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【エッセイ】推しの歯科衛生士
定期的に通っている所がある。美容室とネイルサロンと、そして歯科医院。かかりつけの歯科医ではなくて、歯科衛生士がいる。今どきの言葉を使うと、私は彼女を推している。
彼女との出会いは、かれこれ10年前に遡る。歯に違和感があり、近所の歯科医院へ飛び込むと彼女がいた。年齢は私と同じくらい。
「歯茎の色が良くないですね。まずはお口の中をきれいにした方がいいですよね?」
彼女がそう言うと、歯科医は「そうだね。そうして」と答えて、奥に引っ込んでいった。
「この歯科医院は、先生より歯科衛生士さんの方がしっかりしている」
私がそんなことを考えていると、彼女によるクリーニングが始まった。
「今からこの器具を使って歯石を取りますね。キーンという例の嫌な音は出ますが、私は歯科医ではないので歯を削るなんてしませんし、できません。安心してくださいね」
初対面の患者の緊張を取り除こうとしているのが感じられ、好感が持てた。
しかし歯石を取るだけなのに痛かった。器具が少しでも歯茎に当たると痛かった。
「あー、痛いですよね。ごめんなさい」
何度も謝る彼女の声を聞いていると「彼女に任せておけば大丈夫」と思えた。
途中で口をゆすぐ度に、どす黒い赤色の水が排水口に流れていった。
「出血が多くて驚かれたと思いますが、心配しないでくださいね。歯茎が腫れているので血が出やすいんです。血は出した方がいいんです。歯磨きをしっかりして、定期的に歯石を取っていくと、歯茎は引き締まって、出血は少なくなっていきます」
その後、彼女の言うとおりになった。歯磨きのときの出血は少なくなっていった。クリーニングに行く度に、あの痛みは小さくなり、初日に40分かかったクリーニングが、半年後には20分で終わるようになった。
「歯茎の色、きれいなピンク色になりましたね。すごい変化ですね」
「おかげさまで! こうやって口をゆすいでも、出血が少なくなりました」「本当ですね、よかったです。これで安心して辞められます」
「ええっ?」
彼女がささやいた。
「ここを辞めてくれって言われたんです……」
ここの歯科医はいつも眠そうで、やる気が感じられなかった。我慢できなくなった彼女が冗談交じりにたしなめていたことを知っている。だからだろう。
私はというと、その歯科医が短い治療のときはマスクをつけないのがすごく嫌だった。ぶっきらぼうな話し方も気に入らなかった。彼女がここにいないなら、私が通う理由は一つもない。
私もささやいた。
「『追っかけ』してもいいですか?」
彼女は微笑んで名刺をくれた。
o゚o。o゚o。o゚
転職先の歯科医院は、地下鉄に乗って30分の所。次の歯科医は穏やかな話し方で、丁寧な治療をしていることはすぐにわかった。
自慢じゃないが、こちとら歯科医院には子どもの頃から通っている。歯にコンプレックスをずっと持ってきた。治療痕は数え切れず、インプラントは3本ある。
しかし、そんなことはもういい。彼女が私に自信を持たせてくれたから。今は大きな口を開けて笑えるから。
o゚o。o゚o。o゚
彼女はただ者ではない気がして、インターネットで名前を検索したことがある。すると、以前は歯科衛生士の専門学校の教員をしていたことがわかった。今は歯科医院勤務のかたわら、若い歯科衛生士の研修の講師として全国を飛び回っているという。フリーランスの歯科衛生士の中の歯科衛生士だった。
彼女に洗ってもらうと、口の中だけでなく、気持ちまで爽やかになる。だから、私はこれからも彼女のもとへ通い続ける。
(「洗う」というテーマで書いてみました)
追記(2024年2月21日)
推しの歯科衛生士さんとは、次の方です。(ご本人からOKいただきました)
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