ってくださいと,親切にも不都合のあるものは検品してきれいなものと入れ替え,200本送ってくださった。今思えば,これが伏線だったのかと苦笑いする。その時に聞いた染め物というキーワードは,私の中にずっとあったのかもしれない。
6月の晴れた日に庭で虹染めを決行した。初めての染め物で6mを2本。頭の中のイメージはバッチリだった。折り畳んだ反物を,温かな染め液に浸していく。ゆらゆら揺らして均等に染まるように念じる。水にあげて,畳みなおして,また次の色に沈める。1色だけ入るところと,2色が交わって入るところがあり,間違っていなければ6色が規則的な順番で入っているはずだ。
間違えた。
初っ端から片方の反物で浸す位置を逆にしてしまっていきなり詰んだ。1枚は失敗かもしれない。でも後にはひけない。今日はとりあえずこのまま突き進むしかない。1枚は想定通りに,もう1枚はもはや賭けに出る勢いで折りたたみ,最後の1色まで強引に浸す。しかし幸運にも,失敗とあきらめかけた1枚に色が入っていない箇所はなさそうだった。すべてを水に放ち,余計な染料を落としてから,祈るように2枚の反物を広げる。
だいたい同じじゃない???
色の出る順番に多少の差異はあるもののどの色も押しなべて同じくらいの分量で入っており,何より2枚並べてみたところで優劣が付くほどの違いが感じられなかった(少なくとも私には)。
伸子針も,それっぽいようないい働きをしてくれているではないか。
実際に乾いてみるともっと色は淡くなり,そのあたりも娘のお眼鏡に叶ったようで,学校から帰宅した娘は仕上がりにご満悦だった。
当然,これはまだ始まりに過ぎない。
お花とユニコーン
刺繍は得意ではない。しかも七五三まで4か月。仕立てや小物の事を考えると,長い時間を着物の刺繍に充てることはできない。でもおそらく広大な面積に模様を施すことが必要だろう。
「お花は,リアルなのが好き。バラ!バラが好き!」どんなお花にする?という質問に食い気味に答えるかぐや姫。
図書館で肩を並べ,片っ端から刺繍に関する本を一緒に眺めて反応を探ると,彼女の言うリアルは写実的なものとイコールではないことが分かった。基本的に求めているものは「かわいい」だから。
ふと,娘の目がハートになる本が発見された。リボン刺繍だ。
かわいくてリアルを追及する娘と,出来るだけ短時間に広い面積を刺繍したい母の思惑が一致した。だが染め物同様,これも初めての経験だ。
とりあえず,色々なアソートが入っているものを頼み,イメージを膨らませてみることにした。
同時に,大きな面を刺すための枠も必要だ。
長く憧れていた日本刺繍の刺繍台をこの機会に手に入れようかと思ったが,場所がない。そんなとき海外の刺繍作家が使っている枠が目に留まった。泣く子も黙るDMCだ。
到着までの間,虹色の反物を娘のサイズの着物に仮仕立てをし,刺繍のイメージを固める。娘とあれこれ悩み,バラとユニコーンとハートが混在するデザインを反物に落とし込んでいった。
下絵が写し終わり,材料も揃った。両手が使えるようにマガジンラックを簡易の刺繍台にする。
茎の部分はそれなりに流通している3.5mm幅のリボンで何とかなりそうだった。ただ,大きなバラとなるとこの幅のリボンでは心もとない。何より大量のリボンを消費する。幅が広くなればそれだけ値段は跳ね上がる。
染めるか…
1本1mにカットしたシルクのリボンを200m分,染色することにする。時は夏休み。庭で取れたブルーベリーや,小学校から持ち帰ってきた朝顔の花も煮出して染めれば立派な思い出になるだろう。水遊びの代わりにと娘に担当させ,立派なリボンが大量に出来上がった。
このリボンで,バラの一つ覚えで次々と模様を付けていく。ユニコーンは娘が気に入ったモチーフを元に下絵を作り,絹糸で毛を埋めるように地道に刺していった。
こんな感じで,だいたい模様を入れたいところにはすべて入れることが出来た。あとは縫製だ。
