この1か月ちょっと、心がぐわんぐわんと揺れている。 原因は、「やらないという決断」にまつわるものだ。 というのも、この1か月半の間に、自分にとってすごく魅力的に思えたプログラムに、「やりたい!」と手を上げかけたけど、心の中にあった違和感に耳を傾けて、「やらない」という決断を2度した。 にもかかわらず、「やったほうがよかったんじゃないか」「なんでやらなかったんだろう」という後悔が未練がましく何度も何度もよみがえっては、心が揺れまくっているのだ。 私の性分として、「迷った
今夜はいつもとちょっと違う。 夕飯の食器を洗ったら、朝から読めていなかった新聞をゆったりと広げる。 読み終わる頃、お風呂上りの1歳の息子を、夫から受け取り、保湿や着替え。その後、夫が寝かしつける。私はリビングで待機。私を求めて泣く息子の声に落ち着かないけど、段々静かになって、私は本当に久しぶりに、ゆっくりと一人で好きなだけお風呂に入った。 それというのも、おっぱいが終わったのだ。 正確には2月11日、おっぱいが閉店した。 息子が生まれてから、1年と3か月と20日のこ
ソファに座って、最近お気に入りのジンジャーシロップ・ウィスキーお湯割を飲んで、息を吐いた。 こんな静かな時間、昨日の夜には全く想像できなかった。 忘れてはいけない。そう思って、誰かに読んでもらうわけではなく、未来の自分のために書いておきたい。 はじまりは昨日の夕方。 1歳の息子が、化学薬品(苛性ソーダ)が付着したへらを誤ってなめた。 私は馴染みのお店で石鹸づくりしていて、その原料の一つが苛性ソーダという薬品だった。 私は息子のなめたへらに薬品が付着していたことを知
めくったページにあった詩を読む なにかがゆるむ ひとめぼれで買った絵本を読み返す 流れ込んだあたたかさがなにかを溶かした 眠れない夜 からまった糸を何度も何度も考えては寝返りをうつ 起きだして ハチミツたっぷりの甘いお茶を片手に 乾いた土にたっぷりと水をそそぐ あぁ、乾いていたんだとようやく気付いた
向こうからやってくるものが 何であろうと私は迎える。 ここから去るものが 何であろうと私は見送る。 何もできなくても 全力で試みる。 容易いことでも 何度も繰り返す。 甘くみない 諦めない 機と会うこと。 「Letter」Akira Minagawa より 「運が悪い」「縁がなかった」 なんて言ってちゃ、会えないんだろうな。 めげるな、自分が大切にすると決めたなら。
こんなに からまってしまっては もうほどけないかもしれない とこうとすればもっと からまってしまう いい方法がみつかるまでは ほっておこう いつのまにか ほどけてることも あるだろう いつのまにか からまったんだから 「Letter」Akira Minagawaより 時々訪れる、眠れない夜。 めくったページのこの詩がしっくりきた。 ほんと、すぐほどこうとやっきになる私の性分。 まぁいいじゃないか。ほっといてみよう。
息子が生まれてから3か月。 夫婦フリーランス(状態)でフレキシブルな働き方のため、育児において数時間以上の一人態勢を経験せずに済んできた。 しかし、いよいよ迎えたのが、だんなさんの出張。いきなりのワンオペ丸二日である。 ちなみにお風呂入れはだんなさんの専売特許だったため、私は初体験。何より、数時間だって、ぐずっているときは一人で7キロ迫る息子のギャン泣きを抱えながら家の中でうろうろしているのは、なかなかにしんどい。 どうなる!? 数日前から「大丈夫かなぁ。。。」とぼ
妊娠中というのは、その時の自分の精神状態が影響するもんだなぁとつくづく感じる。 疲れているのに、目がさえて眠れない。理由は明白だ。眠る前に母から来た一本の電話。それが私をイライラさせている。 「もしもし、ちょっと話せる?」 母親が突然電話してくることはほとんどない。しかも、今回は関東を直撃した台風が心配になって前日に連絡をとったばかりだ。 少し緊迫した母の声に、いやな予感がした。友人夫婦と夕ご飯を食べて戻るところだったので、「またかける」とだけ言って切ったが、翌日以降
