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「愛と八正道」(『太陽の法』ポイント解説⑱)
この記事に目を通して下さり、本当にありがとうございます!
私の記事では、大川隆法先生の累計3500回の法話、3100冊以上の著書から、おすすめポイントを紹介しています。
現在、大川隆法著「太陽の法」のポイント解説に挑戦しています。
2024年、「何か一冊オススメ書籍は?」と訊かれたら、間違いなく『太陽の法』をおすすめさせていただきたいです。
「太陽の法」
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『太陽の法』は幸福の科学の基本書かつ最重要経典です。
大川隆法先生は、1986年7月に大手総合商社を退社・独立後、わずか19日間で、自動書記にて、この『太陽の法』を書き上げたと言われています。
(自動書記とは、天上界の啓示を受けて、ひとりでに文章を綴っていくような状態です。)
つまり、この『太陽の法』こそが、華々しい経歴を誇ってきた大川隆法先生が、学歴や出世街道など、約束されたエリートとしての未来全てを投げ捨ててでも書きたかった、真理の一書、ということになります。
以後、『太陽の法』は当会の根本経典として、30年以上もの間、人々の心を潤し続け、世界23言語で発刊の大ベストセラーとなっています!
人類の永遠の疑問への答えを明確に説き明かした「太陽の法」。
その魅力の一端なりとも、このnoteにてご紹介できれば、この上なく光栄です。
この一冊と出逢うために、あなたは生まれてきた―。
その言葉の意味を噛みしめながら、このnoteで出会ったすべての皆さまに、愛をこめて、『太陽の法』との出会いを贈ります。
第12回目となる今回は、『太陽の法』第3章「愛の大河」から、第8節「愛と八正道」をご紹介します。
「愛の発展段階説」?
「八正道」って何だっけ?
という方のために、まとめを少しご紹介しましょう。
【愛の発展段階説】基本の3ステップ!
①愛する愛…隣人愛。身近な恋人、家族への与える愛。
②生かす愛…人を生かす、教導の愛。時に厳しさの中の愛も必要。
③許す愛…「生かす愛」のレベル、善悪のレベルを超えて、悪を犯した相手の存在をも許す愛。宗教的境地でもあり、天使・菩薩と呼ばれる方の生きかた。
④存在の愛…その人が存在するだけで、人類の生き方が一変し、時代精神となるような愛。哲学者・発明家なども該当する。
⑤救世主の愛…一つの文明を覆うぐらいの、救世主の愛。釈尊、イエス・キリストなど世界宗教の教祖クラスがこのレベルに相当する。
【八正道】
正見:正しく見たか
正思:正しく思ったか
正語:正しく語ったか
正業:正しく行為をしたか
正命:正しい生活をしたか
正精進:正しい精進をしたか
正念:正しく念じたか
正定:正しく精神統一できたか
さらに詳しく学びたい方は、過去記事で復習されることもおすすめさせていただきます。
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それではいよいよ、第8節「愛と八正道」、どうぞよろしくお願い致します。
「八正道」は日々の修行、「愛の発展段階説」は長期的な目標
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真説・八正道のなかでは、人間として正しく生きてゆくための八つの道があることを話しましたが、これもまた、日々の悟りの材料であり、悟りへの道なのです。
一方、愛の発展段階説では、修行の対象として、「愛する愛」「生かす愛」「許す愛」「存在の愛」の四段階があることを説きました。
この両者をくらべてみると、八正道のほうは、日々の修行であり、日々の悟りを重視しているのだといえます。
そして、愛の発展段階説は、日々の生活に端を発しながらも、ある程度、中期、あるいは長期的な目標もあわせもっていることが指摘できると思います。
私たちは、日々の生活のなかで、「八正道」により、反省を深めることができます。
1日15分でも、「自分は正しく見たか?」「自分は正しく思ったか?」などを振り返るだけでも、だいぶ心の修練度が変わってくると思います。
「愛する愛」「生かす愛」「許す愛」などの愛の段階は、一日で自分が変わると言うよりは、そのような精神で生ききることができるよう、長い目で見て訓練していく目標になりそうです。
「八正道」と「愛の発展段階説」を比較すると
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八正道による悟りへの道を、あえて愛の発展段階説による悟りへの道とくらべるならば、つぎのことがいえるでしょう。
一 正見、正語は、愛する愛に通じる。
