
探すことをやめたときに心の平安が訪れる
私たちのマインド(心)はとても忙しく活動しています。
今にいないで、思考をすることで、過去に行ったり未来に行ったり。
エゴ(自我)の活動と言ってもいいです。
昨日のできごとを思い出して、あんなこと言わなければよかったと後悔したり、今日の晩ごはん何食べようと考えたり。
そうすることが悪いと言っているのではなくて、過去に行ったり未来に行ったり、これを無意識のうちに続けていることに気づいていくことが大切かなと思うのです。
自分は自分で気づいている以上にこれやってるな〜という観察です。
なぜなら、身体はいつも今にいるので、ずっと置いてけぼりになってしまうからです。
心と身体がちぐはぐで一致していない。
マインドフルネスじゃない。
自我の根本の恐れというのも、今のこのままの私じゃダメだという焦燥感みたいなものに駆り立てられることで、もっと、もっと (the more )・・・というふうになっていて、私たちの姿勢は前のめりになっています。
なので、この姿勢をまっすぐに戻してあげることをいろんな方面からしてみるといいと思っています。(身体の面からも心の面からも)
もし気になることがあれば、その思いがどういうところから来てるのかを見てみるといいと思うんですよね。原因を突き止めるというのではなくて、ああこういうことを私は思ってるんだなという気づきです。
まっすぐになって下の方とスーッと一直線になることで、抵抗がなくなって身体の力がぬけて、アウェアネスが下から上がってくるイメージ。
ふかーく深呼吸してアウェアネスに満たされる。
余計なものがそぎ落とされることで、軽くなるイメージです。
探すことをやめたときに、心は深く沈み、私たちが既に知っていて本来求めているものに出会う。
外に何かを探し求めることをやめたときに、摩擦や抵抗がなくなることで、スーッと下の方に降りることができる。
わけのわからない表現になってしまいましたが、こうなることで心は休まっていきます。
手放しなんていう表現もありますね。こんなふうに文章にすると頭で理解しようとするからわかりにくいかもしれません。だから体を動かすことは思っている以上にいいように思います。