子どもの着物を縫うといえば避けて通ることのできないこの本をお供に,ガンガン縫い進めていく。
なぜか表生地と裏生地に7cmも差異が出るという謎現象に見舞われつつも,無事に模様も合い,2か月半かかって「虹色のきもの」が完成した。
2部式の帯を作る
帯がないとせっかくの着物も着ることが出来ない。だがジュニア用に売っている帯はどれも原色バリバリ,とても娘の世界観に合わない。
「あぁ,これでいいよ,虹色の着物にピッタリじゃない?」と娘が持ち出してきたのはいつか私が練習用に買っていた六通帯。途中に模様が入っていない袋帯だ。
これを,子ども用に…?これは間に模様が入っていなくてね?ちょっと難しいと思うのよ?と言う私の説得むなしく,結局作り帯の作成に挑戦することになった。
ネットを漁ると,大人用のお太鼓を2部式に仕立てる方法を書いた本があるようで,早速取り寄せる。
これを参考に,お太鼓の変形で作れそうな,お祝いの席にピッタリの結び方を探していくと,皇室でよく使われるらしい「ふくら雀」に行き当たった。これにしよう。市販の作り帯の幅やボリュームを参考にしながらなんとか作成する。
髪飾り
娘3歳の頃に手を出したつまみ細工は,ちりめんで作った極めて和風のものだった。もちろん今回のイメージはゆめかわなので,新たな技術が必要となる。そもそもつまみ細工でバラって作れるのかしら。
ありました。でも,いつも私がつまんでいたものよりもずっと繊細な感じがする…と色々調べていくと,今ではほとんど生産されていないという「羽二重4匁」という薄さの,吹けば飛ぶような絹で作られていることが分かった。こういったものこそ個人宅に眠っていることが多い。
色を付けて売っている方もいたが,もう我が家には6歳の染職人がいる。白を購入し本人に好きに染めさせ,そこから花を作っていくことにした。
いくつも作り,その中から本人が気に入ったものを組み上げて無事に髪飾りが完成した。
筥迫(はこせこ)
土台の生地は朝顔で染め,着物と同じリボンでバラの刺繍を施した筥迫。小さなものだがお顔周りに配置されるので目立つものだ。配色やデザインも娘が口を出してくる。この頃になると,娘の主張にも慣れてきた。
しごき
7歳の七五三特有のグッズで,よく分からない割に何となく目立つ存在のしごき。少なくとも2mほどは必要そうだけれどもそんなに長いスカーフも見つからず,何かで代用するべきかと悩んでいた折りに,スカーフのバラ巻きなる巻き方を紹介している方をメルカリで発見。
後ろ姿にバラが咲いているの可愛いのでは…と思いつき,じゃあ…染める?と軽い気持ちでシルクオーガンジーを3m分購入。
実際にバラ巻きを作ってみて,お花の部分,茎の部分と色を染め分けることで,優しい色のしごきが完成。
房の部分は,大量に染めて結局余ったリボンを使用して統一感を。
虹色のきもの,見つかる。
延べ4か月かかって,お支度一式が完成した。
娘が探していた虹色のきものは,様々な人との出会いによって作り出されたといっても過言ではない。
七五三当日,初めて美容室で素敵にヘアメイクと着付けを施された娘に柔らかな色合いの着物はとても似合っていて,その満足そうな表情に私も安堵した。
いつも割と自分の殻に閉じこもりがちで一歩引くタイプの娘だったが,今回の七五三を通して本人の希望が意外と強くあるということ,そしてそれは尊重されるべきであること,それを通して見えてくる個性が,今まで私が思っていたものではなかったことに気付かされた日々だった。
ところで,今回の一番のお気に入りはどれかと本人に尋ねてみた。
「やっぱり,ハートのバッグかな!」
あんなに苦労して作った着物じゃないんかーい!
まぁ,でも将来ちょっとしたパーティーにでも持って行ってくださいな。
小さなハートのバッグは,お気に入りのリップと,いい匂いのティッシュが常にスタンバイされて,子ども部屋の片隅で娘の毎日を見守っている。