母の夏休みミッション:死にかけのヒマワリを蘇生させよ
もう夏休みも始まって数日経つという日が我が家の保護者面談の日で,植木鉢はその時に車で取りに行くからね,という話をしていた。小3の娘からは,自分はヒマワリを育てていること,その高さは既に126cmの娘をとうに超えていることを再三聞かされていた。分かった,ヒマワリね,中庭にあるのね。そんなに大きかったら車に入るかなぁ。なんてのんびりと心配する。
それにしても例年以上にギラギラと暑い夏,児童はいない夏休みとはいえ,先生たちも色々とお忙しいでしょうに残された植木鉢の世話まで大変ね,と呟くと,学校ではところどころ穴があけられたホースが張り巡らされており,だから水やりはいちいち手動ではやらないよ,誰かが蛇口をひねるだけ,と簡単な感じで娘が言った。
誰かがひねるだけとはいっても,蛇口をあけっぱなしにして大問題になるプールみたいな事例もあるし,大人の世界も色々あるのよ,という言葉を飲み込み,そうなの,と答えた。
さて面談の日。早めに着いたので,教室に入る前に先に植木鉢だけ車に持っていこう,さすがに車中は暑いだろうから傍らにでも置いておいて,面談が終わったら積み込もうかしらなどと算段しながら中庭に進むと,カンカンと照らされたタイル敷きの床の上に,鮮やかな青の植木鉢に突き刺さった干からびた植物たちが散在していた。
張り巡らされたホースは微動だにしていない。何ならホースもカラカラだ。
マジか。とりあえずうちのヒマワリはどれだ。
「たまたま私がお休みした日が種まきの日で,先生が代わりに蒔いてくれたんだけど,間違えて2粒蒔いちゃったみたいで,2本生えてるんだよね」という娘の言葉を思い出しながら進むと,彼女のフルネームが書かれた植木鉢に行き合った。
これは…多分ダメなやつ…
植物のことはよく分からないけど,植物界で戦争が起こり,負傷者をトリアージされたらこの子は確実に黒だわ,なんてことを頭に思い浮かべながらも,とりあえず自宅に持ち帰るというミッションは果たさなければならない。
持参した袋は古新聞をまとめて入れられる新聞屋さんからもらった保存袋で,マチが広いからと思って選んだのに,学校の植木鉢は私の記憶よりもずっと幅が広くてあえなく破れた。でも,そんなことどうだっていい。他の車の邪魔にならなそうな,自車のフロントのナンバープレートを隠すようにとりあえずヒマワリだったものを置き,息子と娘の2人分の面談に向かった。
さてお昼近くに面談が終わり,車に戻ると変わらない姿でヒマワリは鎮座していた。持ち帰るというミッションを控えた植木鉢は確かに水をやるとその後の動きに制限がでるから,だからあえて水を与えていなかったのかもしれないな,などと思いながらトランクを開ける。我が家のフリードの後部座席はウォークスルーになっている。シートの間にヒマワリを横たえ,植木鉢の両脇を空のマイバスケットとティッシュの箱で固めた。その様子はもうヒマワリの霊柩車と言っても過言ではなかった。
お通夜のような気持ちで家路についた。
変わり果てたヒマワリの様子を見て,娘は「あー…」と残念そうな顔をしたが,「ね,2本生えてて,大きくなったでしょう」と自分と背比べをしてみせた。取り急ぎカサカサに乾いた土にたっぷりと水を注ぎ入れる。
大きいけれどこれでは観察ができないんじゃないの,宿題にならないよ,と言うと,そうだね,と呟いて家に入ってしまった。あまり思い入れはないようだ。
とはいえ,「花が咲いたところ」「花が咲き終わったところ」を観察させるのはもう無理なんだろうか。少しネットで調べてみると,いくつか治療法があるようだった。植え替えには弱いようだからこのままいくことにする。
枯れた下の方の葉っぱは切り落とし,荒療治ではあるが水を貯めた洗面器に直接つぼみの部分を浸しいれた。
つぼみの周りに残った,多少緑が残る葉にはアブラムシが付いているようだ。いつだったか買った植物用の虫よけのスプレーを吹きかける。
さらに,家を建てたころ(8年以上前)に姑が持ってきてくれたはいいが,それ以来使っていない植物用の栄養剤を水に溶かしてまだヒタヒタに水を蓄えている土に流しいれた。
正解が全く分からない。でもやってダメだったら仕方ないと思い,その日は終わりにした。
翌朝。
え,上向いてるじゃん!
朝日に照らされたヒマワリは,瀕死が嘘だったように上を向いていた。
心なしか小さくて固い,緑のつぼみがみえる気がする。
さらに2日後。
わ!これ完全に咲くやつ!
カラカラの葉っぱを押しのけるように緑の葉っぱが出てきて,さらに見紛うことのない黄色い花弁が顔を覗かせているではないですか。
なんだ,意外とヒマワリって強いの?それとも荒療治が効いたのかしら。
そして,学校から持って帰ってきてちょうど1週間目の今日。
咲 い た … !
今まで植物は枯らしたことしかないような私が,あの瀕死とも思えたヒマワリを復活させることに成功!なんという快挙!
向かって左の,少しだけ背が高いほうの個体も多分そろそろ咲きそうな,そしてこちらの方が少しだけお花が大きそうな気配。
さぁ娘!!観察日記を書いてちょうだい,まずは瀕死だったところから!と詰め寄ると
「2日分だから…」とツレナイお返事。
何言ってるのお母さんのたちが子どもだった時には観察日記は毎日だったのよ,しかも当然手書きで,なんてことを言いながら,猛暑の中を咲き誇るヒマワリを娘と並んで眺める。
始まったばかりだと思っていた夏休みも,あっという間に中盤に差し掛かろうとしていた。