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初めて人を本気で好きになったのは高校生の時でした



先輩大好きです。でも言えません


「あのさぁ、ともちゃんもこれがファーストキス、だよね」
「…………」
「だったら、ごめんね。私、奪っちゃった」
私、この瞬間をずっと待っていたに違いない。

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時は戻り、今の私は中学三年生。来年度入学する予定の高校の文化祭に、学校見学も兼ねて友達と来校した。文化祭は入学説明会で言っていた通り、華やかで、先輩たちはみんな生き生きとし、輝いて見える。
その様子を見ているだけでもワクワクしていた私達は、なんとなく覗いた体育館で公演していた、演劇部の劇を観ることになった。
その中でも特筆して心を奪われたのは、一人の先輩だった。主役ではないけれど、演技している姿はまるで、本物の天使と思わんばかりの壮大な演技力に圧倒されてしまう。
文化祭から帰った後も、あの先輩のことが頭から離れることはなかった。

────

高校に入学すると、部活動紹介のオリエンテーションが開催された。クラスの友達たちは「どこにはいる?」なんて言い合っていたが、私はすでに決まっている。それはあの先輩の居る演劇部。すぐに入部届を出した。

「一年C組の七瀬友香です。演劇は初めてですが、よろしくお願いしましゅ!」

恥ずかしい。噛んでしまった。こうして恥ずかしながらも私の演劇部でのスタートが幕を開けた。もちろん目的の先輩も在籍しており、ホッとする。
今まで分からなかった名前は、すぐに判明。「二年も自己紹介はじめ」の合図とともに各自紹介があり

「二年A組、水川ももちです。呼ぶときはももでも、ももっちでもオーケーだぁよ」
と、文化祭で観た舞台の上での彼女とは違い、とってもほんわかと愛嬌のある声で紹介してくれたのが印象的だった。

女子の特権を使い、ももち先輩を真近で見ると、スタイル抜群で大きくてクリクリのお目目、ピンク色の髪は肩甲骨まであるストレートヘアでサラサラ、全体的に私と比べると雲泥の差なのがよくわかる。同じ女子としてはちょっとショックかも。

クラスの友達と会話していると、ももち先輩の話が時折出る。
「友香って、演劇部入ったんだよね。そしたらももち先輩の噂知ってる?」
「ももち先輩の噂ってなに?」
私は興味津々で聞いた。ももち先輩のことなら何でも知りたい。
「どんなに告白されても、すべて断ってるんだってさ。それも他校からも告白者がいるって噂だよ」
私は平然を装って「へぇーそうなんだ。人気者なんだね」ぐらいしか言えなかった。

やっぱりももち先輩は特別な存在なんだなぁと改めて思う。そう感じさせる出来事があった。
それは舞台稽古中のことだ。役に入る前は、おやつに用意してあるお菓子を「もものドーナツ、食べないでねっ」なんて、優しい口調で言っていたかと思ったら、舞台の上では、完全に役に入りこんでしまうのだ。

「そんな奴、殺してしまえ!」

腹の底から湧き溢れる声音に驚いた。目つきもギョロりと、完全に人を何人も殺めたことのある目つきに変わって、大好きな先輩が別人になってしまったみたいで、その時は正直怖かったのを覚えている。

ももち先輩と仲良くなったのは、体育館の裏で一人、発声練習をしている時のことだった。

「あぁ、腹から声を出すって、正直疲れるわ」

弱音を吐いて休憩していると、誰かが近づいてくる足音が聞こえてきた。
私はとっさに隠れた。別に悪いことをしていたわけじゃないので、隠れる必要なんてないのだが、相手はももち先輩と知らない男子生徒だったからだ。

「水川さん、好きです! 付き合ってください!!」
「ごめんなさいね。今は誰とも付き合う気ないんだぁ」
「そうですか……」

男子生徒はしょんぼりしながら、とぼとぼと帰っていく。
見てしまった。見ちゃった。どうしよう。見てしまったものはもうどうもできない。
他人の告白シーンを見る機会なんて、ドラマぐらいでしかなかった私にとっては、ドキドキが止まらない。もちろん私が告白したり、されたわけじゃないのに。
そんなこと巡らせていると、背後から声をかけられた。