9月25日は誕生日だった。 少し時間がたってしまったけど、ささやかながら覚えていたい誕生日となったので書いておきたい。 突然だけど、私は「誕生日ドライ」なタイプだ。子供のころから何となく「お祝いしなければならない」と決められている感じがして苦手だった。「おめでとう!」と言われても、そういうもんだから言っているんじゃないか、とかひねくれたことを考えていた。誕生日に自宅に引きこもっていたら、「信じられない!」と愛情あふれる友達に怒られたこともあった。 さて、今年も例年通りや
朝の4時25分。最近、トイレに起きてから眠れなくなることが多い。頭がぼんやりしていて、間違いなく眠いのに眠れない。こんな状態で投稿するのは躊躇するけれど、記録として記しておきたいと思う。 妊娠9か月。おなかは1か月前と比べると格段に大きくなった。動くとすぐ張るし、一昨日はズボンをはくときに腰をグきっとやってしまった。おなかの中の人の動きは日々、強さを増している。いよいよ出産が近づく実感がわいてくるし、早く会いたい気持ちは確かにある。 ただ、自分の中で、自分中心主義の性格と
それは、久しぶりに会う友人夫婦とともに、目的地に向かう車の中だった。 「最近どう?」から始まったたわいもない会話は、私の相方が「この人(私のこと)は最近、退屈しているらしいよ」と振ったことで、私の近況やら最近思うことへと話が移った。 妊娠、新しい仕事、移住、新しい人間関係…。ここ最近、人生の急激な変化の中で、私は自分の居場所ややり方が見つけられずにもがいていた。何か一つの問題がある、というよりはいろんな気持ちが入り乱れて、なんとなく言葉として出てきたのが「今の生活だけだと
昨日、妊娠6か月まで通っていた産婦人科病院で、「助産院で産みたい」と切り出した。 高齢出産にあたる38歳で初産。<助産院>という選択肢には、年齢もあってこれまで周囲からいろんな反応を感じてきた。かかりつけの病院に希望を伝えるのは、かなり緊張する瞬間でもあった。 結論からいうと、医師の反発は予想以上だった。 「死ぬかもよ」、一方的に突き付けられた<リスク>「この年齢でしょ。はっきり言って、かなりのリスクがありますよっ」 いつにない強い口調。(助産院への)紹介状を書きなが
街の雰囲気というものを、言葉で伝えるのはとても難しい。でも、あえて言葉にするとしたら、それは「淡いグラデーション」という感じだったかもしれない。 福岡県の津屋崎。 「対話を活用した街がある」と聞いて、「対話」と「町」という組み合わせが何とも意外で、興味を惹かれた。仕事仲間が縁をつないでくれて、6月に訪ねることができた。 延々と続く砂浜に、穏やかな波が寄せる。半島の向こうの遠い空に、福岡空港へ吸い寄せられるように、飛行機がゆっくりと下降していった。海からすぐの街中は「津屋
突然だけど、旅の記録から産むの記録へと変更したいと思う。 単純に人生を軌道修正せざるをえなくなったからなのだけど、ちょうど半年前まではスカンジナビア半島からモロッコまでを旅していた。まだまだ旅を続けるぜ、と思い込んでいたけど、人生はそうは問屋を下ろさなかった。 人生数周回遅れで、レールを外れたこともあり、齢38。もうとっくに高齢出産の年齢だ。友人の話やインターネットの記事をみて、不妊治療も視野に入れないといけないのではないかとモヤモヤしながらも、もうすこーーーーしだけ自由
それは、昨日のこと。作業もろもろあり、自転車を借りてシチリア・パレルモの街を出発したのは、2時を回っていた。 パレルモから直線で13キロ。半島にある白砂のビーチがきれいなモンデロという小さな街を目指す。直線の道よりかなり長くはなるけど、海沿いの曲がりくねった道を選んだ。 切り立った崖のような山が家々の後ろにそそり立っている。波は高いけど、緩やかな曲線沿いに街が広がる海辺もきれいだった。ただ、海沿いの道は別荘地のようで歩く人が全然いなかった。 写真を撮ったりしつつ、何とか
住所不定になって、5ヶ月目に入った。 (上の写真のおじいちゃんは、ご飯屋さんのレジ前でなぜか爆睡していたのをパチリ) スゥエーデンの留学先を出て、ヨーロッパを南へ。東欧やスイス、オーストリアのファーム滞在を経て、10月にイタリアに入って、ようやくヨーロッパの南端、シチリアにたどり着いた。 ところが、途端にものすごい疲れに襲われている。とにかく、何もしたくない。ベッドから起き上がると、頭がいたい。食料を調達する以外は、ひたすらこんこんと眠っている。 でも、不思議なのだ。