二 正業、正命は、生かす愛に通じる。
三 正思、正精進は、許す愛に通じる。
四 正念、正定は、存在の愛に通じる。
そこで、それぞれがどういうことかについて、その意味を説明していきましょう。
「正見」・「正語」は「愛する愛」に通じる
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・「正見」
まず、なぜ正見、正語は、「愛する愛」に通じるといえるのでしょうか。
愛する愛とは、自分が当然関心をもつべき対象に対する愛です。
そこで、相手に対して、適切なる好意をもつためには、まず、正しい信仰に照らして、相手を正しく見ることからはじめなければなりません。
ものごとの正邪を見分けることが大事です。
また、相手が、いま、何を欲しているのか。
いま、相手がこまっていることはなんなのか。
それを先入観を排して、ありのままに正しく見ることです。
「人を正しく見る」ということは難しいです。
相手の立場に立って考える必要があります。
そして、他者も同じく、神仏の創られた尊い存在である、と思えると、周りの人がとても愛しく感じられると思います。
・「正語」
正しく見ることができたなら、今度は正しく語ることです。
つまり、相手に対して、有害な言葉ではなく、適切なアドバイスをする。
相手の心をあたたかくするような言葉、こまっている相手を立ち直らせるような適切な言葉を使うことです。
「正しく語る」ということも難しいです。
もし、一日が終わる時点で、自分がその日一日に語ったことが録音されていて、就寝前にもう一度それを聞かされたらどう思うか。
これが、正語のチェックポイントです(笑)。
自分の発することで、相手を幸福にするような言葉を発せるよう、気をつけていきましょう。
「正業」、「正命」は「生かす愛」に通じる
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・「正業」
つぎに、正業、正命は、生かす愛に通じます。
正業とは、正しく行為すること。
釈迦の時代には戒律を守り、身体が罪を犯さぬようにすることを意味しました。
つまり、人間を含め、生き物を殺したり(殺生)、ものを盗んだり、(偸盗)、夫あるいは妻以外の異性と色情関係をもつこと(邪淫)を戒めていました。
現代的に翻訳するなら、暴力、盗み、不倫等を避けて、社会人としての倫理性を高めることです。
自己の社会人としての品性を陶冶していくことによって、他の人々をも啓蒙していくことができます。
「今日一日、正しい行為をしたか」。
社会的倫理に反することをしなかったか。
このあたりを反省するのが「正業」になります。
後ろめたい部分を持たないことによって、周りの人への説得力も増していくと思います。
また、「正業」とは、本来は「正しい行為」ですが、現代では「正しい仕事」という意味でも解釈できます、
与えられた環境で、「最善」を尽くす努力をしたか。
仕事における反省も積極的に行っていくと良いでしょう。
・「正命」
正命とは、自らの命を正しくまっとうすること、すなわち、正しく生活することです。
仏法真理に反する、自らを堕落させるような職業選択(暴力団、犯罪性を帯びた風俗営業、無用の殺生を生業とすることなど)を避け、大酒、掛け麻雀などの賭博行為、競馬や競輪への狂奔、麻薬、健康を害する喫煙等からも遠ざかるべきです。
多額の借金生活を余儀なくされ、サラ金等に追われる生活も、正しい生活とは言えません。
「正命」も、「正業」と少し意味合いが似ている部分がありますが、「正しく生活する」という意味になります。
現代的に言うならば、「時間の生かし方」と「ライフスタイル」に当たるでしょうか。
一日の時間をどう生きたか。
真理への貢献度はどれくらいか。
この辺りが、日々の反省項目になります。
・「生かす愛」の実践へ
また人間は、自分ひとりだけで生きてゆくことはできません。
さまざまな人に助けられて、さまざまな人とともに、共同生活をし、生かし合っております。
すなわち、正しい生活、つまり、正しい信仰生活のなかにこそ、生かしあいがあり、生かす愛の実践の場があるのです。
お互いに導きあうべき場があるのです。
言葉をかえれば、家庭ユートピアづくりに励む人、つまり、正命実践者が増えれば増えるほど、この世は天国に近づくのです。
かくして、正業、正命は、主として、生かす愛の段階にあるといえます。
今日一日、正しい行為をしたか。
今日一日、正しい生活をしたか。
この辺りの反省をすることが、人を生かす指導者の愛へと繋がっていくのですね。
「正思」、「正精進」は「許す愛」
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・「正思」
第三に、正思、正精進は、許す愛に通じます。
