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(1)ことの発端

2019年秋、十数年ぶりのひとり旅は、バックパックではなくスーツケースを引いて。 
エストニア・ラトビアをあるく旅の記録。
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 なにもかもがうまく回っていると思って少々浮かれていた夏の終わりに、予想もしていなかったことが起きた。

 ずいぶん長い間待ち望んでいたものが流れ星のように降ってきて、手に入りかけたと思った次の瞬間、それは邪悪な隕石のごとき姿に変わり、どすんと私の日常に衝突し、消えてしまった。その衝突跡に、ぽっかりとあらわれた二週間の空白。その空白を、私は旅で埋めることにした。

 夏の初め頃からずっと読んでいた中東に関する旅行記が、旅への衝動をかきたてた。孤独な旅を愛するイギリスの旅行作家、フレヤ・スタークによる紀行集だ。何か調べものをしていたときに、偶然その名を目にし、著書を探して読み始めたのだ。

 イザベラ・バード、メアリー・キングスリー、マリアンヌ・ノース……、一九世紀から二〇世紀にかけて、イギリスから多くの女性探検家、旅行作家が世に出ている。中東を旅し、多くの紀行文を残したフレヤ・スタークもそのうちの一人である。恵まれた環境で育ったわけではない彼女が独学でアラビア語やペルシア語など多くの言語を習得し、九十歳を越えても西アジアへの旅を続け、百歳まで長生きしたというたくましさに強く惹かれた。

 彼女の初期の作品である『バクダード・スケッチ』のペーパーバックを手に入れた。伝記が電子書籍で読めることを知り、そちらも読み始めた。(伝記の方は『情熱のノマド』というタイトルで邦訳が出ていることを後から知った。絶版となっているので古書店での取り扱いか図書館蔵書を探せば読むことができる)

 私に今必要なのは、フレヤ・スタークの無軌道ともいえる行動力であるように思われた。いまいましい隕石がつくった空白を埋めるべく、急遽チケットを取った。行き先は、梨木香歩の『エストニア紀行』を読んで以来訪れたいと思っていたバルトの国々、エストニアとラトビアに決めた。

 「バルト三国」と呼ばれるバルト海沿岸の三国は、北から順にエストニア、ラトビア、リトアニアと並んでいる。三カ国ともロシアとその飛地に接しており、この大国とは歴史的に深いかかわりがある。いちばん北に位置する国エストニアは、フィンランドの首都であるヘルシンキとは湾をはさんで約90キロしか離れておらず、人やモノの行き来も活発である。今回はヘルシンキを経由し、エストニアのタリン、ラトビアのリガと二都市をめぐる行程となった。タリンからリガへは長距離バスを利用する。

 鞄には、『エストニア紀行』の文庫本とともに、フレヤ・スタークのペーパーバックも一緒に入れた。異郷にあること、孤独であることを愉しむスタークの文章は、思っていた以上に旅の心に寄り添ってくれた。

 久しぶりのひとり旅。
 この十年、旅をともにしてくれた子供たちはそばにおらず、バックパックの代わりに今回は小さなスーツケースを引いていた。待ちかねたひとり旅のはずなのに、何か大事なものを忘れているような、心もとなさばかりがつのる日々だった。

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鞄を引いて知らない街へ(←Amazon商品ページへのリンクです)
【もくじ】
ことの発端
旅立ちの空港
機内食
車のなかで
列車の見えるホテル
マトリョーシカ
本屋の中にあるレストラン
度胸足らず
以心伝心
通してもらえない
ひとりのテーブル
旅の感懐
名前を知らない
あそこに行きたかった
ピスタチオ・フィーバー
朝のビュッフェ
パイプオルガンコンサート
ドミニコ会修道院
たどりつけない
いつもの道、いつもの一日
長い脚・短い脚
ラッパの郵便局
いわくつき
時差
バスから海が見たかった
旅の点描
ヘルシンキ空港の卓球台
教会の裏の黒い猫
旅の買い物
おしゃべり
最高のごはん
わすれもの
夜の乗りもの
めざして歩く
ことばをかわす
寂しさを手懐ける
ペール・ギュントのはなし
しあわせの箇条書き
おわりに

【著者について】
Marie
2006年より運営するブログ「Mandarin Note」(http://mandarinnote.com)では、Kindle・スマホなどガジェットを活用した英語・中国語学習法や、手帳術・タスク管理など、デジタルとアナログの両方を使って暮らしをマネジメントする方法を紹介している。バックパック1つでアジアやヨーロッパを旅した若き日の記憶が忘れられず、今もときどき子どもを引き連れ旅に出る。
『「箇条書き手帳」でうまくいく はじめてのバレットジャーナル』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『英語が身につくちいさなノート術』(KADOKAWA)、『超時短イングリッシュ 今すぐ始めるお手製学習法』(アルク)ほか著書多数。

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Marie
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