40歳の誕生日に、銀座ひとり寿司に行ってきた。
40歳の誕生日をどう過ごすか。
誕生日の1カ月あたり前から、私はソワソワしていた。
ただの誕生日ではない、今年は不惑の節目なのだ。
ありがたいことに、30代の誕生日は毎年、おいしい料理でお祝いしてもらってきた。
しかし今年は、祝ってもらえそうにない。いや、声をかければ誰か祝ってくれるのだろうが、こちらから声をかけるのも申し訳ない。
どうしようかと考えていたら、以前noteの記事で読んだ「誕生日に1人で銀座に寿司を食べに行った話」を思い出した。
銀座ひとり寿司。
なんてゴージャスでエレガントな過ごし方なのでしょう。
誰かにごちそうしてもらうのも嬉しいけれど、自分で働いて稼いだお金で、おいしいものを食べるのは最高じゃないか!と思った。
思えば、31歳で会社を飛び出しフリーになった私にとって、30代はひたすら、自分の手で生きていくためにもがいてきた時間だった。
貧乏時代の浪花節エピソードを話し出したらキリがない。
今でも、いつ沈むか分からない薄氷の上を歩いている毎日ではあるけれど、それでもようやく、人並みの生活ができるようになった。
どうせ行くなら、中途半端な店ではなく、冒険がしたい。
とはいえ、気難しい大将に寿司の食べ方をあれこれ言われるようなところだと、楽しめなさそう。記事からヒントを得て、女ひとりでも行きやすそうな女性大将のお店に決めた。
最初のハードルは予約だ。部屋でひとり、正座をして電話を手にとった。
「30日の夜、予約をお願いしたいのですが」
「空いていますよ」
電話の向こうで優しそうなお兄さんの声。
「何名様でお越しですか?」
そうよね、そら聞くよね。
「あの……1人なんですけど、大丈夫でしょうか?」
おそるおそる聞くと、すかさず、
「もちろんです!お待ちしております」
と、尊い!(涙)
一流の店は、やはり接客も一流である。
私の中で、この店員さんのイメージは勝手に沢村一樹となった(「グランメゾン東京」はフレンチだけどね)。
寿司と酒のマリアージュにゴールはない?
決戦の夜。お店の扉を開けると、カウンター8席のみの小さな店内の中央で、女性大将がテキパキと寿司を握っているのが見えた。
名前を告げると、「お待ちしてました!」と男性の店員さんが真ん中の席に通してくれた。
おぉ、あなたが沢村さんですか。
このとき、客は6人。私を中心に、右側には業界っぽい3人組。
私の左隣は、いかにも!な同伴カップル。(見たかった寿司屋名物その1)
田中みな実風女子と、大手企業の上役っぽいおじさまだ。
そして、左端にはおひとりさまの男性客。
ん? そこで私の視線が止まった。
なんと、男性の前にはワイングラスが4つ並んでいるではないか!
白・白・赤・ロゼ
この景色がわけわからなすぎて、一気に緊張がゆるむ。
この男性、おそらく私と同世代だ。雰囲気は、最近よくテレビドラマに出ている山内圭哉さんに似ている(知らない人ググって)。山様とお呼びしよう。
お飲み物は?と沢村さんに聞かれて、まずはビールの小瓶を注文。続いて大将に「お食事はどうされますか?」と聞かれたので、正直に、「私、はじめてなんです」と伝えた。
「おまかせでも、個別に注文していただいても大丈夫ですよ」と言われたので、「おまかせでお願いします」と伝えた。ちょっと声が上擦った。
タイ、ヒラメの昆布締め、タコ、白魚など、お刺身のおつまみがゆっくり出てくる。
もう、これがいちいちうまいの! 口の中でとろけるの!
ひとりの良さは、食べ物の味に集中できることだ。と、おいしい食事に浸っていたら、
隣の田中みな実風女子が、お寿司を食べながら、
「おいしー♡」「わんわん♡」と言っている。
こんなかわいい女子と食事ができたら、そりゃ楽しかろう。
その隣で、山様は「冬はシャリを変えるんですか?」「今日のウニはどこのですか?」など、専門的なことを聞いている。
そうか、これが噂の〝ツウ″の常連客!(見たかった寿司屋名物その2)
ビールがなくなったところで、次に白ワインを頼むことにした。
寿司には日本酒だろうと思って来たのだけど、左半分(山様+同伴カップル)がワインを飲んでいたので、私も寿司にワインを合わせてみたくなったのだ。
おつまみが一通り出て、「それでは、握り始めますね」と言われたころ、隣の同伴カップルがひとしきり、「しふくー♡」「しふくだね」と言い合って帰っていった。これからお店ですかね。
すると、次に来るお客様のことを考えてなのか、大将が山様を私の隣の席に移動させた。
目の前に、4つのワイングラスがどんどんどんどん!と並ぶ。
「あ、どうも」と頭を下げ合ったあと、タイミングを逃さぬよう切り込んだ。
「あの……これって、ネタに合わせてお酒を変えているんですか?」
「もちろんです。良かったら、ワイン飲んでみます?」
「えっ、いいんですか?」
自然な流れで、ワインをご馳走してもらえることになった。
握りの最初のほうなので、古酒のワインがいいと、白のとっても濃厚なワインを1杯いただいた。
ワインにしては度数がやや高め。樽味の濃さとはまた違うしっかりとした味。古酒になると、樽味はなくなるのだそうだ。
ほえー。
山様は2~3カ月一度この店に来る常連さんで、必ずワインを持ち込むという。
「あくまでも料理が主役なので、それに合うワインを毎回チョイスするんです」
見ると大将の後ろに、ワインが4本並んでいる。
「4本?ここに持ってきたんですか?」
「4本!こうやって手に持って来たんですか?」
驚きのあまり、2回聞いてしまった(笑)。
「はい」と山様は何食わぬ笑顔。
今度は山様から「今日はなんでここに来られたんですか?」と質問されたので、「実は今日、誕生日なんです」と答えると、「それはおめでとうござます」。
すかさず大将も「おめでとうございます」。
言わせたみたいで恐縮だけど、祝われるのはやっぱりうれしいもんです。
美しい寿司が目の前にそっと置かれる。
どうしてもやってみたかった、手で食べるやつ!