まず、正思――正しく思うということ、
つまり、こころの三毒(貪・瞋・痴)や六大煩悩(三毒に慢・疑・悪見を加える)に振り廻されず、人間関係を真実な目で見て、調整しようという思いが、この正しく思うということなのです。
正しく思うということができれば、心はつねに寛容で、あらゆるものをつつみ込むような、豊かな気持ちになれます。
だから、この境地を磨き上げれば心は自然に、許す愛の境地へと高まってゆくのです。
「正思」すなわち、正しい思いのチェックポイントとしては、
「素直さ」・「自助努力」・「謙虚さ」があります。
また、仏教的な言葉で言えば、
むさぼりの心(貪)、怒りの心(瞋)、愚かな心(痴)や、慢心(慢)、疑い(疑)、悪見などに振り回されず、常に正しい状態で思いを持つこと。
ともすればすぐに心が揺れやすい人間には難しい修行ですが、だからこそ整えていくことが修行になるのだと思います。
・「正精進」
正精進――正しく道に精進するということは、仏法真理の獲得のために努力、邁進するということであり、誘惑を断ち、善念で心を満たした結果、日々に悟りの境地が深まってゆくのです。
仏への道に対して、正しく精進するとき、徳力は倍加され、そこには怒りなく、そこには愚痴なく、そこには不平不満なく、そこにはねたみなく、文字通り「正思」の生活が実現し、ただ大調和の世界が地上に湧出するのみです。
すなわち、心は、つねに不動心をたもち、罪ある人をも、清めるだけの力が出てくるのだといえます。
ですから、正精進に磨きがかかればかかるほど、宗教的見識が一層深まり、まさしく、許す愛の境地はひろがってゆくのです。
正精進とは、神仏に向かっての精進ができているか。
仕事の方向性が、ユートピア建設へと向かっているか。
思いを整え、正しく精進することで、人を許す宗教的境地にまで達することが可能ということなのだと思います。
「正念」、「正定」は「存在の愛」に通じる
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・「正念」
そして、第四の正念、正定とは、存在の愛へ通じます。
正念とは、正しく念ずること、つまり、仏法真理の生活に心を集中させることです。
心を落ちつけて正しく自分の未来設計をなし、正しき自己実現の姿を祈る。
これが正念です。
正念とは、「正しく念ずる」ということ。
「未来に対する心のあり方」という考え方に解釈することができます。
「反省」を過去に対する悔い改めにするだけでなく、未来に対する心のある方を積極的に反省していく必要があります。
・「正定」
また、正定――正しく定に入るということ、正しい瞑想状態に入ることは、宗教者として、仏法真理を求める者としては、最高段階の姿なのです。
古来、宗教家たちはヨガだとか、坐禅だとか、止観だとか、あるいは反省的瞑想だとか、さまざまな精神統一をして、高級霊との交流を求めました。
まず、正定には、日々の反省のなかに、自らの守護霊と交流する段階があります。
さらに天命を遂行すべく、指導する霊との交流があり、最終段階として、上段階光の指導霊、如来界の人々と交流する段階があります。
「正定」では、「水のように波立っている心を治めていこう」とする作業が必要になってきます。
「心の安定」をはからないと、天上界からご指導を受けるような湖面のような境地は目指せません。
「正定」の「正しい定に入る」とは、限りなく神仏と一体の境地を目指す行為です。
「八正道」にも、「愛」にも段階がある
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以上に述べてきたことは、言葉をかえていうならば、八正道にも、修行としての段階があり、
正見・正語
→正業・正命
→正思・正精進
→正念・正定
と四段階にわけて修行にはげむと反省がしやすいということです。
これは釈迦の説いた八正道の順序とは異なりますが、初学者にとっては有効な修行順序です。(中略)
正見・正語なくして、正業・正命なく、
また、正思・正精進、正念・正定もありえません。
同じように、愛する愛なくして、生かす愛も、許す愛も、存在の愛もありえないのです。
いずれにせよ、まず、最初の段階がもっとも大切だということです。
以上、少しレベルの高いお話でしたね。
八正道にも、愛にも段階がある。
八正道の最初の段階である「正見・正語」と、
愛の発展段階の最初の段階である「愛する愛」が、
もっとも私たちが大切にするべきポイントである、という話でした。
まずは正しく見ること、正しく話すこと。
身近な人に愛を与えて生きていくことから、はじめていきましょう♪
最後までご覧くださり、誠にありがとうございました!
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