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私がフィリピーナと結婚した理由


私がフィリピーナと結婚した理由


以前、「フィリピーナと結婚したらどうなるか」というタイトルの記事で、自身の体験から、よくあるパターンをいくつか挙げてみました。

以下の記事です。


今回は、なぜ私がフィリピーナと結婚したのかについて、その理由について書いてみようと思います。

私の場合、以下の理由が挙げられます。


理由① 28歳のときに熱心なクリスチャンになった

当時サラリーマンとして働いていた私は、もともと患っていた社会不安障害ゆえに、平日のみならず休日の日も会社や上司のことが恐くて仕方がなく、心の中は常に不安や恐れでいっぱいでした。

そんな感じでしたので、若い頃から精神的な拠り所を求める傾向が強く、何かスピリチュアル的なものや宗教などに傾倒しがちでした。

それで、いろいろ渡り歩いた結果、キリスト教のプロテスタントにたどり着きました。

クリスチャンになることで、心の悩みが解決されるのではないか、という一抹の期待をもっていたのです。

しかし、クリスチャンになったばかりの当時の私は、聖書を読んでも理解できないところが多く、致命的なことに、キリスト教の教義の根幹をなす救いの部分、つまり、無実の罪で人類すべての罪を背負って十字架で死んで、3日後に復活したイエス・キリストを心から信じることで、「救われ」、死んだ後天国に入ることができる、という話をなかなか心から信じることができませんでした。

元来ガチガチの理系タイプであった私の頭では、到底理解不可能な話だったのです。

また、詳細は他の記事に譲りますが、当時通っていた教会では、
「クリスチャンだけが死んで天国に行くことができるが、それ以外の人は皆地獄に落ちる。」
といった話を平気でしていて、さすがにこの話には全く共感できなかったのです。

そんな、わからないことだらけの信仰について、いろんなクリスチャンと語り合いたいと思い、全世界のクリスチャンが出会い、信仰などについて真剣に語り合う掲示板のようなサイトに自身のプロフィールを登録しました。

そして、ある時、1週間だけ無料でメールのやり取りができる期間があり、その時に一人のフィリピン人女性からコンタクトがありました。

で、本当はよろしくないのですが、お互いのメールアドレスを交換し、掲示板の外でメールやチャットを使って交流するようになりました。

その彼女から親友と言う女性を紹介されました。
それが、今の私の妻になる女性だったのです。

ということで、長々と書きましたが、最初のきっかけはクリスチャンになったことでした。


理由② 南国の陽気な女性と結婚したかった

元来陰キャであった私の夢は、陽キャな女性と結婚することでした。
自分が陰キャだったから、正反対である陽キャの女性に憧れていましたし、何より夫婦関係にバランスが取れると思っていたのです。

実際、上の理由①で知り合ったフィリピーナは、フレンドリーでいつもジョークを飛ばして何でも笑いに変えるような明るい人で、一緒に過ごしててとても楽しかったことから、「将来はこのような女性と結婚したいな」と思うようになりました。

陽キャな女性=南国の女性、という極めて単純な思い込みで、フィリピンというラテン系の南国に憧れを抱くようになったわけです。


理由③ 英語を話す女性と結婚したかった

結婚前の私は、独学で英会話を勉強したこともあり、全く上手ではありませんでしたが、ある程度英語を話したり聞いたりすることができていました。

そして、英語を話す女性と結婚することで、日常生活で英語を使う環境に身を置き、英語力を上げたいと思っていました。

フィリピンの地元の言語はタガログ語ですが、国民は英語も普通に話すことができるので、フィリピン人女性は、当時の私が望む条件を多く満たしていました。


理由④ 陰キャな私は日本人女性から全くモテなかった

これも私がフィリピーナなどの外国人女性と結婚したいと思った理由の一つでした。
生まれつき引っ込み思案で、大人になってからも積極的に異性と関わることが下手で、恋愛に関して奥手の私は、日本人女性からモテた経験がほとんどありませんでした。

ですから、日本人女性と結婚したいという思いは、人生のかなり早い段階で諦めてしまっていた気がします。


理由⑤ 日本の文化・習慣に染まっていない人と結婚したかった

日本人の親切さや、日本での生活の便利さについては、当時からありがたく感じていましたし、日本で生まれ育つことが出来たことに感謝していました。

ただ、もちろん全ての物事がそうであるように、日本文化の良さや住みやすさ、といったコインの表の部分と同時に、裏の部分も同時に強く感じていました。

その「裏の部分」というのは、いろいろ挙げられると思いますが、当時の私にとっての裏の部分を一つ挙げると、社会全体における無言の同調圧力みたいなものだったと思います。

今でもそうかもしれませんが、
「社会人とはこうあるべき」
みたいな謎の風潮に全く同調することができなかったのです。

また、
「出る杭は打たれる」
的な風潮も、生活の中で精神的な窮屈さを感じる大きな要因でした。
日本社会では、基本的に周囲と同じであることが自然と求められる傾向があり、これは学校教育の影響が大きいと思います。

最近の例で言うと、コロナ禍におけるマスクの着用でしょうか。
もうすでに多くの人が、「マスクはあまり意味が無い」ということに気づいているはずなのですが、電車の中など人が密になる環境では、何となくマスクを着用しないといけない雰囲気があり、コロナが始まった頃などは、外でもマスクをしていないと、注意をしてくる高齢の方に遭遇することが時々ありました。

個人の意思よりも、周囲の人がどう感じるか、ということの方が重視されるのが日本社会の一つの特徴ではないでしょうか。

ちょっと話がずれたので、この話はまた他の記事でもっと突き詰めて書いてみようと思います。

結論を言うと、当時の私は、日本社会に馴染めない部分が多く、そのため、日本の習慣や風潮に影響を受けていない外国人と結婚することに興味があったわけです。


理由⑥ 家庭を大切にする文化で育った女性と結婚したかった

これも完全に私のエゴですが、小さい頃から仲の悪い両親を見てきた自分は、幸せな家庭を築きたいという思いが人より強かったと思います。

幸せな結婚生活を維持するためには、お互いが自分勝手であっては難しいというのは何となくわかるかと思います。

結婚する前の私は、
「フィリピンの女性は夫に尽くし、家族を大切にする人が多い。」
という話は聞いたことがあって、
そのことも、フィリピン人女性との結婚に憧れを抱く要因の一つでした。


改めて、今回挙げてみた理由を以下にまとめてみます。

まとめ ー 私がフィリピーナと結婚した理由


理由① 28歳のときに熱心なクリスチャンになった
理由② 南国の陽気な女性と結婚したかった
理由③ 英語を話す女性と結婚したかった
理由④ 陰キャな私は日本人女性から全くモテなかった
理由⑤ 日本の文化・習慣に染まっていない人と結婚したかった
理由⑥ 家庭を大切にする文化で育った女性と結婚したかった


このフィリピーナとの結婚は、ポジティブな面で引き寄せが実現した例なのかもしれませんし、あるいは、あらかじめそうなるように決まっていたことなのかもしれません。


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