パクっと口に入れると、それはこれまでに食べたことのない料理だった。
これが寿司というものなのか? これまで私が寿司だと思って食べてきたものは寿司ではなかったのか?
酢の味が強く、シャリが口のなかでしっかり主張してくる。
山様はこの店の寿司を「酢飯がシャープなんです」と表現した。
マグロ、ブリなどおいしい寿司を堪能して、終盤に出てくるのはノリで巻かれたたっぷりのウニ。
「まだ飲めそうなら、ウニのために持ってきたワインがあるんです」と山様。
まだ飲めますとも!
ロゼのように見えたが、よく見るとオレンジだった。
「新潟のワインなんですけどね、これ、オレンジワインっていうんですよ」
オレンジワイン!!
ウニのためだけに持ち込まれたこのオレンジワインが、紅茶のような心地よい苦味があってこれまた本当にうまかった。
今まで味わったことのないワインと寿司に、頭がくらくらしてきた。
私の料理は一通り終わったが、山様が頼んだかんぴょう巻きを「よかったらお一つどうぞ」といただくことになり(遠慮したほうがよかったのかしら)、
「かんぴょうには……しいていうなら赤ワインかな。これボジョレーのワインなんですよ」と、赤ワインまでいただいてしまった。
ボジョレーといっても、ヌーボーのようなチェリーボーイ感はまったくなし! 老成した紳士の味であった。
しかし、山様ときたら、「毎回ここぞというワインを料理に合わせて持ってくるんだけど、なかなかピッタリこないんだよな」としょんぼりしている。
大将がそんな山様を気づかい、「難しいですよね。皆さんいろんなお酒を飲まれるんですけど、結局最後は〝菊正宗が一番″ってところに落ちついたりもするんですよ」と微笑む。
面白い。そして深い。
人生は一期一会
大将は、私の2歳年上だという。
お寿司の道に進んだ理由は、「私、ずっとふらふらしてたんですよ。たまたま飲食のバイトをしていたときに、師匠に出会ったのがきっかけです」。
そこから新橋の名店で修業して、銀座で開業。
「女性だからと、いやがらせなど受けなかったですか?」
「最初は、女が握った寿司はまったく相手にされなかったですよ」
そう言ってカラっと笑う。
「今度ランチを始めるんですけど、これでやっと『私、寿司屋やってます』と自信をもって言えるなって思うんです」
いい表情だな、と思った。
ベリーショートの髪型に化粧っ気もまったくないけれど、美しかった。
歩んできた道の険しさを、まったく感じさせないのが粋である。
気がつけば23時。すっかり長居してしまったことに気づき、慌ててお会計をする。
山様にワインをご馳走になった分、お店の売り上げには貢献できなかったけれど、それでもいつもの1回の飲み代の4~5倍くらいのお値段だった。
最後に山様にワインのお礼を伝えて席を立つ。山様はオススメのお店をたくさん教えてくれたけれど、大将の前で、「今度一緒においしいものを食べに行きませんか?」なんて言って連絡先を聞くような無粋なことはしない。
「またぜひ、この店で会いましょう」
最後までスマートである。
「はい、ぜひ!ありがとうございました」
私は笑顔でお店を後にした。
外に出ると、夜の風が気持ちよかった。
楽しかったこと、苦しかったこと、全部がなんだか遠くのことのように思えた。
30代のあれこれを手のひらにのせて、「濃密だった!ありがとう!」と笑って、ふっと吹き飛ばしたような痛快な夜。
グッバイ30代。カモン40代。
それにしても、銀座ひとり寿司、病みつきになりそう。
▼元祖の記事はコレ。めちゃくちゃ面白い。
35歳の誕生日を男に忘れられたので1人で銀座に寿司を食べに行った話
https://note.com/rosa808/n/n3592cf3bfb77
▼この本で勉強しました。「いくつになっても冒険はできる」と湯山先生。カッコいいです!
※写真は、お店に許可をいただいて撮影しました。