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【エッセイ】「順番どおりにしましょう」
ある朝、百貨店へ急いだ。
9時45分、本館東入口に着くと、すでに列ができている。私は8番目、まずまずの順番だ。百貨店の開店時間まで、あと15分。寒さに耐えよう。
11時になると、隣りの町に住む友人がやって来る。「ランチは、あの店のハンバーグを食べたい」という彼女のリクエストに応えるべく、こうやって並んでいる。
突然、私の真ん前に並んでいる7番目の60代半ばの女性が、くるりと振り向いた。
「少々お伺いしますが、今日は特別な催し物あるんですか? こんなに列ができるなんて」
いつの間にか、私の後ろには20人くらい並んでいた。
「皆さん、レストランの『順番待ち番号券』を手に入れるためだと思います。私はハンバーグ専門店の番号券がほしくて並んでるんです」
「えー、そうなんですか。あそこのハンバーグおいしいですよね。こうやって並んでたら、私も食べられますか?」
「では、ご一緒しましょうか。ご案内します」
百貨店のドアが開いたら、8階にあるハンバーグ専門店へと進む。すると番号券がもらえる。あとは番号券に書かれている時間に戻ってくればいい。
同店は予約を受け付けていないから、このように開店前に並んで、番号券を入手する方法が確実だ。12時すぎにふらっと店にやって来ても、2時間は待たされる。週末ともなると5時間待ち、いや「9時間待った」とSNSにつぶやかれるほどの人気店なのだ。
百貨店の店員がアナウンスを始めた。
「あと5分で開店でございます。8階のレストランへは、右側のエレベーターをご利用ください」
エレベーターは1度に8名まで、と制限されている。私は8番目、初回のエレベーターに乗れる。
前出の7番さんは、ずっと話し続けていた。
「あそこのハンバーグ、懐かしいです。息子が小さい頃、近所の店舗へよく行きました」
この百貨店で買い物しようと、市外からやって来たという。
「お待たせいたしました。開店でございます」
先頭に続いてエレベーターに乗り込むと、私の後ろでドアが閉まった。
8階に着いた。7番さんが尋ねる。
「お店は、どこですか?」
「左側です。こちらですよ」
私はそう言いながら、エレベーターを降りると、少し小走りになっていた。後ろを振り向くと、7番さんはまだエレベーター近くにいた。
私が手招きしていると、1組の男女が近づいてきた。そして通り過ぎる時、女性が私に向かってこう言った。
「順番どおりにしましょう」
そっかー、顔から火が出る思いがした。
その男女は、百貨店の入口で先頭に並んでいた1番と2番さんだった。エレベーターに最初に乗り込んだから、最後に降りたのだった。8番目の私が、番号券「1」を取ってしまうところだった。
「すみません……」
私は下を向きながら、列の8番目を歩いた。
店に着くと、発券機の前にスタッフが立っていて、番号券を手渡ししている。
5番と6番さんが振り向いた。
「お先にどうぞ。僕たち後でいいですから」
7番さんと私を先に進ませてくれた。
「いいんですか? ありがとうございます」
無事、番号券を手に入れた。「5」だった。
𓂃.◌𓈒𓏲𓆸𓂃.◌𓈒𓏲𓆸
11時すぎ、友人を連れて、少し遅れて店へ戻った。
テーブルへ案内される時、1番と2番さん、5番と6番さん、そして7番さんを見た。すでに座っていて、楽しそうにメニューを指さしていた。
𓂃.◌𓈒𓏲𓆸𓂃.◌𓈒𓏲𓆸 𓂃.◌𓈒𓏲𓆸𓂃.◌𓈒𓏲𓆸
サムネイルの画像は白饅頭さんのイラストを使わせていただきました
ありがとうございました🙏🏼
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