「いーけーないんだ。部活サボって人の告白を見るなんてぇ」

私は突然現れたももち先輩に、びっくりして心臓やら目玉が飛び出るかと思った。

「あっ、あの、すみません。すみません。自主練中でして、そしてあの……見るつもりはなかったのですが……」

平に謝ることしかできなかった。でも、ももち先輩は優しかった。

「いいの、気にしないで。ももは誰とも付き合う気ないんだぁ」

そういって遠くを眺めている。ももち先輩は儚げな表情で語りだす。

「私って、男の人って駄目なんだよね。実は怖くてさ……」

今までに見たことのないももち先輩の寂しそうな笑顔を見ていると、なんだか私も釣られて悲しい表情になってしまう。その日から私と先輩の距離は短くなっていった気がする。

「ともちゃんドーナツ、いっしょに食べようよ」
「先輩そんなに食べたら太りますからね」

「ともちゃん帰りにミスド行かない?」
「先輩の頭の中はドーナツばっかりなので、その考えから一旦離れてくださいよ」

二人の関係性は先輩と後輩の枠を超えて、友達感覚になっていき、ミスドで飲んだコーヒーにミルクと砂糖を入れた時の様に甘く溶けていく間隔すら覚えた。
舞台稽古の休み時間に、ももち先輩と二人っきりになることができたのは、とてもうれしいことである。

「ともちゃんはさぁ、好きな人いるのかなぁ……なんて思ったりして」
「私には、そういう方いませんから……」

なんてとっさに答えたが、ももち先輩が好きだと言いたかった。でも言えない、私達は女の子同士なんだしさ。

夏の県大会が終わり、秋に行われる全国大会へと我々演劇部は、コマを進めることができた。これもすべてはももち先輩の演技力の賜物である。
夏休みの後半に急遽、全国大会へ向けた合宿が行われることになり、私とももち先輩は同室となった。

「同室よろしくねぇ」
「よっ、よろしくお願いします」

同室を喜んだはいいが、朝はランニングから始まり、昼前まで個人レッスンをして、午後は通し稽古と、みっちりとスケジュールで埋められていた。
夜はももち先輩とお話しできたらいいなと思っていたが、ハードスケジュールについていくのが精いっぱい。布団に入ると一分もしないうちに寝てしまうのだ。
このままももち先輩との進展がないまま、夏合宿は最終日の夜を迎えた。

「ともちゃん、今日で合宿最後だし、一緒に寝てもいいかなぁ」
「一緒にですか? もちろんいいですけど……」

ももち先輩は、私の布団に枕を持って入ってきた。どうしよう緊張する。

「前にも聞いたけど、ともちゃんは好きな人って、本当にいないのかなぁ」
「ほっ本当にいませんから……でも憧れている方ならいます」

ももち先輩と女子トーク、楽しみだったんだ。それにももち先輩の体温が直に伝わってくる。私の心拍数もそれに比例して上昇する。

「ともちゃんの憧れている人ってどんな人?」
「それは……」

言えない。ももち先輩に憧れているなんて、この状況で言えないよ。私は黙ったままにしていると先輩は語りだす。

「……私は好きな人いるよ」
「ももち先輩はどんな人が好きなんですか?」

そういえば、過去に男の人が苦手だって言っていたのを思い出した。けど対象は男だよね。

「どうしようかなぁ。そうだ、目をつぶってくれたら、教えてあげるね」
「では、目をつぶりますので、教えてくださいね」

私は目をつぶりじっと待った。ももち先輩が好きな男の人を思い浮かべながら待った。でも好きな人がいるって聞いて、ちょっと悲しかったな。

すると唇と唇が重なる瞬間、柔らかな感触と共に全身に電気が走る。私は目を見開きとても甘い香りに酔いしれる。これはももち先輩のお気に入りのリップの香りだ。

「あのさぁ、ともちゃんもこれがファーストキス、だよね」

「…………」

私はアワアワとして赤面して言葉が出ない。だってだって、憧れのももち先輩とキスしちゃった。

「だったら、ごめんね。私、奪っちゃった」

いたずらっぽく語る先輩に、私の心臓はバクつくだけで精一杯。

「知ってるんだぁ。だって、ともちゃんが私を見ているときの目は、絶対に恋をしているときの目だったのだもの。だから私の前では嘘をつかないでね」

驚き恥ずかしの顔をするそんな私を見て、ももち先輩は天使のように微笑むのだ。私は完全に力が抜けてしまった。今度は私の手を絡めながら握りしめもう一度、唇が重なった瞬間、思うのだ。私達、今夜は眠ることができるのだろうか、と。



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